ビットコインの本質的な価値、可能性の考察として、第1回は「デジタルゴールド」、第2回は「マネーのインターネット」説を見てきました。第3回は、これまでで最もラディカルな形、仮想通貨が「組織のあり方を作り替える」という話です。
仮想通貨は単なるマネーの代替ではない
「デジタルゴールド」説では、Bitcoinはゴールドの代替となるという説でした。そして「マネーのインターネット」説は、インターネットが情報を民主化したようにブロックチェーンがマネーを民主化するという説でした。
ところが今回の説は、もっと壮大な話です。Bitcoinのようなブロックチェーンが企業のような組織を代替するという話です。
DAO:自立分散型組織
この考え方はDAO(Decentralized Autonomous Organization)、自立分散型組織と呼ばれます。まず、企業のような組織がどのようにして活動しているかを考えてみましょう。
企業には資金の出し手である投資家・株主と、経営者、そして実際に手を動かす従業員が存在します。そして、世の中にサービスや製品などの価値を提供し、対価としてお金を受け取って、それを株主と経営者、従業員で分け合うという仕組みです。
DAOは、企業という組織なしに、システムに自由に参加する人たちの間で組織だった行動を可能にする仕組みです。ちょっとこれだけでは分からないですね。ではUberイーツがDAO化されたらどうなるか、ちょっと思考実験してみましょう。
ブロックチェーン革命[新版] 分散自律型社会の出現 (日経ビジネス人文庫)
UberイーツのDAO化
DAO化されたUberイーツを、UBDと呼びましょう。
まず飲食店を登録したり配達員を登録したりといったソフトウェアは、UBDのブロックチェーン上のプログラムとして記載されます。ユーザーがお昼ご飯の配達をしてほしいと思ったら、手元の仮想通貨を支払う形で、ブロックチェーン上のプログラムに発注を出します。
プログラムは、飲食店に注文を通知するとともに配達員に配達オファーを出し、マッチングさせます。配達員は飲食店からランチを受け取って配達し、受取が完了したら、プログラムは代金を飲食店と配達員に仮想通貨として支払います。手数料として10%をサービスが徴収し、プログラムを動かすためのGAS代に使われるとともに、残りは利益としてブロックチェーン上にロックします。
このとき、支払いは決済専用の仮想通貨が使われるでしょうが、それとは別にガバナンストークンと呼ばれる仮想通貨が用意されるでしょう。これをUBDトークンと呼んでみます。UBDトークンは企業でいう株式のようなもので、UBDが手数料から生み出した利益を得る権利であり、またUBDの開発方向性を決定するための投票権でもあります。
マーケティング的には、UBDを利用した顧客にはUBDトークンが配布されることになります。このように株式を広く行き渡らせるとともに、サービスを拡大させていくわけです。
開発はUBDトークンを大量に保有する初期の開発者がメインとなるでしょう。ただし、今後の開発者の参加を促すために、UBDトークンはファンド化され使われることになります。
このようにして、仮想通貨とブロックチェーンを軸に、企業という形を取らずにサービス提供と対価の受け取り、そして対価の分配という営利企業の基本行動が実現するわけです。
Bitcoinは最初からDAOである
夢物語のような……と思うかもしれません。しかし、実はBitcoinは最初からDAOなのです。国際的な送金ネットワークであり、発行量を自動的にコントロールしているBitcoinですが、これを運営している特定の組織はないことはよく知られています。
先の例でいえば、送金のセキュリティを担保するために膨大な演算実務をおこなっているのはマイナーですね。マイナーにはアルゴリズムから報酬が支払われます。そしてBitcoinをどのように進化させていくかは、このマイナーたちの投票が大きな力を持っています。
実際に開発しているコア開発者はどうでしょうか。不思議なことに、Bitcoinのコア開発者はオープンソース開発の伝統に則りボランティアとして開発を行ってきました。もっとも、初期からの開発者は自身がマイニングを行ったり、自己資金を投じて超低価格なときにBitcoinを購入していたりしたため、金銭的にはかなり余裕があったともいえます。それでも、昨今はBitcoin開発企業からコア開発者に資金提供がなされたり、Bitcoin Cashではマイニング報酬のうちの5%を開発者に分配する仕組みも実装されています。
DEXと呼ばれる分散型取引所もDAOの一種です。特に面白いのは、Uniswapのコピーとして始まったSushiSwapかもしれません。SushiSwapではサービスの利用者にSushiトークンを配布する仕組みをうまく使い、Uniswapから流動性を奪いました。しかし、急騰するSushiトークンを、創業者といわれるChef Nomiが大量売却。1300万ドル相当を得たといわれています。
批判されたChef Nomiはこの利益をコミュニティに返却。現在は、FTXのCEOなどの主要メンバーが管理し、コミュニティの投票を受けて開発が進んでいます。
本家のUniswapでも、サービス利用者にガバナンストークン(UNI)を配布したことが話題になりました。こうしたサービスの差別化の最大のポイントはユーザー数です。そして、ユーザーに対して、ガバナンストークンを配布する形でインセンティブを与えています。いわば、ブロックチェーン時代の株式は、サービスのガバナンストークンとなっているわけです。
企業が企業であることの意味
そもそも、企業はなぜ人が集まって運営されているのでしょう。一つには「コースの取引コスト」という概念で説明されます。そもそも新古典派経済学によれば、すべての取引は市場でやりとりされたほうが合理的になるはずです。例えば、人事サービスを受けたければ市場でそれを購入し、組み立て工が必要ならそれを都度市場から調達するという具合です。
ところが、これをいちいちやっていては、取引コストが膨大になります。そこで、継続的に発生する業務についてはスポットの契約を都度市場で行うのではなく、雇用契約という形で企業に縛り付けた方が安価だというわけです。これをコースは「市場における取引コスト > 組織化のコスト」の場合、企業の形が合理的になると説きました。
ところがITの発展で、アウトソーシングと呼ばれる市場活用が盛んになってきています。法務部員を雇うよりも契約書1枚ごとに外注する、コンテンツを作りたければ内部の記者ではなくランサーズなどで1本単位で発注する……といった具合です。現在では、クオリティに関する課題や管理に関する課題もありますが、そこは本質ではありません。ITによって取引コストが激減したことは、企業の形そのものを変えるのです。
その流れに、さらなる革命を起こしたのがブロックチェーンです。ここには管理職がおらず、どの仕事をだれにやらせて報酬をどう分配するかという決定はアルゴリズムが担うからです。人の管理をアルゴリズムがやってくれれば、管理職は不要になるわけです。
そして経営者の役割も不要になります。そもそも経営者というのは株主から委任されて企業の意思決定を行う人です。ところが、株主同士がオンラインで対話し、オンラインで都度投票して意思決定を行う直接経営方式が成り立つなら、経営者も不要だというわけです。
Bitcoinの偉大さ
Bitcoinが偉大なのは、これらがすべて実現できることを実例で見せてくれたことです。さらにそれは大きな問題を起こすことなく10年以上も続いています。昨今のDEXの隆盛を見ても分かるように、取引コストが小さいものから順次、企業という形態からDAOへと変貌が進むでしょう。
不可解な、不安な世界だと思うかもしれません。でも見方を変えれば、スキルを持った個々の人間が、それを必要としている人にサービスを提供する世界が実現するというだけです。これまで、そこに付随する給与やらサポートやらもろもろを分業して提供するために、企業という組織が必要でした。今後は、ブロックチェーン上のアルゴリズムが分業のお膳立てをした上で、働く人たちは自分たちのスキルを磨くことだけに集中できるようになっていくわけです。
こんな世界が実現したとき、これまで企業内に内包されていた取引コストは、トークンのやりとりという形で姿を現すことになります。また、企業の所有権を表す株式は、ガバナンストークンに取って代わられることになります。このときトークンが持っている価値の総額がどのくらいの規模になるのかは想像もできません。