ル昨日、トヨタがEVに本腰を入れることを発表しました。「あぁついにこの日がやってきてしまったなぁ」と思ったものです。豊田社長は、ガソリン車も含めて全方位でといっていましたが、世界トップの自動車メーカーがここまで本気を見せると、世の中の期待値的にもEVにシフトして行ってしまいますね。
でも、こと走りでいうと、EVって面白いかなぁ……なんて思うのです。
EVの走りの魅力
しばらくテスラを乗っていたこともあり、それなりにEVの走りの特徴は分かるつもりです。よくレビューなどでも出てくる話ですが、EVの魅力は下記になります。
- 停止状態から圧倒的な加速
- 低重心によるコーナリング性能
- モーター制御による細かな電子制御
- モーターの素晴らしいレスポンス
テスラ車に初めて乗った人を驚かすのは簡単です。信号停止状態からアクセルを床まで踏み込めば、航空機かと思うほどのすさまじい加速がやってきます。助手席の人には頭をヘッドレストに付けているように注意しておかないと危険なほど。まさにシグナルグランプリ最強です。
圧倒的な低重心も特徴です。これは最も重い構造物であるバッテリーを床下に敷き詰めていることからきます。これにより、ブレーキでもコーナーでも姿勢変化が少なく、驚くほどの安定感を見せます。自然とハンドリングの味付けはクイックになり、切ったら切っただけ曲がる、まるでレールの上のジェットコースターのような挙動を見せます。
テスラの場合は実感できませんでしたが、ホンダなどがHV(ハイブリッド)車でよく言うのが、モーターの協調制御です。どういうことかというと、カーブを曲がっているときに、内側と外側のモーターの出力を変えることで曲がる力を生み出します。これは一般にトルクベクタリングと呼ばれ、マツダなどもガソリン車で採用しています。しかし、左右輪を個別に、かつ微細にコントロールできるのはモーターならでは。異次元の曲がるコーナリングを実現するわけです。
レスポンスの良さも素晴らしいです。ガソリンエンジンでは、アクセルを踏んでから実際にクルマが加速するまでに一瞬のタメがありますが、EVでは踏んだ瞬間に駆動力が変わるのが分かります。このダイレクト感、レスポンスの良さを表すと、EV > マニュアル車 > AT車 という感じです。
EVの走りの限界
魅力の多いEVですが、逆にいうとそこに限界もあります。
まず停止状態からの圧倒的な加速は、モーターのトルク発生特性によるものです。どういうことかというと、モーターは停止時に最大トルクを発生させ、回転が上がっていくにつれてトルクが落ちていくのです。これはモーターの特性であり、多かれ少なかれ似たようなものです。
これはどういうことを意味するか。つまり、停止時からの加速こそ異次元のスーパーダッシュですが、スピードが上がっていくと加速感は薄れてしまっていくのです。残念ながら、高速領域からのフル加速はテスラでも試せていないのですが、伸びがいまいちなのは間違いありません。
加速感を決める「加加速」
なぜこんな加速の伸びを言い出すのでしょうか? スポーツ走行を楽しむ人は、「スピード狂」なんて呼ばれたりもしますが、実は絶対的なスピードが好きという人はあまりいません。それはそうです。とにかくスピードを出したいのなら、飛行機のほうが速いですし新幹線だって300km/hに達します。スポーツ走行は、絶対的なスピードではなくて、加速変化を楽しむものだというのがぼくの考えです*1。
だから絶対速度よりも、そこに到達するまでの加速を楽しみ、コーナー手前での減速を楽しみ、そしてコーナーの中での横G(横向き加速)を楽しむわけです。減速や横Gは、その多くがタイヤ性能に依存しますから、クルマによって変わってくるのは加速になります。
ところが、人間が感じる加速感というのは面白いもので、一定の加速感がずっと続くよりも、加速がさらに増すほうが“加速してる!”って気がするわけです。どういうことか。加速度とは、時間当たりに速度が増す速さです。例えば、1G加速だと、だいたい3秒で時速100キロに到達するわけですが、このままの加速が続けば、6秒後には時速200キロ、9秒後には時速300キロって感じです。
ところが、EVの場合は速度が上がるとモーターのトルクが落ちて、さらに空気抵抗が増すことから、加速度がどんどん落ちます。最初は速いけど、あれ?伸びないなぁとなるわけです。この加速度の変化のことを、加加速度とか躍度、ジャークなんて呼びますが、EVは加加速度がマイナスなんですね。
一方で、スポーツカーのエンジンは逆です。低速(低回転)の時のトルクは小さいのですが、回転が上がるにつれてトルクも増していき、どんどん加速が鋭くなっていきます。これはつまり加加速度が大きいということで、これによって息の長い加速、後から後から盛り上がる加速を感じるわけです。
下記は1985年の名車、ポルシェ930ターボのトルクカーブ(赤)と出力カーブ(青)です。4000回転あたりをピークに、もりもりトルクが立ち上がっていくのが分かります。空気抵抗を計算に入れても、どんどん加速度が増加していくエンジンです。
もっとも、こういうトルクカーブのエンジンは廃れました。街乗りで使う低回転ではトルクがあまりに細くてちっとも力強くないし、低速時の加速は実は遅い。じゃあ、スポーツ走行ならいいかというと、トルクがピークとなる4000回転あたりを維持するようにギアを選んで上げないと、いったん回転が落ちるとちっとも加速しなくなってしまいます。とにかく非常に扱いが難しいエンジンです。
当時、こういうカーブのエンジンはターボ付きに多く、ドッカンターボと呼ばれていました。回していくと途中でターボが効き始め、途中からとんでもない加速を見せるターボです。ぼくが以前乗っていたGC型のインプレッサも、多分に漏れずこのドッカンターボで、回転数が4000を超えないととにかくかったるいのですが、4000を超えるととんでもなくパワフルで猛烈な加速を見せるクルマでした。
というわけで、最近のクルマはどんどん低速トルクが厚く、フラットな方向に進化しています。下記はスバルのWRX STIのEJ20エンジン。2500回転ほどでトルクがピークに達し、4500回転くらいまでフラット、そこから落ち始めるという作りです。
まぁ、日常に使う、それからサーキットを速く走る、そういう用途ならこういうエンジンが最高です。パワーバンドを外すことが少なく、多少回転が落ちても加速を維持できます。最近のクルマはみんなこういうトルクカーブになってきました。
これって、EVのカーブによく似ていますよね。さらにEVは0回転からグッとトルクが大きい。つまりは乗りやすく走りやすく、ゼロ発進の加速が鋭いクルマになるわけです。
でもね、ぼくは実際の加速はそこまででなくても、強烈な加加速によって、クルマがどこかに飛んでいってしまうのではないかとさえ感じられる、ドッカンターボがけっこう懐かしかったりするのです。
スポーツカーはどうなるか?
20世紀は、ある意味スポーツカーがもてはやされた最後の世紀です。各社はエンジン性能の向上を競い、「280馬力!」といった言葉がカタログに載り、リアには「TWIN CAM」とか「TURBO」といったバッジが光りました。まだまだクルマの進化をみんな信じていて、速いクルマこそが進んだクルマだとまだ思われていた頃です。
21世紀に入ると、クルマは環境の敵であり、必要悪であり、保有していることがうらやましくないという時代に入ります。象徴はプリウスであり、この頃からステータスとしてのクルマは廃れ、いかに便利な道具であるかで評価されるようになっていきました。
取り残されたのはスポーツカーです。単にスピードを出すだけなら、今のクルマは普通のセダンだって驚くほどのスピードを出します。とんでもないコーナリング性能だって持っています。そんな中でスポーツカーは、どんな立ち位置であるべきか。
いや、300キロ出せるクルマは確かに限られますが、サーキットでさえそこまで出せるところは限られます。ニュルブルクリンクの好タイム? すごいドライバーが運転すればレーシングカーのようなタイムが出せるクルマはすごいはすごいですが、それって普通の人が乗って楽しいでしょうか? いまや、サーキットのタイムが速いクルマが乗って楽しいかというと、そうではない時代に突入しました。
というわけで、一人のスポーツカー好きとしては、クセのある、普通には乗りこなせないようなクルマにこそ、それを操る楽しさがあるんじゃないかと感じています。しかし今やそんなクルマは少数派、というかほぼありません。さらにEVの時代が本格的に到来すれば、どんなクルマも乗りやすく安全で、ドライバーが荷重移動なんて考えなくても、電子制御がよしなにやってくれるようになるでしょう。
ぼくらは幸いにも、まだクセのあるガソリン車に乗れる時代に生きています。このありがたみを噛み締めたいものです。
*1:まぁ、時速300kmで走り続ける楽しさというのもあるとは思いますが、これはスポーツというより記録を作りたいみたいな感覚なのではないでしょうか