FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

やっぱりマイナンバーには賛同できない

「2万円あげるよ♪」って言われれば、ほいほい銀行口座を登録してしまうくらいの情弱ですが、それでもマイナンバーの趣旨には全面的に賛同することはできません。それは、国家が国民の情報をより多く把握することのメリットと潜在的なデメリットを比べた場合、デメリットのほうが大きいと思うからです。

マイナンバーに反対するのは情弱なのか?

先日、ちきりんがVoicyでマイナンバーに賛成しないのは情弱だ!的な解説をしていました。趣旨をまとめると、いち早くマイナンバーを導入すべき理由は、ざっくり次の3つです。

  1. 省庁ごとに分かれたシステムを統一できコストを削減できる
  2. 国民の資産を把握することで、真の弱者が確認でき、必要な人に社会保障が与えられる
  3. 脱税や銀行口座売買などの違法行為を防ぐことができる

これらのメリットを享受するためには、多少の課題には目をつぶるべきだというのが彼女の考え方。曰く、クルマが存在することで毎年多くの人が亡くなっているが、クルマを禁止しようという人はいない。デメリットをメリットが上回っているからだ、と。

 

でも果たしてそうでしょうか。

そもそも国家が徹底的に管理する必要があるのか

この論の背景には、一つの合意できない前提があります。それは、世の中のさまざまな問題を国家が責任を持って対応しなくてはいけないのか? という点です。

 

最終的なセーフティネットとしての社会保障は最低限国家が提供しなくてはいけないものです。それは多くのリバタリアンの間でも、合意されるでしょう。でも、それは本当の最後の最後。日本でいえば、生活保護の段階のことを指します。そして生活保護においては、収入だけでなく資産状態についても審査があります。必ずしもマイナンバーで捕捉する必要はなく、これまでも必要があれば資産状況のチェックはやってきたわけです。

 

なぜそうなっているかといえば、そもそも国民の資産状況なんて国家が把握する必要はなく、把握しなくても社会保障は提供できているからです。それをより効率的にしたい、つまりコストを削減したいとか、提供漏れや提供不要な人への提供をしないで済む、つまり公平にしたいという狙いは分かります。

 

論点は、コスト削減や公平性と、国民のプライバシーのどちらが優先されるかという点です。

国民のプライバシーなんて重要ではない、のか?

こう聞くと、国民のプライバシーなんて大した問題ではなく、犯罪者でもなければ国家に提供して困る人はいないなんて言う人もいるでしょう。

 

こういう方向の最先端を走っているのが中国です。中国では国民全員の顔データが国家に管理されており、監視カメラを通じて、全国民がいつどこにいたのかを簡単に把握できるようになっています。

 

これは確かに犯罪抑止には効果があるでしょう。日本でも自動車においては似た仕組みのNシステムが存在しています。誰がどこにいて何をしていたのかが、簡単に把握できる仕組みになれば、犯罪者には大打撃です。

 

これは素晴らしい! 合理的に考える人ならこれに反対する理由はない。そんなふうに思う人もいるかもしれません。でも、そんな人には政府は常に正義で公平で、100%国民のためにしか権力を使わないのか? という問いかけをしたいと思います。

 

同様の懸念を持つのが、ユヴァル・ノア・ハラリ。国家権力のもとに全情報を集めるのではなく、必要に応じて国民が自主的に情報を提供したり、協力したりする世界が、民主主義の世界です。国家が強制的に国民の行動を管理する社会は、全体主義というのです。

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いわゆる独裁国家ならともかく、日本のような民主国家でそれを危惧するのは考えすぎだ、という意見もあるでしょう。独裁者の暴走は危険なことですが、実は同じように民主国家でも暴走があるのです。衆愚の暴走です。

 

本来の民主主義は、数の多いほうの意見が通るというような数の暴力を是とするものではなく、対話を通じて少数意見も汲み取ることを大事にするものです。ところが、ともすると政府も議員もメディアも国民も、多数の意見に流されて、それが絶対正義であるかのように少数派を抑圧します。これは、空気で動くことの多い日本でこそ、実は多いことでしょう。自らが多数派だと思った人間は、正義を得たという自信のもとに簡単に弱者を痛めつけるのです。

 

こうした衆愚の暴走のときに、国家が管理する情報は使われます。国民の大多数が賛成する正義の名もとに、少数派の財産や行動は暴かれ、社会的なリンチに合うわけです。

「国家になんとかしてもらおう」という発想の貧困

日本に社会的な課題がいろいろとあるのは事実です。これを、「国になんとかしてもらおー」と無批判的に考えると、冒頭のように、国家に情報を集約することで効率化しようという考え方になってしまいます。

 

でも、国なんて何をやらせても効率的になんてできっこないんだから、本当に国にしかできないことだけをやってもらい、ほとんどのことは民間に任せたほうがよっぽど効率的に満足度高くできる。そう考えています。

 

マイナンバーカードについても、「住民票が取りやすくなる」とか「転居の手続きが簡単になる」とか「納税手続きがオンラインで完結する」とかメリットが喧伝されています。一つひとつはたしかにそうです。でも逆にいえば、ほとんどの国民にとって、マイナンバーカードを取得する意義が見当たらないというのが実際のところです。

 

つまり、マイナンバーカードを取得することでメリットが得られるのは国であって国民ではありません。しかし、国にとってどんなメリットがあるのかは、曖昧にしか書かれていません。マイナンバーは、いったん導入してしまえば国民管理の道具として非常に強力なツールです。その全貌を早くから明らかにする必要なんてなく、2万円のマイナポイントで釣って登録させ、とにかく普及させる。これが国の狙いです。

 

いったん普及してしまえば、いくらでもいろいろな用途に活用できるからです。国家になんとかしてもらう。そのためにはマイナンバーを使って国家が仕事をやりやすくしよう――。これは盲目的に国家を信頼した国家に隷属する人間の考え方だと思います。

 

国家がやるべきことと、やらなくていいことがある。国家は我々の保護者ではなく、民間だけでは解決できないことに対処するために、国民の合意によって作られた組織です。そのことを忘れないようにしたいと思います。

 

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