FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

グリークのイメージを掴むために 書評『実戦のためのオプション』

久々にオプションの本を読みました。 著者は、英国証券会社で長年デリバティブのトレーダーだった田中勝博氏。ブラック・ショールズ式の解説なども交えていますが、学者のオプション解説とは違い、実戦を想定した一冊です。

97年と古い本だが、基本は変わらず

本書は97年初版とかなり古い本ですが*1、オプションの基本は変わっていないことを実感させます。まず、オプションを「レバレッジを効かせた取引」というつもりで取り組むのは、いろいろな意味で間違っていると説きます。

「上昇すると思えばコール買い、下落すると思えばプット買い」 だけのオプション取引では、いつかは大きな後悔を余儀なくされます。

なぜかといえば、オプションの買いや売りには、相場変動以外の要素が強く、単に「上がりそう」「下がりそう」以外の出来事で、損益が大きく変わるからです。コールを買って相場が上がったのに、なぜか損失が出てしまった、という例はよく聞きますが、これはボラティリティが低下したからだったりします。

 

そんな要素があるので、上がり下がりの相場観を生かすには、オプションではないと言い切ります。

「オプション取引では相場観を最大限に活かしきれない」というシステム的に避けられない間違い。

たとえば、平均株価は近いうちに1000円下げると考えたときに、どんな方法があるか。著者はこう書きます。

この相場観を「現金化」したい! 先物市場、現物市場、オプション市場……様々な「場」がありますが、一番効率の良いのは先物市場です。

オプションとは何を売買するのか 

では、オプションは何を売買するのか。謎解き的に、「オプション取引の醍醐味は何か?」と聞かれたときに、次のように返せるなら合格だといいます。

オプション取引の醍醐味は、ガンマの変化に注意を払いつつ、ポジション・デルタをニュートラルに維持し、ボラティリティの変化を楽しむものである。さらに、カッパ値の取引を避けたい時には、マイナス・セータを楽しむことができることもオプション取引の醍醐味である。

グリークを学んだことがなければ、何のことやらさっぱりだと思いますが、見知らぬ用語が散りばめられていると、妙に高度に感じられるだけだともいえます。本書では、軽妙な語り口でオプションの面白さを小説風に語った後、コール/プットの解説、価格がどうやって決まるか、ボラティリティとは何かを説明し、そしてブラック・ショールズ式の解説と計算に進みます。ここまではある程度教科書的です。

 

そして、リスク指標、いわゆるグリークの解説に入り、合成ポジションであるストラテジーの解説、Excelを使った管理票の作り方への進みます。

 

これだけ盛りだくさんの内容を、わずか322ページでやっているので、教科書的なところでは、『実務家のためのオプション取引入門』のほうが詳しいですし、実践編では『日経平均オプション入門』や『東大卒医師が実戦する株式より有利な科学的トレード法』のほうが詳細です。

 

それでもグリークの見方、考え方については、コンパクトに分かりやすくまとまっています。 

デルタ 原資産の値動きによる価格変動

デルタの詳細は下記にまとめましたが、重要な指標です。

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グリークの使い方としては、まずどんなポジションだとどのグリークがプラスなのかマイナスなのかを覚えることです。コールはデルタ「プラス」、プットはデルタ「マイナス」。その上で、買いは「プラス」、売りは「マイナス」として、それぞれを掛けると、デルタのポジションが出ます。

 

要はこういう構造です。

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ガンマ 原資産の値動きによるデルタの変動

続いてガンマ。こちらも詳細は下記の記事を。

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なぜデルタ以降が重要かというと、オプションは、コール/プット/先物/現物などを組み合わせてデルタを消してしまうことが多いからです。デルタを取引したいなら、先にあったように先物を使うほうが効率的で、ガンマ以降を取引するのがオプションの主眼になります。

 

覚え方はシンプルで、コール、プットともに、オプションの買いはガンマ「プラス」です。逆に、売れば「マイナス」になります。

カッパ(べガ) ボラティリティが価格に与える影響

最近の本では、このグリークは「ベガ」と言いますが、本書ではギリシャ文字を使って「カッパ」と表記しています。ボラティリティが上昇したときに、オプション価格(プレミアム)が上昇するならカッパはプラス、逆ならマイナスです。

 

こちらもシンプルで、コール、プットともに、オプションの買いはカッパ「プラス」です。

 

なので、例えば、CCP、現金を用意した裸のプット売りは、カッパ「マイナス」。つまり、ボラティリティをショートしています。セータプラスで、タイムディケイから利益を得る戦略ですが、同時にボラティリティをショートしているので、ボラティリティが上昇すると大ダメージを食らうことが分かります。

セータ 時間経過が価格に与える影響

いわゆるタイムディケイの数字です。不思議なことに、ガンマの裏返しの指標で、どちらもATMで最大となり、OTMやITMになるに連れて下がります。ただし、プラスマイナスが逆なので、セータの場合、ATMでマイナス幅が最も大きくなります。

 

コール、プットともに、オプションの買いはセータ「マイナス」です。

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ストラテジーの例

なぜこんなグリークが重要なのか、本書ではいくつかの合成ポジション=ストラテジーを例に解説しています。例えば、ショートストラドルは、相場の方向性として中立を読む場合の戦略です。下記の図は、ATM、同満期のコールとプットを同時に売ったショートストラドルの損益曲線です。

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※画像はDaniels Tradingより

  • デルタ N ATMオプションで組むことが多いのでニュートラル
  • ガンマ − ネガティブガンマ。相場の動きと逆のデルタ発生
  • カッパ − ボラティリティの低下を要求
  • セータ + 日々の老朽化(タイムディケイ)が利益となるが、ボラティリティで相殺されることも 

コールとプットのデルタは逆なので、打ち消し合って、デルタはゼロ。つまり、原資産の価格は直接はポジションの損益に影響しません。一方で、オプションの売りだけ組み合わせているので、ガンマはマイナス。これは相場が動くと、逆方向にデルタを動かすということです。100円上昇すると、ガンマが発生してデルタをマイナスに動かし、結果的にポジションを下落させます。

 

そしてカッパはマイナス。ボラティリティが下がっていくほど、利益が出ます。最後に、セータはプラスなので、時間とともに利益が増えていきます。図では、一番下のラインから、時間が経つにつれて上方の線に動いていくことを表しています。

 

このように、オプションの売買というのは、相場の上がり下がりではなく、「ボラティリティが今後どうなるか」「一定の時間内にどこまで動くか/動かないか」をトレードできる商品であり、これをトレードできるから価値があるというわけです。

損益曲線よりもグリーク

教科書的な本とは違い、実務的な本はすべて、損益曲線じゃなくてグリークを見るように、と書いています。

ストラテジーを組む場合、「満期における損益形状」を念入りにチェックする傾向がありますが、「無意味」とは言わないまでも、無駄な時間を費やしていると考えます。

それは、オプションを満期まで持ち続けることはまずなく、途中で反対売買するからです。特に日経平均オプションは、SQで価格が乱れることが多いと言われており、満期まで保有しないのが基本です。

 

となると、その途中でのオプションの価格が重要です。そして、何が価格を動かすのかと言うと、これらグリークだということです。

 

そのため、損益曲線でイメージされるような、利益無限大・コスト限定というのは、一面的な見方だと書いています。

オプションの買いが「無限大の利益」は大きな誤解です。それはオプションを買いとしたあとに、オプション価格として利益が出れば、大方の投資家は、「オプションはオプションとして」反対売買します。

オプションを売りとしたときの最大利益は「プレミアム」とした解説も現実とはかけ離れています。

 本書の後半では、ITM/ATM/OTMによってIV(インプライド・ボラティリティ)が異なる、いわゆるスマイルカーブについても触れていて、オプションの需給と心理によって変動するこのスマイルカーブを見て、ボラティリティをトレードするのがオプションの醍醐味だとしています。

 

さて、先の「何がオプションの醍醐味か?」について、もう少し平易な言葉で書いた場合、こうなります。

 オプション取引の醍醐味とは、原資産価格の変動ではなく、ボラティリティの上下を楽しむもので。そのためにはデルタを監視することを怠ってはいけません。ボラティリティ以外でオプション取引を楽しみたいのでしたら、セータをショートにして、タイムディケイを楽しむこともできます」*2

 

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*1:Amazonでもメルカリでも手に入りやすいです。いい時代になったものです。

*2:ここでのセータをショートというのは、オプションをショートするとセータがプラスになるので、タイムディケイによって毎日利益が増えていくことを楽しむ、ということだと思われます。