投資理論を少し勉強すると、必ず出てくるのが「自分のリスク許容度に合った投資をしましょう」という言葉です。リスクを取れる人は高リスクの資産(株とか)、取りたくない人は低リスクの資産(債券とか)を多めに入れよう、という話なのですが、これってどうやって測ったらいんのでしょうか。
リスク許容度の測り方
お金の話をしていて、リスクという言葉に出くわしたときに頭に浮かぶ言葉はつぎのうちのどれですか?
A 危ない
B 不確か
C チャンス
D スリル
こういうのを見るとブチ切れそうになる。こんな質問なんかでリスク回避度の数字1個、ましては株の投資割合にたどり着こうなんてヴァッカじゃないの。
よくある、質問に答えるとリスク許容度が分かりますというモデルを「バカじゃないの」と一蹴するのは、『ライフサイクル投資術』を書いたイアン・エアーズです。
ではどうやってリスク許容度を測るのか。リスク許容度は「相対リスク回避度」Relative Risk Aversion:RRAと呼ばれ、概念的には次のような質問で測れます。
転職のチャンスが舞い降りた。同じくらいいい仕事で、しかもお給料は50%の確率で2倍、50%の確率で3分の2になる。さて、あなたは転職しますか?
この条件で転職する人のRRAは2より下、転職しない人のRRAは2より上です。RRAが低いほど、リスク回避度は低くなり、50%の確率で給料が半分になるという場合でも、転職するという場合、リスク回避度(RRA)は1より下になります。
リスクに関心がない人のRRAはゼロ。平均で儲かるなら、喜んでどんな大博打でも打つという人ですね。要するに、この質問は次のようなことを表しています。
一家の収入のうち、最大でどれだけをリスクにさらしても、50%の確率で収入が2倍になるチャンスをつかみにいくかが分かれば、RRAが分かる 。
この質問をたくさんの人にしたところ、その比率は次のようになったということです。収入の50%をリスクにさらしても(つまり半分になる可能性がある)、収入が2倍になるチャンスを取りたいと思う人は1割ちょっとだということです*1。
- 3.76以上 64.6%
- 2〜3.76 11.4%
- 1〜2 10.9%
- 1以下 12.8%
6割以上の人は、収入の20%でもリスクにさらしたくない(RRA=3.76以上)と答えています。この期待値を計算すると、(2+0.8)÷2で1.4となり、十分に高い期待値ですね。意外にみんな保守的です。
RRAから株式投資比率を計算する
次に、このRRAを使って、投資する際の株式比率を算出します。
転職の質問でご自身のRRAが分かるなら、そのRRAを次の式に入れる。そうすればライフサイクル投資戦略の聖杯、ご自分のサミュエルソンの割合、というかそのためのたたき台が計算できる。
サミュエルソンの割合 = 1.58 / RRA
この単純な公式は、あなたの相対リスク回避度が2なら、あなたは総資産の79%を株に投資したいはずですよ、と言っている。
なるほど、1.58をRRAで割ればOKだということです。先の収入の半分をリスクにさらしても2倍になるチャンスを得たいという人は、RRAが1ですから、総資産の158%を株式に回すべきということになります。6割が相当したRRA3.76の場合でも、株式比率は42%になります。
※転職して50%の確率で給料が2倍になるが、50%の確率で◯%になる。許容できる◯%は? そこから導き出される最適な株式比率
もっと一般的にサミュエルソンの公式を表すと、次のようになります。
- サミュエルソンの割合 = リターン / (リスクの2乗 ✕ RRA)
株の実質リターンは配当込みで年7.9%、リスクは17.86%という歴史的な数字から、株のリスクプレミアムは、債券のリターン2.83%を引いて、5.04%と計算されます。この数字から1.58が出てくるわけです。
- サミュエルソンの割合 = 5.04% / (17.86%の2乗 ✕ RRA)
- = 1.58 / RRA
サミュエルソンは適切な形のリスク選好の下で、個人は毎年の株式市場に対するエクスポージャーを一定の割合に保つはずだ、それまで株式市場に投資した分の価値がどう上下しようと関係なく割合は一定、そう証明した。
「20%しかリスクにさらしたくない」人でも42%株って多すぎない?
さてこの計算を見て、「収入の20%しかリスクにさらしたくない」という人(RRA3.76)でも、株式42%って多すぎない? と思った人も多いと思います。ただこれはCAPM理論にもとづいて計算された、リスク許容度に沿った株式比率だったりします。
面白いのは、収入の50%をリスクにさらしても2倍になる可能性に賭けたい(これでも期待値は1.25倍です)場合、なんと株式比率は100%を超えて158%となることです。つまり借金をしてでも株を買え、ということですね。
これはシーゲル教授の「リスク許容度と保有期間による、ポートフォリオに占める株式比率を見ても、期間が長くなると100%を超えることが推奨されていることとも合致します。
総資産をちゃんと計算してる?
もう一つ忘れがちなのは、これが「投資資金に対する株の割合」ではなく、「総資産に対する株の割合」だということです。銀行にある定期預金や、持ち家、貯蓄性保険などすべてを入れた上で、その合計に対する株の比率です。
これは、質問によってリスク許容度を計算し、最適な資産配分に基づいて運用しますとうたっているロボアドバイザーでも起こっている問題です。ロボアドバイザーの資産配分の計算には、他のところにある資産が計算にはいっていません。
そのため、本来ならば総資産の50%を株式に投資できるリスク許容度を持っている人でも、定期預金100万円+貯蓄性保険100万円+ロボアド用投資資金100万円の場合、50万円しか株式に振り分けられなくなり、株式投資の比率はわずか17%まで下落してしまいます。合理的な投資は定期預金を50万円取り崩して、150万円を株式に回すべきなのにです。
この考え方を推し進めたのが、『ライフサイクル投資術』です。この本では、総資産の意味を拡大し、得られるであろう給与も総資産にカウントします。手持ちの資産が300万円でも、今年の給料から30万円を貯蓄できるなら、それを足すということです。さらにいうなら、来年の給料からの30万円分、3年後の給料からの30万円分も、時間的価値や失職のリスクを割り引いた上で総資産にカウントします。
そのようにあらゆるものを総資産に加えていけば、かなりリスク許容度が低い人でのベストの投資法は株式100%。リスク許容度がそこそこあれば、レバレッジをかけて200%の株式投資をすべきだというのが、この本の結論です。
ともあれ、正確に自分のリスク許容度を計算しても、実際の投資は合理的に導かれた株式比率よりもかなり小さく、相当保守的になっている可能性が高いということは頭の片隅に置くべきでしょう。
サミュエルソン理論への批判と擁護
さて「長期運用では、リスクの時間分散効果を利用して、株式のようなリスクの大きな資産の組み入れ比率を増やすべきである」、つまり若いうちは株式比率を高く、年を取るにつれて減らすべきという主張があります。
これに対して、サミュエルソンは「期間は関係ない」という主張をしました。
投資家はリスク回避的(相対的リスク回避度は一定)であり、リスク資産のリターンがランダムウォークしていて、リターン間に相関がなく、分散も一定(独立同一分布)であるという前提の下で、投資家が期待効用を最大化するように投資行動を取るとすれば、投資期間が長くなるからといって、株式のようなリスク資産の比率を上げるべきではないことを示した。
特に実務家から批判もありましたが、この主張を再度蘇らせたのが、ボストン大学のボディ教授です。
最初に株式に全額投資を行った場合に、投資期間終了時に無リスク資産のリターンを下回ることに保険をかけるとします。この保険料をオプション理論から算出すると、投資期間が長くなればなるほど保険料が上昇します。
この結果から、投資期間が長くなれば、不足額に対する保険のコストが時間とともに増加していくことが分かるため、株式への投資は長く持てば持つほどリスクが小さくなることはないと結論づけた。
なるほど、たしかにリスクのある(ボラティリティが高い)投資先は、期間が長くなるほど債券投資のリターンを下回るリスクが小さくなります。一方で、そのわずかなリスクをカバーできるような保険のコストは、期間が長くなるほど上昇します。これを併せて考えると、株式投資は期間が長くなればなるほどリスクが小さくなるわけではないというわけです。面白いですね。
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*1:この場合の期待値は(2+0.5)÷2なので、1.25となり、十分に期待値的にはプラスの賭けです。