多くの人が老後に向けた人生設計の中で、最大の課題は「いかに必要な資金を貯めるか」だと考えています。ところが、うまくして投資などである程度の資産を築いた人の最大の課題は、「貯めた資産を使い切らないまま死んでしまう」ことにあります。
本書「DIE WITH ZERO」は、これは人生の喜びを先送りしすぎで、ただただ金を節約しすぎていると主張します。
金を無駄にするのを恐れて機会を逃がすのはナンセンスだ。 金を浪費することより、人生を無駄にしてしまうことのほうが、はるかに大きな問題ではないだろうか。
- セミリタイアにとって最も重要なこと
- 老後に入っても増え続ける
- 年を取るとお金の価値は減る
- 明日死ぬと分かっていたら、お金をどう使う?
- 余命と必要資金を計算して使い始める
- そうは言っても……
- 人生全体を最適化する最も合理的な方法
セミリタイアにとって最も重要なこと
セミリタイアした身として、この本にかかれていることはいちいち納得感のある内容でした。ぼくの考え方は、「お金は人生を楽しむためにあるもの」で「貯めて増やすのは、それを使って人生を豊かにするため」だからです。高収入の仕事から退いて、仕事をスローダウンするのも、残された人生を楽しむため。だから、持っているお金を余らせるのはもったいないのです。
念のため、これは資産を貯められる状況にない人や、このまま働いて貯めて運用しても、老後に必要な最低限の資産に達するのがギリギリな人は対象外の話です。そういった人にとっては、この本で書かれていることは「金持ちの論理だ」ということになるでしょう。
しかし、ある程度の資産を持っている人にとっては、まさしく金言です。あるポイントをすぎると、お金は自動的に増えるようになり、意識的に使っていかないと減らなくなってしまうからです。
老後に入っても増え続ける
本書の例に限らず、これだけあれば十分でしょう? と思うような額を貯めても、将来が不安で貯蓄をし続けるという人はたくさんいます。日本でもそうですね。
日本の個人金融資産は約1900兆円といわれています。そのうち約半分を60歳以上の高齢者が保有しています。普通は60歳から65歳で退職するのに、ほとんど資産が減っていません。日本人の平均年齢は80〜90歳であり、多くの人が退職時からさして資産を減らさずに死んでいることが分かります。
もちろん、ここには大きな格差があって、老後資金が足りずに困窮している人もいれば、たくさんの資産を持っている人もいますが、それがさらに問題を大きくしています。つまり、資産を持っている人は、平均値や総計値よりも遥かに大きな資産をもったまま死んでいるということです。
つまり、資産を貯めすぎて、死ぬまでに使い切れないのは、一部の限られた人の話ではなく、そこそこ多くの人に当てはまる問題だということです。
資産額が多い人々(退職前に50万ドル以上) は、20年後または死亡するまでにその金額の11.8%しか使っておらず、88%以上を残して亡くなっている。つまり、65歳に引退したときに59万ドルだった資産は、86歳の時点でまだ44万ドル以上残っている。
年を取るとお金の価値は減る
死ぬまでに資産を使い切る。それはつまりどこかのタイミングで、貯めるモードから減らすモードへ移行することを指します。そして移行は、可能なら早ければ早いほどいい。なぜかといえば、年令によってお金の価値は異なるからです。
20代のときに100万円あれば、世界一周旅行にだっていけます。友人たちとパーティを開いて夜通し飲み思い出を作ることもできます。ところが年齢が上がるにつれて、効果的なお金の使い方は減っていきます。自分自身のことを考えても、欲しいと思うような高額な買い物は本当に減りましたし、外食への興味も以前よりも薄れてきました。体力を考えるとエクストリームスポーツも、ハードな旅行も、もうちょっといいかな、と思うようになってきています。
30代には30代でしかできない、楽しめないお金の使い方があります。40代もしかり、50代もそう。そして、60代、70代と年齢を重ねると、お金を使ったからといって得られる幸福は本当に少なくなっていくのです。自分の親のことを考えてみてください。お金があっても、それを使って楽しんでいるかというと、意外とそんなことはありませんよね。
ぼくの場合は、では何にお金を使うかというと、自由な時間を得るために、さして楽しくもない仕事を辞めて、資産で時間を買ったわけですが、この決断は通常かなり難しいものでしょう。
(多くの人は)なんとなく必要以上の金を貯め込んでいるか、必要なだけ貯めていないかのどちらかだ。 長期的に計画を立てて行動するより、短期的な報酬(近視眼的) のために生きたり、自動運転モード(慣性的) で生きるほうが楽だからである。
明日死ぬと分かっていたら、お金をどう使う?
極端にいえば、「明日死ぬと分かっていたら、お金をどう使うか?」ということです。もう少し緩やかにいえば、余命3カ月を宣告されたらどうするでしょうか。それは重い病気で、人工呼吸器につながれたままベッドで寝たきりの3カ月を過ごすことかもしれません。そのために1000万円の費用がかかるとして、果たしてこのときのために1000万円を貯めておきたいでしょうか。
この1000万円は、お金があればいろいろと楽しいことができた若い時期に、必死に貯めたものです。つまり、寝たきりの3カ月のために、若いときの楽しみを1000万円分あきらめてきたということです。
ぼくならば、若いときに1000万円を使って楽しんで、余命3カ月といわれたら、自宅で普通に過ごして1週間で死にたいものです。人生最後のほぼ意味のない3ヶ月のために、若いときの貴重な時間と金を諦めるのは、ぼくにとっては不合理だと思います。
余命と必要資金を計算して使い始める
筆者は、合理的に、つまり「資産ゼロで死ぬ」ためには、余命を予測して、リスク許容度を考慮して、何年分の生活資金が必要になるのかを計算すべきだといいます。そして、死ぬまで足りる資産が貯まったら、それを計画的に取り崩して人生を楽しむ。
これって、セミリタイア志向の考え方そのものですね。人生はお金を貯めるためにあるのではなく、お金を使うためにあるからです。
本書には、著者が「最高のロールモデル」と呼ぶ、ある企業家の話が出てきます。
デューティーフリー・ショッパーズ・グループ(空港などによくある免税店) の創設者として莫大な財産を築いたフィーニーは、私の主張の最高のロールモデルだ。フィーニーは若い頃からその資産を(匿名で) 寄付し始め、 80代になったときには通算で 80億ドル以上を寄付していた。
フィーニーは今 80代で、妻と共にあえて賃貸アパートに住んでいる。その純資産は現在、これまでに寄付してきた額のほんの一部でしかない約200万ドルに減っている。だが、残りの人生を生きるためには十分な金だ。
果たして使い切れないようなお金を持っている大富豪の中でも、99.97%を事前に寄付できている人がどれくらいいるでしょうか。
そうは言っても……
そうはいっても、「子供に財産を残したい」「長生きするリスクが不安」といった思いもあるでしょう。本書では、まず子供には生前に財産を渡すように主張します。いまや平均寿命は大きく伸び、相続で財産を受け取る年齢も上昇しています。多くの場合、60代以降ではないでしょうか。
となると子供の身になって考えると、遺産が入ることが分かっていれば、若い時期の貴重な時間を費やして老後資金を貯める必要が少しうすれるわけです。老後に必要な資金だと思って頑張って2000万円を貯めたのに、退職直後に遺産で2000万円入ってきたら、これまでの苦労はなんだったんだ? ということに成りかねません。おそらくこの人は死ぬときに2000万円以上の資産を持っており、またしても60代になった自分の子供に遺産として渡すことになるのでしょう。
筆者は、最もお金が必要になる30代や40代に計画的に財産を贈与すべきだといいます。この時期は住宅購入や子育てなど、何かとお金がかさむ時期で、お金はあればあるだけ生活の質が向上します。このとき受けた贈与は本当にありがたいはずです。
長生きリスクは、「長生き保険」で対応すべきと主張します。いわゆるトンチン保険で、保険料を支払うと、死ぬまで年金として毎月お金が受け取れるという保険です。ただ日本だと、この保険はあまりポピュラーではなく、生命保険的な色合いが強く、経費も高いように見受けられます。
やはり日本では、公的年金保険の活用が最も長生きリスクに最も対応できるでしょう。減額の可能性が高いとはいえ、受け取り時期を75歳まで遅らせれば月額84%も増加します。年金の受け取り時期については、平均寿命などから計算して、いつもらうのが最も得か?という議論もありますが、やはりこれは長生きリスクへの対応に使うものだと考えるべきでしょう。得か損かで考えないほうがいいはずです。
人生全体を最適化する最も合理的な方法
さて、では人生全体を合理的に最適化する方法です。ノーベル賞を受賞したフランコ・モディリアーニが、ライフサイクル仮説(LCH)を提唱しています。
モディリアーニの基本的な主張は、生涯を通じて金を最大限に活用するには、「死ぬときに残高がちょうどゼロになるように消費行動をすべき」というものだ。仮に、もしいつ死ぬかがわかっているのなら、そのときまでに金を使い切れば、最大限の喜び(と効率) が得られることになる。
そのために必要なことは次のようになります。
- 自分の死亡時期を平均寿命などから予測する
- 生活と趣味に必要なお金を、残りの時間から計算する
- 必要な金額が分かったら、それに向けて貯蓄、運用する計画を立てる
- 目標額が貯まったら、死に向けて取り崩しを開始する
これはまさにセミリタイア志望者が日頃やっていることです。本ブログでも、たびたびこのことについて書いています。
そして、
- 必要金額には、子供に残したいお金を予め入れておき、子供が30〜40歳のうちに生前贈与する
- 予想以上に長生きするリスクは、年金や保険でカバーする
ということになります。
貯めることや増やすことについては、金融機関の利害とも一致するため、さまざまな手法が提案され洗練され、広告でもブログでも、あれよこれよと情報があります。一方で、取り崩して死ぬときにゼロにする方法については、ほとんど情報がなく、老後になっても節約しすぎている人が多いように思います。
お金が十分に貯まっても惰性で働き続けてさらにお金を貯めてしまう人が多いように、資産を取り崩すというのはこれまでの積み立ててきた行動に反するために、なかなか難しい取り組みです。しかし、合理的に考えるなら、これはしっかりと考えるべきことだと思います。