FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。投資歴20年以上。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家。ロジックとエビデンスを大事に、運と不確実性を愛しています。

組織階層というのは「権威」か「役割」か

人間というのは群れを作る動物で、これは本能であると同時に、複数人が協調して動くことで、単体では人類よりも強い生き物に打ち勝ってきたという歴史もあります。

 

しかし、君主制や宗教を持ち出すまでもなく、群れ、つまり組織には権威がつきものです。権威とは何か。 Wikipediaには「自発的に同意・服従を促すような能力や関係のこと」と記されています。

 

自らが相手に権威を感じて自発的に同意したり服従したりするのは、あまり問題はありませんね。ところが、問題は「相手に対して、自発的な同意や服従を求める」人がけっこういることです。ぼくはこういう人を権威主義者と呼んでいます。

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組織階層というのは「権威」か「役割」か

こういった権威主義者は、まず相手と序列をつけたがります。どちらが上か、どっちが偉いか、という話です。いまや死語だと思っていたのですが、地位の高さとか身分の高さとか。士農工商などの身分制度は廃止されましたが、組織、たとえばカイシャの中にはまだ「地位」というものが存分に残っています。

 

このどっちが地位が高いか、そして地位が低いほうは高い方に「自発的に同意したり服従すべきだ」と、こんなふうに思っている人がまだまだ多いわけです。

 

ぼくは、平社員なのか管理職なのかは、役割の違いであって、どっちが偉いとかどっちが上かなどという考え方はおかしいと思っていました。作戦を検討するのが管理職、それを遂行するのが一般社員。そこには役割の違いはあっても、偉さというものはないはずです。

 

管理職には成果をあげる作戦を立案する責任がありますし、一般社員はそれを遂行する責任がある。これを指揮命令系統などと呼ぶと、いかにも管理職のいうとおり社員は仕事をしろ、みたいに聞こえますが、昨今の組織は社員はもはや工場の機械のようなものではありません。現場で起こるさまざまな状況を自ら判断して、迅速に行動しなくてはいけない。そんな中で管理職が果たす役割は、組織全体がどの方向に向かうかを指し示すこと、そして社員に適切な情報を整理して渡し、社員間の行動を調整することのはずです。

 

いわば、プロスポーツにおける、選手と監督やコーチの関係ですね。選手はチームとしての力を引き出すために監督を必要としていますが、監督のいうがままに動く存在であるのを求めるのは時代遅れの考え方だと思います。

 

組織であっても、各自が自分の役割を認識し、自発的な協力関係をもって仕事を遂行する。それが目指すべき姿だと思っていました。

 

ただ、長年の管理職側から現場に戻ってみると、上司は絶対。上司は偉い。そんなふうに思っている人が本当に多いのですね。権威になびき、そして権威に期待する。この地位=権威という関係は、実は能力とも資本関係とも関係ありません。そのポジションにいるから偉いという、不思議なものです。

 

そのポジションに就いた理由は、当時能力があったり、より上の人が引き上げたり、支配的な資本関係にあったりといろいろとです。 でも、いったんポジションについてしまえば、それは権威となり、能力に基づく役割ではなくなってしまうようです。不思議なものです。

権威の源は何か

地位や身分を重視するかどうかは国によっても違うようです。勲章、叙勲といったものがそうですね。アメリカでは一般社会での叙勲はないようです。一方で、日本やドイツでは勲章をあげる。

日本では勲章にドイツ的な感覚があるようにも思います。官僚や政治家のほうが高位の勲章を受け、民間は低い。この価値観はハイエクが批判したドイツ的なものです。だから、アメリカのように一般社会では叙勲をやめるべきで、勲章をあげるのなら、自衛隊や消防、警察といった命がけでやる仕事に限ったほうがいい。

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この勲章というのは、国が人にあげるもので、つまり国の権威によって受勲者に権威を授けるというものです。 そのため、多くは役人か政治家、また民間でも半役人的な仕事をやってきた人が対象になります。

 

勲章を辞退する人も最近では増えてきていますが、逆に「どうしてもほしい」「もらったらすごく嬉しい」という人がいるのも事実です。以前、ある懇親会に参加したら、主催者が二度目の受勲を受けたそうで、嬉しそうにそのことを話していました。はて、勲章なんてもらって嬉しいか? 羨ましいか? と思ったわけですが、国から権威を授けられることは、人によってはこの上ないことなのでしょう。

 

能力や実績によって尊敬され、その人の言うことに対して、自発的に同意したり服従するのは分かります。真の名経営者にはそういう人が多く、会うまでは「なんだ名前ばっかりだろ。バケの皮をはいでやろう」くらいのつもりでいても、実際に会って話をすると、「確かにこの人はすごい。こんな人がいるんだ!」と思う人もいるわけです。

 

しかし、能力や人格が尊敬できるものでもないのに、特定の組織における地位をかさにきて、「おれの言うことが聞けないのか?」という人。最近ではパワハラなども敏感になってきたので、こういう表現そのままは見なくなりましたが、こういう考え方なんだなぁというのは態度から分かります。こんな人がまだまだ多いことに驚いています。

 

権威主義ではなく、自由な契約関係における市場主義。そして国が誰が偉いかを決めるのではなく、自発的な尊敬に基づいた関係であること。社会は徐々にそちらに向かっていると思いますが、早くそうなってほしいところです。

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