よく「稲妻の輝く時」なんていいますが、株価は長期の上昇トレンドにあるといっても、だらだらと上がり続けるのではなく、わずか数日間にガッと上がるものです。『ウォール街のランダムウォーカー』の12版第5章は、テクニカル分析に対する批判の章なのですが、実は、「売買を行う」というテクニカル分析の性質上、投資家にとって大きな問題があることを、著者は述べています。
株価上昇はわずか数日で起こる
まずはミシガン大学のH・ネガット・セイバン教授の研究から。彼は、「1960年代半ばから90年代半ばまでの30年間に起こった大きな上げ相場の95%が、この期間の約7500取引日のうちのたった90日に起こったことを確かめている」そうです。
また、『マスター・トレーダー』の著者ラズロ・ビリニーは、「1900年にダウ30平均に1ドル投資して2013年初めまで保有したと仮定すると、その価値は290ドルに増えたことになる。しかしもし毎年もっとも相場が上昇した5日間を外したとすると、2013年の投資価値は1セント以下になってしまっただろう」としています。
これは、長期で上昇する相場でも、その上昇の多くはわずか数日に集中しているということです。このことは、同じくインデックス投資のバイブルである『敗者のゲーム』にも、登場します。
われわれがこのベストの上昇月を逃したら、丸々二世代という長期間にわたって蓄積される利益のほとんどが失われるということだ。この教訓は明らかである。投資家は「稲妻が輝く時に」市場に居合わせなければならない。
(『敗者のゲーム』p.43)
売買することの二重のデメリット
なぜテクニカル分析の章で、「稲妻が輝く時」の話を最初に出したかといえば、これがテクニカル分析の大きなデメリットの1つだからです。テクニカル分析は、過去のチャートを見て、売りか買いかを判断します。売ればポジションはなくなり現金を保有することになりますし、買うということはそのときに現金がなくてはなりません。
つまり、いずれにせよポジションを持たず現金を保有している期間が存在するということです。この時に稲妻が輝いてしまったら? 実はこれはコロナショックの時にも起こったことでした。
コロナショックの2020年3月、大きな下落に伴いいったんポジションを閉じて、市場から逃げた人たちがいます。ちょうど株価が底のタイミングで売ってしまった人もいたようですが、テクニカル分析に通じた人たちはもっと早い段階で手じまいしていました。
しかし、3月後半から株価は一気に上昇に入ります。売るタイミングをうまく見つけられた人たちの中で、底に近いところで買えた人はどのくらいいるのでしょうか? それとも二番底が来る!と信じて現金を持ち続けたのでしょうか。
株式は基本的に長期で上昇するものです。ところがテクニカル指標にしたがって損切りしたりエントリータイミングを計ったりした結果、もっとも美味しい時期を逃してしまうことがおうおうにしてあるわけです。
もう1つのデメリットは言うまでもなく手数料です。今でこそ、売買手数料の無料化トレンドによって、単純な手数料支払いによるロスはかなり小さくなりました。しかし、株式の売値と買値は同一ではなく、スプレッドがあります。これは取引所に支払うものではありませんが、流動性の小さい銘柄ではスプレッドは開きがちになり、想定したよりも安い値段でしか売れず、高い値段でしか買えないということになりがちです。
おっと、売買することで発生する税金も忘れてはいけません。バイ&ホールドならば含み益に課税されることなく再投資に回せるわけですが、売買を行うと、都度税金が発生してしまいます。これも、3つ目のデメリットですね。
テクニカル分析は無意味だという信念
著者も書いているように、テクニカル分析はアカデミックな世界では異端であり、嬉々として学者たちはテクニカル分析を批判します。著者も「テクニカル分析は究極的には無価値なものだという私の信念は揺るがない」とも書いています。
この力強い宣言とはうらはらに、実はテクニカル分析の効果を認めるような記述もいろいろと書いているのが本書の面白いところです。
- 「株式市場は時として『モメンタム』の存在を裏付けるような動きを示すことはあるが、それには全く規則性がなく、それを利用して超過リターンを得られるかどうかは、売買コスト差し引き後で見ると、断定的なことは言えないのだ」
- 「現実の株式市場には、数学者たちが理論を作る上で仮定するほどの純粋なランダム状態というものは存在しない。実際、現在の株価変動と過去のそれとの間に、ある程度の相関が見られることが知られている」
- 「(損切りで知られるフィルター法は)売買手数料を考慮すると、個々の銘柄にせよ市場平均にせよ、同じ対象に同じ期間投資したバイ・アンドホールド戦略のパフォーマンスを継続的に上回ることはできなかった」
- 「(レラティブ・ストレングス法は)ある特定の時期を対象にした分析では、この相対強度戦略がバイ・アンド・ホールド戦略を上回るパフォーマンスを上げたという結果も報告されているが、それがどの時期でも有効であるという確証は得られていない」
- 「(端株取引を行うオッド・ロッターは)多少は抜けたところがあるのも確からしい。オッド・ロッターのパフォーマンスが市場平均よりもわずかながら劣っていることを示唆する報告はいくつかもたらされている」
結局のところ、テクニカル分析は過去のチャートを元にはするものの、拠って立つポイントは砂上の楼閣理論であり、つまりは「周りが買うから上がるので自分も買う」です。そしてそこに群集心理がある限り、何かしらの歪みは生じるものだということは、著者も限定的に認めているように読めます。
ただし、ポジションを持たない期間が生じること、手数料が発生すること、税金が発生することの3点を考慮すると、バイ・アンド・ホールドに軍配が上がるという話になります。
究極のテクニカル分析
こうしたロジックは、常にポジションを組み替えるだけで、投資エクスポージャを持ち続け、ほぼ無視できるほどの安い手数料で、投資信託などの箱を使って売買しても税金を繰り延べられれば、テクニカル分析も生かせるのではないか? という考えにもつながります。
そして現代のテクニカル分析は、チャートなどという人間がパターンを認識しやすいように工夫したものを使わず、データをそのままコンピュータに入れて、機械学習を用いて人間には認識できないパターンを探し出すというように進化してきています。
これは、あのルネサンス・テクノロジーのメダリオンファンドの手法であり、類似の投資手法を行うヘッジファンドは数多くあります。
初めて『ウォール街のランダムウォーカー』を読んだ10数年前には、僕の目にはテクニカル分析は占星術のようにしか見えませんでした。そして、本書の記述もそれを補強するように読み取れました。しかし、改めて再読すると、テクニカル分析については著者は自らの偏見(バイアス)を認めており、さまざまなファクトを認識しながらも、うまく作られたテクニカル分析であっても、「手数料や税金の問題で」うまくいかないという論を組み立てているように読み取れます。
ただ実際のところ、チャートを目で前時代的な手法は論外として、機械学習によるテクニカル分析は簡単なものではなく、個人で行えるような手法でもありません。結局はヘッジファンドに近いようなところに運用してもらうしかなく、しかもその手法の大半はブラックボックス。というか、機械学習を使った時点で、どんなアノマリを根拠にしているかくらいは分かっても、なぜ今このポジションなのか? はモデルを組んだ本人にも分からないものです。こうした手法に資金を預けていいのか? ということも、AI時代ならではの投資の悩みといえそうです。
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