以前も累進課税について考えてみましたが、なかなか税制というのは難しいものです。そこで、前から気になっていた 『金持ちは税率70%でもいいVSみんな10%課税がいい: 1時間でわかる格差社会の増税論』を読んでみました。
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金持ちは税率70%でもいいVSみんな10%課税がいい: 1時間でわかる格差社会の増税論
- 作者:ポール クルーグマン,ニュート ギングリッチ,アーサー ラッファー,ジョージ パパンドレウ
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2014/05/23
- メディア: 単行本
金持ちはけしからんから税金を取る、わけではない
まず、こうした議論の前提として、「金持ちはけしからんからたくさん税金を取るべきだ」という意見は無視します。日本ではそういう気持ちの人も多いと思いますが、それは合理的な考えというより、妬みでしょう。
課税する力とは破壊する力です。課税する力とは威圧する力です。本当にこう言いたいんですか?「成功してる奴がいたらむしり取るべきだ。奴らは我々に借りがある。よくもそんなに成功しやがって」と
(ギングリッチ)
言うまでもないですが、課税というのは個人の所有物に対する政府の暴力であり、それが正当化されるのは、そのほうが世の中全体を良くする場合だけです。これは大前提ですね。
金持ちの税金を増やすと税収は増えるのか?
それでも金持ちから多くの税金を取る理由はなんでしょうか。クルーグマンは2つの点を挙げています。「金持ちへの税金を増やすと税収は増えるのか?」そして「金持ちの税金を上げると本当に経済に悪影響があるのか」です。
本当に税収は増えるのか? それをクルーグマンは次のように説明します。
ラッファー曲線上で税収が減少に転じる最高税率というのがかなり正確に推定されています。それは少なくとも70%なんですね。おそらく80%を超えても税収は減りません
(クルーグマン)
これはどういうことか。金持ちの税率を上げて、例えば90%にしたとします。そうなると、金持ちは稼いでもほとんど税金に取られるので稼がない……ではなく、税金を払わないで済む方法を考え始めます。脱税にならない範囲で、例えば海外の税率の低い国にビジネスを移行させたり、税払いを遅らせたり、所得が発生する対象を個人から法人に変えたりして、支払うべき税を下げようとします。
この分岐点が、過去の研究から70%程度だということです。
一方で、そうであっても、少しでも税金を上げれば、お金持ちは節税に勤しむというのが、ラッファーの考えです。彼は、金持ちの税率を上げるのではなく、広くいろいろなところに一律に近い税金をかけて、税逃れをなくすべきだと主張します。
彼らは所得の発生する場所や時間を変え、所得の構成を変え所得の額を変えてしまいます。増税分を素直に払ったりしません。税率を上げても回避されるだけです。彼らは簡単にそういうことをやってのけます。税収を増やすために本当にやらなければならないのは、税率を下げ課税ベースを広げることなんです。
(ラッファー)
例えば、ウォーレン・バフェットは、「自分たち富裕層にはもっと高い税率を課されなければいけない」と主張しています。バフェットの所得は年間約4000万ドル(48億円)で、700万ドル(7.5億円)の税金を払っているといいます。税率にすると17.4%。かなり低い税率です。これを上げるべきだというのです。
ところが、この年、2010年にバフェットの資産は100億ドル増加しました。これは含み益であり、しかも寄付金なども払っているため、まったく課税されていません。100億円のキャピタルゲインに比べると、所得の4000万ドルは0.06%に過ぎません。ラッファーは、 この100億円にこそ税金をかけるべきだと主張しています。
日本を含む多くの国では、所得に対して累進課税がかけらえており、資産からの収入には一定率の課税になっています。この資産からの収入に対して、しっかりと課税することのほうが重要だという主張です。これは、『21世紀の資本』のトマ・ピケティの主張に通ずるものがありますね。
経済成長には格差が必要なのか?
ではもう一つの「金持ちの税金を上げると本当に経済に悪影響があるのか」はどうでしょうか。ギングリッチは、昨今の中国の成長を例に、経済全体を成長させるには全員一律というわけにはいかない。一時的に格差が広がるかもしれないが、それを許容してこそ成長があるのだといいます。
これは鄧小平が唱えた先富論ですね。
我々の政策は、先に豊かになれる者たちを富ませ、落伍した者たちを助けること、富裕層が貧困層を援助することを一つの義務にすることである。
しかしクルーグマンは、過去の研究から格差許容が経済成長にはつながらないと主張します。メキシコを含む多くのラテンアメリカ諸国でも格差を許容し経済成長を目指す政策が取られましたが、思ったような成長にはつながりませんでした。一方で、アジア諸国には教育水準の高い国民がいて、高度なインフラがありました。これが経済発展の理由であり、決して格差許容によるものではないといいます。さらには、スカンジナビア諸国のように、GDPの40〜50%を税金として徴収しても、問題なく機能している国があることにも触れます。
金持ちはなぜさらに所得を増やそうとするのか
そもそも、年間数億円の所得を得ている金持ちは、なぜさらに所得を増やそうとするのでしょうか。多くの研究が明らかにしているとおり、一定の所得を超えると所得の増加と幸福はほとんど比例しなくなっていくことがわかっています。
その一つのヒントが、『幻想の経済成長』にありました。
高給を得ることも、ステータス欲を満たす手段の一つだというのが彼の主張だ。幸福度に関する研究は、すでに裕福な層の給与がさらに上がっても幸福度はほとんど上昇しないが、それによって相対的な給与水準が下がった人たちは前よりも不幸になることを示している。
お金がどうというより、ゲームのステータス上げのようなものが、お金持ちにとっての所得アップだというのです。これはたいへん納得感があります。
どうやってもっと税金を取るか
本書は、税率70%派 vs 税率10%派のディスカッションという体を取っていますが、両者の論点が微妙に食い違っているのが面白いところです。両者とも、「必要ならばもっと税金を取るべきだ」という点では一致していて、反対派の言い分は次の通りです。
- 税金を増やさなくても政府が効率的になればいいんじゃないか
- 金持ちの税率を上げると逆に税収は減ってしまう
- 金持ちの税率ではなく、資本なども含めた一律課税を目指すべき
これはこれで納得感がありますね。
法人税率を下げるという行為も、上げると海外に優良企業が脱出してしまう、なんて言われますが、要は資本家の取り分である利益を上げるための税制です。利益はキャピタルゲインや配当として金持ちに還元され、そっちは一律20.315%課税。つまりは、より金持ちに有利な税制だということです。
一読して、クルーグマンの「70%まで上げろ」という主張には説得力を感じましたが、実効性としては累進課税の強化よりも、資産を含めた一律課税のほうが大きいでしょう。なかなか税制は難しいものです。