投資でセミリタイアする九条日記

セミリタイアを実現したサラリーマン。ETF投資を中心に、太陽光投資や不動産投資、オプション、VIX、FX、CFDまで使って資産運用をしています。

ROEとは実質的な金利である 書評『デフレの真犯人』

7年ほど前の本ですが、JPモルガンのストラテジストだった北野氏の『デフレの真犯人』を読みました。金融緩和を行っても景気が回復しないのは、企業にとってROE要望が実質的な「金利」として重しとなっているからだという論です。なぜROEが実質的な金利となるのか。それを読み解いていく中で、企業経営にまつわる謎を明らかにするという、ミステリーチックな、まさに「真犯人」探しをするワクワクを得られる一冊でした。

デフレの真犯人 ―脱ROE〔株主資本利益率〕革命で甦る日本

デフレの真犯人 ―脱ROE〔株主資本利益率〕革命で甦る日本

 

コストを分解すると……

まず本論に入る前に、企業のコスト構造の実態がどうなっているか、確認してみます。普通PLは、売上から各種コストを引いて、残ったものが「利益」だという書き方をします。しかし、北野氏は、その「余りが利益」だという見せ方は実態と違うといいます。

 

丸い円が売上だとして、その内訳をコスト面から分解すると、次のようになります。

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数字の置き方を変えただけですが、これは深い意味を持ちます。企業活動とは、得られた売上を、上記の5つのステークホルダーに分配することだと読み取れるからです。そして、売上が一定である限り、このどれかを大きくするには、ほかのどれかを削らなければなりません。

 

原価を減らすというのは下請けや購入元に値引きを要請することですし、人件費を減らすというのはいわゆるリストラです。借入金利を減らすには元本を返済したり金利引下げを要請することになります。税金を減らすには節税を、というわけです。

 

ところが現在の企業の実態として、株主への配分である「利益」を減らすという選択はありません。逆にいうと、利益を最大化するためにいかに他のコストを減らすかというのが、企業の経営だと考えられています。

 

実際、企業が予算を作るときは、売上はもちろんですが最初に「利益」ターゲットを作ります。その利益を得るために、ほかのコストをコントロールするわけです。それこそが経営だと考えている経営者も少なくありません。利益は、決して他のコストを引いた余りではなく、最重要な配分先になっています。

 

経営者というのは株主から委託を受けた存在であり、であれば株主への配分である利益の最大化に努力するのは当たり前。これも一面の真実です。ただし、その昔の日本的経営では、他のステークホルダーへの分配も重要なものだと考えられてきました。持ち合いが普通だった過去には、まさに余りが利益だった可能性もあります。

 

ただし北野氏は、利益を増やすために、ほかのコストを削るという発想になりすぎて、もう一つの方法、売上自体を大きくすることから経営者は逃げているのではないかと指摘します。

ROEとは資本に対する利益である

今度は、PLの分解ではなくBSを見てみましょう。貸方の方の分解です。貸方は、大きく銀行からの借入金と、資本金と利益剰余金の合計である純資産に分けられます。

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このとき、借入金に対してかかるコストが金利です。そして、純資産に対してかかるコストがROEです。

 

どういうことか。株主は自身の持ち分である純資産に対して、一定の利回りを求めます。これがROEです。純資産が1億円で、ROE8%を求めるなら800万円の利益を求めるということです。いわゆる資本コストというものです。

 

先のPLの分解で、売上を誰に分配するかという図を書きましたが、その観点で見ると、借入金利と同様に、純資産に対する一定割合を利益として出すように要請されているということです。これは「資本コスト」の名のとおり、企業にとってはコストを見ることができます。

 

このROEを高めるというのが、昨今の日本企業にとっての大命題になってきています。しかし、ROEがコストだということに立ち返れば、見え方が変わるのです。

ROEを高めるには?

ROEを高めるにはいくつかの方法があります。例えば、不要な土地などの資産を売却すれば、その分バランスシートが縮小し、純資産が小さくなります。ROEは純資産に対する利益率なので、この方法で向上させることができます。

 

バブル以降の、遊休資産売却は、この文脈に則ったものでした。利益につながらない不要な資産を売却することでROEを高める。これがROE経営の鉄則であり、多くの企業が土地を放出。再開発につながっていったのは記憶に新しいところです。これによって、非効率と言われた日本企業は筋肉質になることができました。

 

ところが、不要な贅肉を削ぎ落としてしまうと、もはやROEを高める手段は2つしかありません。パイ自体の大きさである売上を増やすか、他のコストを削って利益を増やすかです。そして、デフレと人口減少が続く中、ほとんどの経営者は売上拡大ではなくコストを削減して、つまり分配比率を利益のほうに寄せたわけです。

さて金融緩和とは何だったのか?

さて、ここで金融緩和とは何だったのかを改めて考えてみましょう。企業活動に必要な資金の調達を容易にするため、金利を下げ、量的緩和では市中に出回るお金の量を増やすことで借入を容易にする施策だと考えられます。

 

実際、金利はほぼゼロに近づき、企業は容易に借入を行えるようになりました。ところが、期待したように資金を使っての設備投資にはつながっていません。それはなぜか。

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もう一度、金利とROEを並べた図を見てみましょう。北野氏は、金利をいくら下げても、実質的な「金利」と同じ意味を持つROEが下がらない限り、企業にとっては金融緩和の効果は小さいと説きます。実質的には高いROE期待が足かせとなって、金融引締が行われているのと同じだというのです。

 

金利は、各国の経済状況に応じて上下させるのが普通です。この金融政策によって、景気を刺激したり引き締めたりするわけです。ところが、期待ROEのほうは世界共通です。一般的には8%程度といわれています。これは、その国の経済状況に関わらず、投資家はどの企業にも8%程度のROEを求めるのです。

 

つまり、いくら金利のほうを引き下げても、ROEが8%を求める限り、企業にとっては引き締め策が取られているのと同じだというわけです。

なぜ利益剰余金を積み上げるのか?

ここまで来て、いくつかの疑問が湧きます。たとえば、昨今企業の内部留保の大きさが話題になりました。これをあたかも埋蔵金のようにいうのは会計的に間違っていますが、企業が内部留保=利益剰余金を貯め込んでいるのは事実でしょう。

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製造業設備投資、2年ぶり減 経常益リーマン以来下落幅|静岡新聞アットエス

しかし利益剰余金を増やすと純資産が増加します。ROEが一定ならば、その分多くの利益を出さなければなりませんし、利益が一定ならROEが低下します。ROEを重視するなら、利益剰余金はできるだけ減らすべきです。しかしなぜ経営者は利益剰余金を積み増すのでしょう?

 

北野氏はこれに対する答えは書いていません。しかし、いくつかの想像はできます。

 

例えば無借金経営信仰です。純粋にROE経営を目指すなら、低い金利を生かして借入を増やし、自己資本=純資産を減らすべきです。しかし、日本の多くの経営者は、過大な借金をいやがります。自己資本比率が経営の安定性を示す指標として、広く使われているのも理由でしょう。借入金で事業を回すよりも、自己資本を中心としたほうがいざというときにも安心だというわけです。

 

事業の安定している米国優良企業では、自己資本比率を減らして借入金を増やしていく傾向にあります。例えば、下記はAppleのDebt Equity Ratio、つまり自己資本比率の推移です。毎年多額の利益を出しているAppleですが、それを内部留保として自己資本に組み込むどころか、借入金の比率を増加させていることが分かります。

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これだけROEが大事と言われても、企業経営者の頭には、株主資本はタダで調達した資金であり、内部留保は自分で稼いだカネであり、いざというときにはこれを使えばいいという考えが残っているのでしょう。

 

ここには、株主資本は株主のカネであり、それに対しては資本コストとして、ROEでいう8%もの金利を払わなければいけないという意識が薄いのだと思います。たしかに業績不振に陥ったとき、銀行に借入金を返せなければ破綻ですが、赤字=株主資本の毀損なら耐えられることは事実です。しかし、銀行は許してくれなくても、株主なら許してくれるという考えるあたりに、経営者の甘えがあるようにも感じます。

 

ROEは浸透してきましたが、資本コストという考え方は、まだまだ浸透にはほど遠いということなのでしょう。株主は重視されているのか舐められているのか、なんとも言い難いところです。