FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

9億円超を瞬時に集めたコインチェックIEOのリスク

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コインチェックが国内で初めてIEOを実施し、売り出すパレットトークンは大人気です。申込受付開始から6分で、総額9億3150万円以上の申し込みがあり、割り当ては抽選になりました。

 

しかし多くの人は、IEOのリスクについてあまり考えていないようです。今回はIEOにどんなリスクがあるのか考えてみます。

資金調達手段の1つとしてのIEO

IEOとは何かと考えたとき、最も重要なのは資金調達手段という点です。パレットトークンを売り出すのはHashpaletteという企業。次世代ブロックチェーンの開発を行う企業で、設立は2020年3月です。実質的に、今回のIEOのために設立された企業だといえます。親会社であるHashPortは18年7月の設立。ブロックチェーンの開発やコンサルをやっている企業です。

 

さて事業拡大のために資金調達をしようとした場合、手段はいくつかあります。

 

伝統的な手法としては、融資があります。銀行からの借り入れですね。ただし、銀行は赤字で返せる当てのない企業には基本的に貸しませんし、土地などの担保も必要です。ベンチャー企業への融資とは遠いところに存在しています。

 

続いては株式です。株式の場合はいくつかのパターンがあって、まず事業に期待してくれる人に買ってもらう。通常は、新たに株を発行する増資があります。既存株主への増資なら株主割当増資、持っていない特定の人へなら第三者割当増資、一般に売り出すなら公募増資(PO)になります。

 

第三者割当増資は、株を新たに買ってくれる人を探してきて買ってもらうというもの。エンジェル投資家(個人)とかベンチャーキャピタル(VC)とかが株を買うのはこの方法です。

 

公募増資は未上場でも可能ですが、1億円以上の調達では有価証券届出書を出さなくてはいけないとか、有価証券報告書を継続的に開示する必要があるなどの制約があるため、普通は上場企業が行うものです。POとも呼びますね。

 

そして新規に取引所に上場するとともに、公募増資を行うのがIPOです。もっともIPOの時は増資だけでなく、既存株主が持ち株を一般に売却する「売出し」もあります。

 

これらの中では、公募増資・IPOが最も資金調達が容易です。取引所という潜在的に大量の買い手がいる場所で、買い手を見つけられるからです。しかし、取引所で売買をするには上場する必要があり、上場には時間的にもコスト的にも、また内容的にも厳しい審査というプロセスがあります。

審査がないのに上場できたICO

資金調達時に売り出すものは、株式以外もあり得ます。それを大々的に示したのが、仮想通貨のトークンでした。ホワイトペーパーなど事業概要を書いたものを用意し、Webサイトで告知。Ethereumのスマートコントラクトを使い、Ethereumでお金を払い込んでもらいトークンを売却する。これが17年前後に大量に起きたICOの簡単な説明です。

 

もちろんこうしてトークンを手にしても、売却できなければ宝の持ち腐れですから、当然トークンが近々取引所に上場するのが前提でした。そして、株式の上場に比べると、取引所への上場はかなり容易でした。取引所としても、扱うトークンの種類が多いことは売り物が多いことと同義であり、ビジネス上重要だったからです。

 

審査なくネットを使って公募でき、緩い審査で取引所に上場できる。この組み合わせは、当然詐欺的なプロジェクトを生みました。ホワイトペーパーだけあって実態のないトークン、ICO後から開発しますというトークンは当たり前。最初からICOだけやって閉じてしまうつもりの詐欺も多発しました。

 

何の権利も機能もありません——。そんなことをホワイトペーパーで明言しているICOもありました。

EOSトークンには、EOSプラットフォーム上の使用、目的、属性、機能、および機能を含むがこれらに限定されない、明示または黙示を問わず、いかなる権利、使用、目的、属性、機能、および機能もありません。

The EOS Tokens do not have any rights, uses, purpose, attributes, functionalities and features, express or implied, including, without limitation, any uses, purpose, attributes, functionalities and features on the EOS Platform.

それでもこのEOSトークンは最終的に40億ドルもの資金を集め、現在もEthereumの競合として開発が進められています。これは、何も約束しないICOが、結果的にうまくいった例だともいえそうです。

取引所が審査も行うIEO

さて、そんなわけでICOは各国が規制を強めます。そんな中、取引所が主体となって始まったのがIEOです。BinanceやHoubiなどの海外取引所は、積極的にIEOを進めています。

 

端的にいえば、新規トークンを上場して取引できるようにするだけでなく、

  1. (審査)匿名でもできたICOとは違い、発行体が明確に存在、取引所が責任を負う
  2. (売出し)上場前に、取引所が先行販売(売出し)を行う
  3. (上場)売出し後、上場して取引可能にする

といった特徴があります。これはいわば、東京証券取引所などの株式の取引所が新規上場時に行っていることに近いですね。東証に上場するにはかなり厳しい審査を通らなければならず、上場後も有価証券報告書の定期提出や四半期報告書提出などが義務付けられています。このようなルールによって、企業が詐欺ではなく実態があり、どのように事業を行っているのかを開示し、透明性を確保しているわけです。

 

今回のパレットトークンのIEOにあたり、コインチェックは全13ページの開示情報を公開しています。

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また、発行元のhashpaletteはトークンのホワイトペーパーを公開しています。

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コインチェックのIEO

このように、株式のIPOに当たるのがトークンのIEO、東証に当たるのが今回でいうコインチェックだといえそうです。ただ、もう一つ、けっこう重要な違いがあります。IEOでは審査、売出し、上場の全てを取引所が行いますが、株式のIPOでは売出しは幹事証券会社が行うからです。

 

幹事証券会社は、東証の審査にあたりそれを支援します。また、公募や売出しにおける株式の引受、公開価格の決定を行います。引き受けた株式は、自社の顧客に割り当てて販売するわけです。東証は、審査と上場の部分だけを受け持ちます。

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ここには少々利害相反があるのではないでしょうか。IPOにおいて、東証と幹事証券は対立する立場にあります。なんとか早く上場にたどり着きたい証券会社と、怪しい会社を厳しく排除したい東証はせめぎ合います。

 

ところが両方をコインチェックが兼ねるIEOでは、どうしても審査が甘くなるインセンティブが働くでしょう。売出しにおいて、コインチェックは8%の販売手数料を得ることになっており、9億3150万円の8%は7000万円にも上ります。その上で、発行体から審査手数料なども取ることになります。売出し側から見れば、ガンガン上場させれば手っ取り早く利益になるのです。相互に牽制が働くIPOとは違い、IEOでは利益相反が起こりやすい構造になるわけです。

 

もちろん、上場させたあとにプロジェクトが破綻してしまっては、継続してIEOを行うことができません。そのため、おかしなプロジェクトを上場させることは避けたいというインセンティブも働きます。特に今回はIEOの第1回ということもあり、ミソが付かない確実なものを持ってきたと考えたいところではあります。

 

ここをどう見るかがリスクの1つです。

ユーティリティトークンとセキュリティトークン

もう1つのリスクは4.05円/PLTという価格です。IPOにおける株価については、どんな価格が妥当かを検証するパラメータがいろいろとあります。最終的には企業の利益によって株価は決まるわけですが、将来の利益をどう予想するのかで売出し価格の妥当性が検証できるわけです。

 

ところがIEOでは、株式のように利益配分を受けられるトークンは上場対象になりません。株式のような意味合いの権利をトークン化したものをセキュリティトークンと呼び、逆に利益配分の権利を持たないものをユーティリティトークンと呼びます。

 

これはSEC(米国証券取引委員会)とFINMA(スイス金融市場監査局)が分類したもので、「セキュリティトークンに当たらないトークンはユーティリティトークンである」という定義になっています。では、セキュリティトークンとは何かというと、「Howyeテスト」に当てはまるもの、とされています。ちょっと前に、XRPはセキュリティトークンではないか? と提訴されました。いわゆるXRP証券認定訴訟です。 

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一方のユーティリティトークンは次のような権利と特徴を持っています。

  • ネットワークを使用する権利を与える
  • 投票によってネットワークを利用する権利を与える
  • 需給関係でトークンの値段が上がる可能性がある

パレットトークンに限らずEthereumのようなスマートコントラクトを実行できるブロックチェーンネットワークでは、送金やプログラムの実行にGAS代と呼ばれるトークンの支払いが必要です。このGAS代として使われることが、ネットワークの使用権利にあたります。

 

またパレットブロックチェーンはトランザクションを承認するメンバーがあらかじめ決められていて自由に参加できないコンソーシアム型です。ただし、コンソーシアムに参加するノードへの報酬量は、トークン保有者のノードに対する投票で決まります。この投票を介してブロックチェーンの行方に影響力を行使できることから、パレットトークンはガバナンストークンとしての意味合いも持っています。

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閑話休題。企業利益の分配権利のあるセキュリティトークンなら、株式と似た価値評価が可能ですが、ネットワーク使用権と投票権しかないユーティリティトークンの場合、適正な価格がどれくらいなのかを算出するのは非常に難しいものになります。

4.05円という価格の妥当性

ではコインチェックはどのようにして4.05円という価格を決定したのでしょうか。開示された資料には、このように記載されています。

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ここでは、「フィッシャーの交換方程式」が出てきます*1。これは、「物価(P)×生産量(T)=貨幣数量(M)×貨幣流通速度(V)」というものです。

 

ここでP以外を算定して、P=4.05円と算出したということでしょう。ここからは想像ですが、Mはトークン総数ですから10億枚です。Pが4.05円ということは、トランザクションを意味するTが流通速度(V)の5000万倍あるということになるのでしょうか? トークンエコノミーが発達すれば、トランザクション(T)が増加し経済圏の価値が増加することになりますが、その先のロジックは今ひとつこれだけの説明では分かりませんでした。経済に詳しい方にコメントいただきたいものです。

 

というわけで、少なくとも価格決定アプローチは記されていますが、どんな仮定をおいて、どのような計算を行った結果4.05円となったのかは開示されていません。個人的には、コインチェックの100万人強のユーザーに9億円を売り出した場合、どのくらいの価格感なら捌けるのかを逆算して先に4.05円を算出し、それに経済学的な数式を用いて根拠を与えたのではないかと想像しています。

IEOのリスク

というわけで、IEOのリスクです。今回は申し込み開始から6分で9億3150万円を超える申し込みがあったということなので、人気があるのは間違いないようです。

  1. プロジェクト破綻のリスク:売出し側を兼ねているコインチェックは多少怪しいプロジェクトでも審査を通すインセンティブがある
  2. 価格下落のリスク:4.05円の妥当性は不明
  3. Paletteブロックチェーンが不人気で使われないリスク:NFT流通のためのブロックチェーンなので使われなければ無価値

という感じでしょうか。まず(1)は今回は大丈夫だと考えています。初回IEOなので、失敗するわけにいきませんし、相当時間をかけて審査してきたと思われます。親会社のHashPortはブロックチェーン界隈の中の人ですし。

 

(2)はどんなトークンでも同じことがいえます。人気次第という感じです。どんなに厳密な計算をしても、仮想通貨にはあまり関係ないですね。みんなが欲しいと思えば上がるし、ゴミだと思えば下がります。

 

(3)も不明です。2020年11月にクローズドテストが始まり、動くことは確認しているようです。21年3月に12社がコンソーシアムに加盟してコンセンサスノードが運用されているようです。そしてメインネットのローンチはIEOのあとの21年8月。つまり、実際のビジネスでパレットブロックチェーンが使われるのはそのあとということになります。

 

IPOへの投資は実際に事業を行っていて、事業の状態も公表されており、その延長線上で「どれだけ事業が成長するか」の見通しを考え、株価の成長を期待する投資です。しかし(今回の)IEOは、いわば「起業するので出資してください」という、エンジェル投資に近い内容です。さらに、価格の算定根拠は先に書いたように曖昧なものになります。

 

まぁIEOはIPOと比較するものではないといえばそれまでなのですが、投資が成功するかどうかは人気次第。既に稼働していてユーザーのいる他の仮想通貨に比べても、ハイリスクな投資だということは理解しておくべきですね。

 

ちなみに2019年から始まったBinanceのIEOでは、6カ月で72のプロジェクトが資金調達を行い、リターンがプラスになったのは36だということでした。

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*1:フィッシャーの交換方程式についてはここでも触れました