昨今の東証取引高の5割から7割を占めると言われているのが高頻度取引(high-frequency trading, HFT)です。証券取引所のサーバのする側に自分のサーバを起き、ミリ秒単位で注文を出して取引を行うことで、利益を上げていきます。しかし、このHFTは、どうして儲かっているのでしょうか?
- 2010年のアローヘッドから始まった日本のHFT
- どうして取引速度が早いと利益が出るのか?
- (合法の)フロントランニング
- 取引所が1つしかない日本では? マーケットメイク
- フラッシュ・クラッシュはHFTの影響か?
- HFT業者同士の競争で利益は低下
2010年のアローヘッドから始まった日本のHFT
東証は2010年に新システム「アローヘッド」を稼働させました。これによってはじめて、日本でもHFTに耐えられるインフラが誕生し、HFTがスタートしたと言われています。
現在の株式取引はコンピュータを通じて行われます。アローヘッドではシステムの処理性能が上がったため、証券会社などが注文を出すときも、これまではあまり関係なかったサーバや回線の速度が重要になりました。同じ板を見て注文を出しても、サーバ性能が高く早い回線のほうが先に約定するからです。
アローヘッドでは、東証システムと同じ場所に証券会社などのサーバを置くことで、送信時間を極小化するコロケーションサービスをスタートさせました。これは東証の新たな収入源でもあります。
※コロケーションのイメージ(金融庁資料より)
このコロケーションエリアにシステムを置き、性能が上がった東証のシステムにミリ秒単位で発注を掛けるのがHFTになります。下記の金融庁資料を見ると、2016年の段階で注文の75%、約定の44%がコロケーションエリアからとなっていることが分かります。
どうして取引速度が早いと利益が出るのか?
HFTには、マイケル・ルイスの名著『フラッシュ・ボーイズ』以降、ダークなイメージが付きまとっています*1。
米国では、複数の取引所が稼働していますが、これは取引所ごとに株価がほんのちょっと違う場合があることを意味しています。同じAppleの株が、わずかに価格が違うわけです。同じものが、市場間で価格差があるとき、ここにはアービトラージ(裁定取引)のチャンスが出てきます。
安い取引所で買い、高い取引所で売ることでノーリスクで利益を得られるわけです。ただしそのためには、誰よりも早く、価格の差を見つけ出し、注文を出さなければなりません。そのため、コロケーションにサーバを置くだけでなく、市場間のコロケーションをつなぐ光ファイバーを可能な限り直線で敷設することで、速度の優位を取るわけです。
(合法の)フロントランニング
また、他者の取引ニーズを察知するという手法もあるようです。
例えば、ある証券会社が大口顧客の注文を受けて、株を買うことを考えてみます。画面には、40ドルでA社の株が1万株売りに出されていることが分かります。そこで、40ドルで1万株の買い注文を出したところ、なぜか40ドルでは2000株しか買えず、結局40.5ドルで残りの8000株を買うことになった……そんなエピソードが『フラッシュ・ボーイズ』に記されています。
これはどういうことか。HFT業者が先回りして株を買っていたのです。
(各取引所への)所要時間を示す単位は、あきれるほど小さかった。理論上、最短所要時間は、ブラッドのデスクからウィーホーケンにあるBATSグローバル・マーケッツまでの、約2ミリ秒、最長はカーテレットにあるナスダックの取引所までの約4ミリ秒だ。
(略)
注文が届くまでにかかる時間が取引所によって異なるという事実を利用して、市場から市場へとフロントランニング(先回り)をしているやつがいるのはわかった。
40ドルの大口買い注文が出たことを察知したHFT業者は、先回りして遠くの市場で40ドルで株を買い占めます。そして、40.5ドルで売りに出す。これによって、0.5ドルのさやを抜いたというわけです。
これには、最短で注文が届く2ミリ秒の証券会社の取引を見て、最長の4ミリ秒で注文が証券会社に届く前に、売買を済ませなければなりません。そのために、コロケーションと最短距離の光ファイバーを駆使したというわけです。
ちなみに、フロントランニングとは顧客の注文を受けた証券会社が、顧客が買おうとしている銘柄を自身で先に売買することで利益を手にする手法です。40ドルで買いたいという顧客がいたら、自分自身で先に40ドルで買ってしまい、顧客には40.5ドルでそれを買わせるということです。これは明確に違法ですが、HFT業者の取引ニーズを察知して事前注文を出す手法は違法とは言い難いもののようです。
違法ではないにしてもフロントランニング的な手法はダークなイメージがあり、フラッシュ・ボーイズ発刊後、HFT業者のイメージは悪化しました。
取引所が1つしかない日本では? マーケットメイク
米国で話題となったHFTの手法。しかし、日本では実質的に証券取引所は東証の1つしかありません。同様の手法でHFTが稼ぐことは難しい。では、どのように利益を上げているのでしょうか。
通常の取引では、買い気配と売り気配の間には差があります。当然、その差が小さい方が売買するプレーヤーにとってはありがたいものになります。同じタイミングで、買うときは1000円で売るときは900円という市場よりも、買うときは980円で売るときは970円の値段が付いている方がありがたいわけです。
またこれはイコール流動性があるということもあります。買いたいときに適切な値段で買えて、売りたいときに適切な値段で売れる。これが流動性のある市場ですが、リーマンショックのときのように、流動性が失われると、どんな値段でも売れないということになりかねません。
そこで間に入って流動性を提供するのがマーケットメイカーです。買い気配と売り気配の両方を提示することで、買いやすく売りやすくするとともに、価格差を小さくします。東証は2018年にETFに対してマーケットメイク制度を導入しました。そのイメージ図(東証マネ部!)が下記です。
取引所は、このマーケットメイカーに手数料を払うことでこれを実現させていますが、マーケットメイカー側には手数料以外のメリットもあります。上記の図でいえば、6000円と6010円の注文を同時に出すことで、6000円で買い、6010円で売ることになるからです。差額の10円はマーケットメイカーの利益になります。
一方で、マーケットメイカーにはリスクもあります。もし相場が急変し、適切な価格が6040円まで上昇したら、6010円で売ってしまったものの、6000円で買ってくれる人はいません。
そのため、先物市場の動向や経済動向などを常にチェックして、適切な価格を提示し続けることになります。売り気配、買い気配を常に動かし続けることになり、それがHFTの注文量の多さとキャンセル量の多さにつながっています。
このように、他の投資家の取引相手になることで、ビット・アスクのスプレッドを利益とするのがHFTの戦略の1つになります。
価格を提示することをメイク、成行注文や提示された価格で約定させることをテイクといいますが、この戦略ではメイク注文が基本となります。東証のHFTについての2013年のレポートでも、HFTはメイク比率が高いという結果でした。
メイクの提示とは、イコール流動性の提供です。悪者に見られがちなHFTですが、過去のデータからは、市場に流動性を提供しているという見方も強いようです。日銀の資料でも、アローヘッド導入後、おそらくはHFTの影響で、流動性が増したことが指摘されています。
フラッシュ・クラッシュはHFTの影響か?
イメージとは違い、HFTの行動によって、株価のボラティリティ(価格変動)も抑えられると考えられています。
日中についても、HFTでは、その取引手法の性質上、株価が僅かでも上がれば売り注文を入れ、僅かでも下がれば買い注文を入れるため、株価変動が押しつぶされて、ボラティリティは低下すると考えられる。
一方で、HFTは当然ながらアルゴリズムで動くため、急激なショックが起きたときには、マーケットメイク機能もストップし、これまで提供されていて流動性が低下、ボラティリティを高めるリスクがあるということも指摘されています。
実際、米国で2010年5月6日に起きたフラッシュ・クラッシュでは、HFT犯人説が囁かれました。実際には、株価指数先物で出された41億ドル相当という超大口の売り注文が連鎖的に引き起こしたものだという報告がなされましたが、HFTは犯人ではないものの主要なプレーヤーだったようです。
※NRIレポートより
HFT業者同士の競争で利益は低下
こうした仕組みで一世を風靡したHFT。2009年のピーク時には年間で72億ドルもの利益を上げていたと言われています。しかしその後、減少が続き、2017年には10億ドル以下まで減ってしまいました。
取引に占めるシェアも、一時は全世界で60%を占めていましたが、横ばいがつづいているようです。
取引スピードを競い合う結果、皆が同じスピードで取引できるようになると、高頻度取引の利点はなくなります。高頻度取引はプログラムに基づいたアルゴリズム取引であり、アルゴリズム取引はいち早く市場の歪みを見つけることが重要だからです。皆が同じスピードで取引できるようになると市場の歪みは発生しません。よって、高頻度取引の有効性もなくなるということになります。
IG証券 高頻度取引はなぜ減少したか
取引所がHFTに課すコロケーションのコストが上がっていることも、収益減少の原因のようです。HFTの利益の源泉は、取引データそのものですが、取引所がデータがカネになると見込んで値上げしたということのようです。
IG証券のレポートでは、そうしたことを背景にダークプールの存在感が増してきているとしています。機関投資家同士の売買のマッチングに使われるダークプールは、取引価格が市場に流れないため、価格に影響を与えないという利点がよく言われます。しかし取引の多くがダークプールで行われれば、取引所で付いている価格は実体とは違うものにもなるわけで、市場の存在意義は何だったんだっけ? と感じることもあります。
また、株式市場ではHFTの勃興を背景に、さまざまな規制が進んでいますが、仮想通貨取引所では、HFTが暗躍を始めているようです。そもそも、世界各国に複数の仮想通貨取引所がありますが、同じBTCでも価格差が大きく、アービトラージ機会がまだまだ残されています。特にマイナーなコインでは大きく差が開いている場合もあります。
仮想通貨は機関投資家の参入が遅れたため、高機能なアルゴリズム取引も必ずしも動いておらず、2017年あたりは手動で取引所間のアービトラージが可能な状態でした。見せ注文による相場操縦や、フロントランニングなど、株式では規制が進んできたものも、仮想通貨取引所ではこれからというところもあり、まだ歪みが大きいのが仮想通貨界隈といえるかもしれません。