先日、「FIREにインカムゲインの安定収入は必要なのか」という記事を書きました。FIREすると、その後は入金がなくなり、資産を取り崩して生活することになります。そのとき、株式100%のポートフォリオがいいのか、それとも高配当株などを持って配当金で生活するのかいいのか。それが疑問点でした。今回はそれを検証してみます。
- ポートフォリオの選択肢とリスク
- Portfolio Visualizerのモンテカルロシミュレーションでテスト
- シーケンスリスクなし、インフレ非対応
- シーケンスリスクを当てはめてストレスを掛けてみる
- 増えることよりも、退場しないことが重要
ポートフォリオの選択肢とリスク
資産形成を終えて資産取り崩し期に入ると、おのずとポートフォリオに求めるものが変わります。増やすことが目的ではなく、死ぬまで資産が保つかどうか?がポイントになるからです。
資産形成期には、十分に(10年以上)時間があるなら株式100%が基本的に優れています。これは、過去のデータから、長期においては最も株式のパフォーマンスが高かったことから導き出されます。しかし、取り崩し期にはそうともいえません。株式はボラティリティ(価格変動)が大きく、取り崩し初期に暴落がたまたま来てしまうと、大きく資産を毀損するシーケンスリスクがあるからです。
そこで今回は下記のポートフォリオで、取り崩しの成功率をシミュレーションしてみます。
- 株式100%ポートフォリオ
- 株式50%+現金50%ポートフォリオ
- 高配当ETF100%ポートフォリオ
- 株式50%+債券50%ポートフォリオ
まず、資産形成期においては株式100%が有利なのはご承知の通り。リーマンショック前2007年からの各ポートフォリオのバックテストを見ると、下記のようになります。
青線が株式100%(S&P500 ETFのSPY)で、この間の年平均成長率(CAGR)は10.39%。次が高配当ETF(VYM)で8.41%です。株式50%:現金50%のポートフォリオは6.04%まで成長率が落ちます。資産形成期においては、リーマンショック、コロナショックの両方を経ても、株式100%が強いということが過去実績からは分かります。
これは資産取り崩し期にも当てはまるのでしょうか?
Portfolio Visualizerのモンテカルロシミュレーションでテスト
これを検証するために、Portfolio Visualizerのモンテカルロシミュレーションを使います。条件を設定したら乱数を発生させて大量の試行を行い、その結果を確率という形で幅で表現するものです。使い方は、先日の記事でまとめました。
設定した条件は次の通りです。記載ないところはデフォルトのままです。
- 初期資産100万ドル、取り崩し4.5万ドル(4.5%引き出し)
- インフレ調整なし
- 税引き後計算(税率は日本に合わせる)
- 試算期間は40年間
- シミュレーションモデルはHistorical Return、フルヒストリー利用
- シーケンスリスクはなし
今回チェックするのは、40年の期間中、資産がゼロにならずに過ごせるか? という「生き残り率」です。サマリーの最後に、5000回の試行中、何回survived(生き残った)かが表示されます。この比率が、ポートフォリオの成功の是非を表します。下記の例だと95.46%ですね。
モンテカルロシミュレーションは乱数を使って試行するので、この数字はぴったり同じにはならず、やり直すごとに変わってきます。感覚的にはプラスマイナス0.5%くらいは動く感じでしょうか。
それではポートフォリオごとの性能を見ていきましょう。
シーケンスリスクなし、インフレ非対応
下記が、各ポートフォリオの40年間「生き残り率」です。多くのポートフォリオが95%以上の生き残り率になっています。しかし、高配当ETFとして選定したSPYDとVYMは90%を切っていますね。2種類が両方他より成績が悪いことを見ると、高配当ETFはFIRE後には向かない感じがします。
もう少し深掘りしてみましょう。
まず全世界株式のポートフォリオ内訳は、米国市場株50%+非米国株50%で作成しています。こちらのシミュレーション結果は次の通りです。よく見るバックテスト同様に増加していて、4.5%を毎年引き出しても順調に増えている感じです。中央値にあたる50th Percentileでは、名目で年平均8.52%ずつ資産が増加していることが分かります。
では高配当ETFのSPYDはどうでしょうか。こちらも多くの場合、資産は順調に増加しています。中央値を見ると、年平均資産増加率は6.76%。全世界株と比べると2ポイントほど低いですが、決して悪い数字ではありません。一方で、最大ドローダウンが54.26%(中央値)というのはいただけません。全世界株の38.93%に比べて非常に悪い数字です。また、下位10%の結果にあたる10th Percentileでは、最大ドローダウンが100%に達しています。一撃で資産がゼロになるということですね。
シーケンスリスクを当てはめてストレスを掛けてみる
ここまでの結果は、インフレも考慮せず、市場が歴史的に平均的に推移する前提のシミュレーションでした。ただし、FIRE後は入金がないため取り返しが付かないことを踏まえて、もっと保守的に検討すべきです。
取り崩し期の最大のリスクは、資産額が大きい取り崩し初期の時点で暴落が発生することです。この、いつ暴落が来て、いつ好況が来るかという順番が、取り崩し期には最も重要になります。これがシーケンスリスクです。
では、シミュレーションの最初に歴史的な暴落が来たらどうなるか? それをシミュレーションするのが、「Sequence of Returns Risk」です。ワースト1年からワースト10年まで選べ、ワースト10年なら、取り崩しを始めた瞬間に、歴史的に最悪の年が10年続くという、最もストレスがかかる設定になります。
さて、こちらは予想通りというか、かなり厳しい結果になりました。最も成績が厳しかったのは高配当ETFのSPYDで、最初に最悪の1年が来ただけで、生き残り率は66.26%まで下落しました。最悪の10年が最初に続いた場合、多くのポートフォリオが20%以下に沈み、5回に4回以上は40年持たないということです。
例えば、SPYDの資産推移と生き残り率の推移を見ると、次のようになります。なんとか6年はもつものの、急速に資産は減少し、11年目にはどの場合でも破綻することを示唆しています。
ワースト10年の際の結果をポートフォリオごとに見ると、次のようになります。生き残り率は、全世界株で3.68%、米国株で7.58%ですから、暴落が続いた場合の株式の弱さが目立ちます。
そんな中でも、生き残り率が50%を上回っているポートフォリオがあります。全世界株式50%+債券50%のポートフォリオです。この資産額推移を見てみましょう。10年間はたいへん苦しい時期が続き、中央値でも資産は3万9000ドルまで下落しています。しかし、ここまで生き残っていることが重要で、その後、下位半分では破綻するものの、上位半分では40年間持つことが分かります。
増えることよりも、退場しないことが重要
資産形成期であれば、現物で分散投資をしている限り、資産がゼロになることはありません。しかも、積立の継続により、多少資産が減ってもそれをカバーできます。そのため、高いリスクを取っても高いリターンを得ることが重要で、具体的には株式が最適解です。
ところが取り崩し期は違います。積み立てではなく引き出しをしているのですから、放っておくと資産はどんどん減少します。そこに暴落が来ると、資産は加速度的に減少し、資産ゼロ、退場、FIRE失敗となるリスクが高まるわけです。
今回はワースト10年という最悪のシナリオでストレスをかけてみましたが、世界恐慌では2年10カ月間株価は下がり続け、ITバブル崩壊時も2年6カ月株価の下落は続きました。ワースト10年は保守的だとしても、ワースト2年、ワースト5年くらいは想定しておかないといけないでしょう。
世界大恐慌クラスが来たときに、資産で死ぬまで喰っていける確率が50%を切るなんて、想像したくないですね。それを考えると、高配当ETFは論外として、株式オンリーがかなり厳しい選択だということが分かります。
今回は、取り崩し期に有利なポートフォリオをモンテカルロシミュレーションでチェックしてみました。そして、シーケンスリスクを考えた時に、ポートフォリオごとに大きな差異があることも分かりました。ただし、このシミュレーションではもう1つの大きなリスクを考慮していません。そう、インフレです。
次回、 FIRE後の資産取崩に有利なポートフォリオ(2)では、インフレを加味したポートフォリオ評価をやってみます。