FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

株式は取ったリスクより儲かる? エクイティプレミアムパズルの謎

エクイティプレミアムパズル、あるいは株式リスクプレミアムパズルという“謎”があります。これは、株式に投資すると、取っているリスクを遥かに上回るリターンが得られるのはなぜか? というものです。

リスクを取ればリターンが増える=プレミアム

まず基礎的なことから。国債などの無リスク資産に対して、株式のようなリスクを伴う資産の期待リターンは大きくなります。それはそうですね。国債は元本も利息も保証されていますから、それより高いリターンがなければ、元本が毀損するような資産に誰も投資しません。

 

この無リスク資産のリターンと、株式のようなリスク資産の期待リターンの差を「リスクプレミアム」といいます。リスクを取った代わりに上乗せされるリターンというような意味です。つまり投資家は、リスクがあるのならそれ相応の追加リターンを求めるということです。

リスクプレミアムの求め方

ではこのリスクプレミアムがどれだけあるのか、どうやって求めたらいいのでしょうか。最も簡単な方法は、過去の平均リターンを使うことです。

 

例えば、国債のリターンが1%だとして、過去10年の株式の平均リターンが6%ならば、株式の超過リターンは5%ということになります。シンプルにいえば、この5%がエクイティ(株式)リスクプレミアムということですね。

 

ただし、過去の平均リターンを使ってリスクプレミアムを求めることには批判があります。「バックミラーを見ながら自動車を運転するようなもの」とよくいわれます。過去超過リターンがあったからといって、将来もそれが続くと考えるのはおかしいのではないか? ということです。

 

もうひとつは、過去の超過リターンと、株式が本質的に持っているリスクプレミアムは、異なるものであるにも関わらず、強く関係してしまっているということです。少しわかりにくいですね。

株価のファンダメンタルズ的な決まり方

少し回り道をして、株価がファンダメンタルズ的にどう決まるかを考えます。企業の価値を発行株式数で割ったものが株価なわけですが、では企業の価値はどう決まるのでしょうか。

 

これは、企業が将来に渡って生み出していく収益の合計になります。ただし、未来の収益は不確実性があるため、割り引いて足し合わせます。いわゆるDCFです。毎年100ずつ収益を上げる企業があって、割引率が10%ならば、90+82+75+68+62+……と足し合わせていったものがその企業の価値になるわけです。

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簡易的な式を書くと、現在価値 = (毎年の収益)/ (割引率) となります。ざっくり、収益が100で、割引率が10%ならば、現在価値は1000ということです*1

 

この式の面白いところは、割引率が変わると現在価値が大きく変動するということです。同じ収益100の企業の現在価値が、割引率でどう変わるかというと、こんなふうになります。

  • 割引率 3% →現在価値 3333
  • 割引率 5% →現在価値 2000
  • 割引率 8% →現在価値 1250
  • 割引率 10% →現在価値 1000
  • 割引率 15% →現在価値 666

つまり、割引率が変化すると、収益が変わらなくても企業の価値=株価は大きく変動するということです。割引率が倍になれば企業価値は半分になってしまうというわけです。

割引率とは何か

ではこの株価に大きく影響を与える割引率とは何か。ここでやっと株式リスクプレミアムが出てきます。国債などの無リスク金利に、リスクプレミアムを乗せたものが、割引率となるのです。

 

つまり、リスクプレミアムが大きければ割引率が大きくなり、それは現在価値=企業価値=株価が小さくなる。逆に、リスクプレミアムが小さければ、株価は高くなるというわけです。

リスクプレミアムと過去リターンの関係

それでは過去リターンとはいったいなんでしょうか。配当を抜きにして考えれば、過去ある時点の株価と、1年後の株価との比です。1000円の株価だったものが、1年後に1100円になっていたら、リターンは10%だったということです。

 

しかし、これは本当に企業の収益力が向上したために株価が上昇したのでしょうか? リスクプレミアムが減少すれば、割引率が小さくなり、それだけで株価は上昇します。例えば割引率が5%から4.54%に減少すれば、これは株価を10%押し上げます。言い換えれば、リスクプレミアムの変動が株価を動かし、それがリターンを変化させるというわけです。

 

このように、リスクプレミアム自体はリターンを変化させるという性質を持つため、過去リターンそのものがリスクプレミアムであると考えると、議論が錯綜してしまうわけです。

これまでの超過リターンとリスクプレミアムの推移

こうした前提に立って、論文「株式リスクプレミアムの時系列変動の推計」では、超過収益率(過去リターン − 無リスク金利)をEXRとし、過去のEXRから求めたリスクプレミアムをERPとしてグラフ化しています。EXRは1952年からその時点までの平均なので、一定の値に収斂していっています。

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論文の解説によると、EXRもERPも70年代から90年代なかばまで5%程度で安定的に推移してきていました。90年代後半から、米国の株価は「根拠なき熱狂」と呼ばれる上昇を見せましたが、このときERP(エクイティリスクプレミアム)は減少しています。つまり、割引率が減少したので株価も上昇したということです。または、株価の上昇は割引率が減少したということであり、それはリスクプレミアムが小さくなったということでもあります。

 

思い出してみると、リスクプレミアムというのは投資家がリスクを引き受ける代わりに期待するリターンのことでした。ファンダメンタルズが変わらなくても株価が上がるというのは、リスクに対して期待するリターンが小さくても、つまりリスクプレミアムが小さくでも投資家が株を買うということです。別の指標でいえば、これはPERの上昇になります。

 

そしてグラフでは2009年あたりにERPの急上昇が見て取れます。実にリスクプレミアムは12%にも達しました。これは、投資家はリスクを恐れ、12%ものプレミアムがなければ株を買わなかったということです。

 

同じグラフの日本市場版では、面白いことが見て取れます。超過リターンは年を追うごとに減少し、2012年時点で5%まで下がりました。一方で、ERP=リスクプレミアムは90年代から上昇し、特にリーマンショック以降はものすごい高さになっています。2011年あたりでは25%を超えており、これだけのリスクプレミアムがなければ株を買わないという投資家のマインドだったことがわかります。

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このグラフを、インフレ率で補正して、実質リターンに替えたのが次のグラフです。ERPにそれぞれの国の債券利回りを足して、「実質株式期待リターン」の推移を出しています。

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米国市場の株式期待リターン(≒ERP)が5〜10%程度で推移していることが分かります。日本市場の期待リターンは90年代までは米国よりも低く、落ち着いていましたが、2000年代からは上昇し、リーマンショック後はたいへん高い水準になっています。

 

ちょっと面白いのが、リーマンショックで急上昇した日本のERP(≒実質株式期待リターン)ですが、2013年に急減していることです。これはアベノミクスの開始ですね。株価が上昇するということは、投資家が株式に求める期待リターンの減少と同義だということです。そして、それでも15%程度が残っており、米国の10%に比べるとまだ高い。これが日本市場の状況です。

相対的危険回避度から導くリスクプレミアム

このように、株式のリスクプレミアムは日米ともに5〜10%程度で、特に昨今の日本では10%を超える水準だったことが分かりました。ここでやっとエクイティプレミアムパズルの話に戻ります。このリスクプレミアムが、想定される水準よりも高いというのが、エクイティプレミアムパズルでした。では、「想定される水準」とは何なのでしょうか。

 

相対的リスク回避度(RRA:Relative Risk Aversion)とは、投資家がどれだけリスクを取りたくないかを表した数値です。このときのリスクとは資産の変動率です。このとき、相対的リスク回避度の高い、つまりリスクを避けたがる投資家は、高いリスクプレミアムを要求します。

 

このRRAは、「自分のリスク許容度を測る」の記事でも出てきました。RAAが高くなるほど、ポートフォリオの中での株式の比率を下げるべきだという話です。

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相対的リスク回避度は、保有する富に対する割合で考えたときのリスク・プレミアムと近似的に比例関係にある。そのため、相対的リスク回避度の高い投資家は、それが低い投資家に比べて、保有する富に対して高い割合のリスク・プレミアムを要求する。リスクに対する見返りを保有する富との相対額で要求することから、「相対的」と呼ばれる。

相対的リスク回避度 | みずほ証券 ファイナンス用語集

 もう少し噛み砕いてみましょう。このRRAやCRRAという概念は、ファイナンスよりもマクロ経済学でよく出てくるもので、家計のリスク回避度を考察するためなどに使われます。

 

家計が、来期に確率的に発生するα%の消費の削減を避けるために、今期x%だけ消費を低下させるという状態を想像します。例えば、「来期50%の確率で発生する可能性がある消費10%の低下を防ぐために、今期1%の消費を削減する」といった感じです。

 

リスクを避けたい家計は、今期の消費を多く削減しても、来期の低下を防ぐでしょう。次のグラフは、論文「リスク・プレミアム・パズルとマイナスのリスク・プレミアム・パズル 」から相対的リスク回避度とプレミアムの関係を表したものです。

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相対的リスク回避度が大きくなるにつれて、高いプレミアムを要求することが分かります。グラフの見方は次の通りです(危険回避度=CRRA、αは来期に発生する可能性のある消費低下量を指します)。

  • CRRA 2 プレミアム1.0% ――来期確率1/2で発生する可能性のある消費10%の低下を防ぐために、家計は今期1.0%の消費を削減する
  • CRRA 5 プレミアム2.4% ――来期確率1/2で発生する可能性のある消費10%の低下を防ぐために、家計は今期2.4%の消費を削減する
  • CAAR 25 プレミアム7.4% ――来期確率1/2で発生する可能性のある消費10%の低下を防ぐために、家計は今期7.4%の消費を削減する

 なお、「これほど高い補償(消費削減)は不自然であり、家計の危険回避度はせいぜい5前後、上限でも10を下回るというのが多くの経済学者の見方である」と、本論文は記載しています。

CRRAと矛盾するリスクプレミアム

ところが、ERP(エクイティリスクプレミアム)を6%、消費の成長率とS&P500の収益率の共分散が0.00219という値を入れると、CRRAは27.4になるといいます。また、大本のエクイティプレミアムパズルを提唱したMehra and Prescottによる期待効用関数を解いたものだと、ERPとして6.18%を入れるとCRRAは50を超えるのだといいます。

 

先にも書いたように、一般的なCRRAは5〜10。Mehra and Prescottの計算式にCRRA10を入れると、エクイティプレミアムは1.4%になるといいます。一般的なリスク回避度からすると、想定されるエクイティリスクプレミアムは1.4%程度なのに、実際に観察されるエクイティリスクプレミアムは5〜10%(一般に6%程度と言われますね)。この差異が、エクイティプレミアムパズルというわけです。

 

DCF法を使った割引率の株価への影響から、歴史的に見られたエクイティリスクプレミアム、そしてCRRAから導くリスクプレミアムへと調べたことをまとめてみました。

 

リスクプレミアムは、「そのリスクを取るなら上乗せリターンをよこせ」という投資家の気持ちから生まれるものですが、リスク回避度から考えると大きすぎる。矛盾といえば矛盾で、さまざまな理論から説明が試みられています。

 

例えば、損失に対しては高いリスク回避度を期待するのに、上乗せリターンについてはリスク回避度が低くなる。これは、そう行動経済学のプロスペクト理論です。Shlomo BenartziとRichard Thalerは、プロスペクト理論とメンタル・アカウンティング理論を用いて、エクイティリスクプレミアムを説明しているそうです(論文)。

 

前半はともかく、RRAについては自分自身も消化不良でした。また機会があればもう少し調べてみたいと思います。

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*1:正確には割引率ではなく、(割引率 − 成長率)で計算しますが、ここでは収益は成長せずに一定だという前提で。