セミリタイアの恐怖は、前回書いたお金だけではありません。
「社会的地位」という摩訶不思議なものがそれです。
サラリーマンという立場は、以前に比べれば危うさが増してきましたが、まだまだ安定感のあるものです。サラリーマンからセミリタイアすると失われるものを、思いつくままに挙げてみると、
- 住宅ローンの借りやすさ
- 収益不動産のローンの借りやすさ
- クレジットカードの審査
- 社会保険の会社負担
- 各種保険の団体扱い
- 健康診断なども含む福利厚生
- 周囲からの見え方
まぁ、「周囲からの見え方」を除くとほとんどがお金に関することで、そこは覚悟の上、という感じです。サラリーマンのうちに、こういった特典をうまく活用するのが大事ですね。
周囲からの見え方は、本人と家族が気にするかどうか。幸い私の場合は家族の理解はたいへんあって、出世しても給与が増えても特に認めてはもらえませんでしたが、それが失われたからといって失望されることもありません。応援してくれる家族に恵まれたのはたいへんありがたいことです。
友人などからの見え方でいうと、前向きに見てくれる人は少ないだろうなぁと思うし、実は何か大きな失敗をしてクビになったんじゃないか? と思われたりもするかもしれませんが、自分自身はそれをあんまり気にしない性格です。
どうやら、僕は基本的に見栄を張るという感覚が小さいようです。デザインや品質が気に入って、高級な服や時計、車を買ったりもしていますが、人によく見られたいという感覚はほとんどありません。車なんて、見栄を張っていると思われるのがいやで、あまり人に見せたくないくらい。
他の人がどのくらい体面を気にするのかわからないのですが、こういった性格に生まれたのは得なことですね。
しかし、いざセミリタイアを考え始めると、人間のバイアスの一つである「現状維持バイアス」の強さに驚きます。これは、行動経済学の言葉では「保有効果」とも言われます。持っているものを売るときの価格は、同じものを新たに買う時の価格を大幅に上回るというものです。
「彼女、最初はどっちのオフィスでもいいと言っていたんだ。だけどいったん決めた翌日に貸してくれと頼んだら断られた、保有効果だな」
「彼は、買値以下で売るのは絶対に嫌だと言っている。損失回避が働いているのだ」
つまり、いま自分がサラリーマンであるから、これを失うことに強い抵抗感を持つというバイアスです。仮に、現在サラリーマンでなく、サラリーマンになるかセミリタイアで自由な働き方にするか、2つから選べ、といわれたら、バイアスなく選択できそうです。
そういえば、貯蓄のもっとも有効的な方法は給与天引きにしてしまい、貯蓄の裁量をなくすことだとよく言われます。いわば、貯蓄をデフォルトで行うように自分で設定するわけです。行動経済学者リチャード・セイラーの研究に、給与の一部を自動的に積み立てるプラン、および昇給した場合は昇給額の一部も積み立てるプランをデフォルトに設定した場合が紹介されています。すると、自動積立プランをキャンセルする選択肢があるにもかかわらず、多くの人はそのままとするため、結果的に貯蓄率が向上するというのです。現状維持バイアスは恐ろしいものです。