FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で自由主義者、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

え?物価ってそういうことだったの『物価とは何か』

昨今の経済に関する話題といえば、やっぱり物価です。米国の株式不調は、物価高=インフレに対抗するためにFRBが利上げを始めたからですし、そのせいで利上げできない日本では円安が加速してしまいました。

 

でも、この「物価」という代物はたいへん難しい。そう思っていたときに知人に勧められたのが『物価とは何か』です。著者渡辺努氏は、日銀勤務を経て一橋大学教授、東大教授として物価研究を進めてきた人物。さらにPOSデータを元に物価動向を分析する「JCB消費NOW」を手掛けるナウキャストの創業者でもあります。

携帯電話料金値下げは物価を押し下げたのか?

昨今のインフレに関してメディアなどでよく出てくるのは、「21年春の携帯料金値下げの効果が剥がれ落ちたため、インフレ率が上昇した」という説明です。どういうことかというと、21年春に菅首相の意を汲んで、携帯大手はオンラインプランをそれぞれ提供開始しました。ahamo、povo、LINEMOです。

 

これによって、一時的に平均的な携帯料金は下落します。20年春と21年春の比較では、物価はデフレ傾向となったわけです。ところが、22年春はどうかというと、21年春との比較ですから、携帯料金は変化ありません。

 

そのため、携帯料金が昨対比で下がった影響を受けた20年とは違い、21年春からは相対的にインフレ方向に影響が出た――というわけです。

 

一見、なるほど!と思いますよね。でも、物価の専門家である筆者は、これを短絡的だと否定します。

間接的な消費行動の変化まで勘案すれば、携帯料金の値下げが物価を下げる度合いは、会計理論の数字よりずっと小さい、または、ほぼゼロであっただろうと思われます。

 

どういうことか。携帯料金が下がれば、各家庭はその分だけ余裕が出て、それが別の消費に繋がります。携帯料金の値下げで浮いたカネでレストランに繰り出すというほどではないにせよ、携帯料金の値下げがなければ行っていた家計の切り詰めが小幅になるというのはあり得ます。

 

デフレの原因を携帯に見出す姿勢には、あるものの価格が下がればほかのモノの売れ行きが増えるとか、ほかでちょっと高いものを買うという相互作用に関する視点が抜けているわけです。

現金の魅力はどこから来るのか?

この携帯料金の例が代表的ですが、そのほかでも、特定の商品の価格が物価=CPIを動かすことはないということが、データから見て取れます。何かの価格が下がればその分ほかの商品の価格が上がったり、数量が増加するわけです。

 

では物価を動かすのは何か。それは「貨幣の魅力」だといわれます。みんなお金はほしいですよね? ぼくもほしいです。ただその理由は何か。それは貨幣が支払手段として利用できるからです。欲しい物がないときは、貯蓄手段にでき、欲しい物があったら貨幣でそれを買える。だから貨幣が欲しくなるわけです。

 

これを「決済サービス」と呼びます。そして、貨幣の供給量を2倍にすれば決済サービスの供給量も2倍になる。供給が2倍なのでサービスの魅力は半分になる。これは、貨幣の魅力の低下を意味するので物価は上昇する。つまり、貨幣の供給量を増やせばインフレになる。これは「16世紀から今日まで至るところで信じられています」。

 

ところがここでいう貨幣というのは、基本的には現金のことなのです。筆者は「キャッシュレス決済は、スマホをQRコードにかざせば支払いができてしまうし、個人から個人への送金もスマホでできてしまう。だから貨幣の出番は大幅に減ってきています」といいます。

 

確かによく考えるとそうです。例えば、給料の支払いからモノの売買、そして税金の支払いまですべてPayPayで可能な世界を考えてみましょう。ここでは1PayPay残高=1円でさえあれば、貨幣の存在は不要です。すべてのやりとりがPayPayの残高の中でやり取りされるのです。

 

キャッシュレス決済は、実は物々交換とよく似ています。

と筆者はいいます。

  1. 私が勤務先の大学から給与を受け取る
  2. 私がレストランにでかけて食事をする
  3. レストランのオーナーの子供がたまたま私の大学の学生で、大学に授業料を払う

こうした場合、1から3にかけてお金が回るだけでそこには現金は介在しません。これはPayPayのような前払式支払い手段でなくても同じです。1〜3がクレジットカードで行われた場合でも、1〜3の銀行口座の間でぐるっとお金が回るだけで、現金は介在しません。

 

政府や日銀は、貨幣の量を測るときに銀行預金も貨幣の一部としてカウントします。しかし、ここで1〜3の間残高が移動しようとしまいと残高の多寡には影響しません。

 

しかも「私の口座の残高が変わる瞬間を私自身が知ることはないので、貨幣の魅力を実感することもありません」というのです。

スマホ決済ではさらに貨幣の出番が減り、人々が貨幣の魅力を感じる場面がもっと少なくなります。決済サービスの魅力がこのように小さくなると、貨幣への需要が減り、物価が上昇するはずです。しかし、キャッシュレス化の進んでいる韓国、中国や欧米諸国でそうしたことが起こっているという話は聞きません。なぜなのでしょうか。

貨幣の魅力は徴税権

キャッシュレス決済が浸透したら、果たして物価は上昇するのか? 正解は分からないとした上で、

もう一つの可能性は、『決済サービスの魅力で物価が決まる』という理屈が間違っているということです。

と筆者は書きます。異論や批判もあるとした上で、筆者は自身の研究を紹介しています。クリストファー・シムズが提唱していた「物価水準の財政理論」(FTPL)を拡張する理論です。

 

FTPLでは貨幣の魅力は政府の徴税権にあると考えます。これが貨幣の裏付けとなっているという考え方です。これはけっこうドラスティックな理論です。なぜかといえば、物価をコントロールしているのは誰か? が変わるからです。

 

従来の理論では、日銀は金利コントロールを通じた貨幣量の調整で物価をコントロールしていました。その理論的なバックボーンは、貨幣を増やせば決済サービスの供給が増え、その分魅力が減り、物価が上がるというものです。一方で、FTPLに基づけば、物価をコントロールしているのは財務省です。減税したり支出を増やしたりすれば貨幣の裏付けに使える税収が減り、貨幣の魅力が薄れ、需要も減り、結果物価も上がります。逆に、増税したり支出を減らせば、物価が下がるというわけです。

 

その一例として、1980年代のブラジルのインフレがあります。ブラジルは金利引上げでインフレに対処しようとしました。しかし、1980年に年率100%だったインフレ率が、85年には220%とむしろ加速してしまったのです。

 

これはなぜか?

 

その後の研究で解明されたメカニズムはこうです。金融引き締めで金利は全般に上昇します。国債金利も例外ではなく、その結果、政府の利払いは増加し、これが財政を悪化させる方向に作用しました。もともとの放漫財政で財政収支はすでに悪化していたわけですが、それがさらに悪化したということです。

引き締めで貨幣の量は抑制され決済サービスの魅力を高める方向には作用しました。一方で、利上げによって政府の利子負担が増加し、財政の悪化が貨幣の魅力を低下させてしまったのです。後者の効果のほうが大きかったために、物価はさらに上昇してしまったわけです。

 

これは日本の状況にも似ています。FTPL提唱者のシムズは、日本の超緩和政策について、

物価の観点からすると、金利負担の軽減に伴う財施支出の改善は、貨幣の魅力を高め、貨幣の需要を増やす方向に作用し、それが物価への下押し圧力となる。

としています。デフレからインフレにもっていきたかったのに、金利低下のせいで財政が改善するために貨幣の魅力が向上し、物価が下がってしまうというのです。

 

ではどうすればいいのかというと、減税と支出増加です。そうやって利下げの財政へのプラス影響を中和してあげればよかったといいます。ところが、実際に政府が行ったのは、14年と19年の消費増税という正反対の政策でした。これによって、財政はさらに改善し、貨幣の魅力は向上し、物価にさらに下押し圧力が加わったとシムズは指摘しているわけです。

 

次回は、本書の中でもほほーと思った、インフレはどこが問題なのか、デフレはどこが問題なのかを書いてみようと思います。