FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

インフレの何が問題なのか『物価とは何か』

前回、「物価」というわかりやすそうでわかりにくいものについて、素朴な勘違いを『物価とは何か』から抜き出して説明してみました。「携帯電話料金値下げは本当に物価を押し下げたのか?」インフレとは現金の魅力低減だが、そもそも現金の魅力はどこから来るのか?」といった点です。

 

今回は、予告どおりインフレの何が問題なのか、またデフレのどこが問題なのかについて、本書から。

インフレになると何が起きるのか

インフレとは物価が上がることで、それはつまり現金の価値が下がることでもあります。ではインフレになると、何が起きるのでしょうか。モノの値段が上がるのは当たり前のことなので、そのほかへの影響を考えてみましょう。

 

著者は、スーダンからの留学生と交わした会話について触れています。当時、スーダンでは年率165%(ハイパーインフレは月次50%以上が定義)ものインフレが起きていました。どんな状況だったのでしょうか。

彼との会話の中で意外だったのは、異常に高いインフレ率の下でも、人々の生活は壊滅的に崩壊することはなく、食うや食わずの状況になったかといえば必ずしもそうではなかったということです。

インフレ下のスーダンで、商品を売ろうとする人々が何を考えたかといえば、仕入れ値の上昇を売値に転嫁することです。

かくして、店の経営者は、仕入れ値、同業他社の値段、賃金を睨みながら、それらと同率で販売価格を引き上げるということを行います。

どの店舗もどのメーカーも同じ行動をとるので、どの商品の値段も、賃金も、ほぼ同じ率で上昇することになります。

これによって、スーダンの日常はかろうじて維持されていたそうです。ポイントは、「すべての価格(労働の対価である賃金も含めて)がほぼ一律に上昇するのであれば、上昇率が非常に高くても、致命的なダメージにはならない」ことです。

 

確かに、すべての値段が同時に同じだけ上がっていくのであれば、生活はそれほど破綻しないのは理屈でもわかります。ただし、いったんこの状態になるとインフレを抑えるのも難しくなります。だって毎月10%の値上げ、賃上げを全員が期待して実行しているわけです。自分のところだけこれをやめるわけにはいかず、全員が同時に同じだけ値上げを減らす必要があるのですから。

 

また、日本人は毎月毎年すべての価格が上がっていくことに対して、肌感覚を持っていません。逆に、2%程度のインフレが普通の米国のような国にとっては、売上が毎年2%上がっていくのも当たり前で、給料が2%ずつ上がっていくのも当たり前なのでしょう。当然、株価だって2%上がっていくのが当たり前なのです。でもこれは、日本に暮らしていると、なかなか実感がわきません。

フィッシャー効果

高インフレ下でも、生活はそれほど破綻しないという話がありました。ただしそれは給与生活者の話で、金利生活者の場合はちょっと話が変わります。

 

インフレ下で借金はどうなるでしょうか。100万円借りて1年後に100万円を返すときに、物価が20%上昇したら返済時の価値もその分減ります。100万円であるクルマが買えたとして、1年後、クルマの値段は120万円になり、お金の貸し手は返ってきた100万円では同じクルマが買えなくなります。借り手はラッキー、そして貸し手は怒り心頭です。

 

つまり、インフレ下ではインフレ率を織り込んだ金利になります。インフレ率が20%なら金利も20%上乗せです。そうすると、貸した100万円はインフレ対応分の金利+20%を乗せて120万円+実質金利が返ってきます。これなら貸し手は損をしません。

 

このように、名目金利は予想インフレ率と実質金利を足したものに分かれます。このことをフィッシャー効果といいます。

 

だから、デフレ下では予想インフレ率がマイナスなので、名目金利が0%でも実質金利はプラスと考えられます。日本の金利状況がそうですね。また予想インフレ率が急上昇している米国などの場合、名目金利が5%とか6%とか高くても、実質金利は高くない。直近のCPI9.1%のように、予想インフレ率も9%とかなら、6%の名目金利は実質マイナス4%の金利だということです。

 

ここで大事になるのは、直近のインフレ率ではなく、将来のインフレ率予想だということです。逆にいえば、金利を見れば、市場が将来のインフレ率がいくらになると考えているのかがわかることにもなります。

 

最も大きな借金の市場といえば、国がする借金、つまり国債で、だから10年もの国債の金利は、将来のインフレ率を予想するという意味でも重要なわけです。下記はトウシルからの、米10年債の名目(Nominal)利回りと期待インフレ率(ブレークイーブンインフレ率)から、実質金利を計算したものです。

 

コロナ後、米国の実質金利はマイナスが続きましたが(だからこそ、グロース株の株価がガンガン上昇したのです)、直近、実質金利がプラスになりました。期待インフレ率はそこまで上昇していませんが、国債利回りは上昇したということです*1

別の点から見ると、固定金利で借金をしている人にとって、インフレが進むとどんどん借金が目減りします。徳政令のごとく、借金が消えていくのです。これは国の借金も同じです。国債は基本的に固定金利ですから、インフレが進めば実質的な借金の額は減っていくわけです。

フィリップス曲線

もう一つ、インフレとともに起こる興味深いことが失業率の変化です。1958年、ウィリアム・フィリップスは、失業率と賃金の上昇率をプロットしたグラフにおいて、負の相関があることを発見しました。これがフィリップス曲線です。

これは、賃金の上昇=インフレ下では失業率が下がり、賃金が下落=ディスインフレ下では失業率が上がるという関係を表しています。

 

失業率は低いほうがいいに決まっていますが、失業率を下げようとするとインフレが高くなってしまい、それはそれで問題がある。そんな状況が、基本的にはあるわけです。

 

ところが実際のフィリップス曲線は迷走している場合があります。常に負の相関ではなく正の相関になったりして、スパゲッティ曲線と揶揄されました。これをもって、フィリップス曲線は使えない……という説も出ましたが、現在主流なのは、インフレ予想の変化がフィリップス曲線をシフトさせるという説です。これは「自然失業率仮説」と呼ばれ、物価理論の中核をなすものになっているといいます。

 

もともとインフレ率と失業率が負の相関関係にあるという話なのに、なぜそこに「インフレ予想」が入ってくるのか。そしてインフレ予想が入ると、どうしてフィリップス曲線がそのままでは成り立たず、「シフト」することになるのか。

 

その謎は、価格はミクロ経済学では需給に応じて伸縮的なのに対して、マクロ経済学では硬直的と考えている点にあります。ミクロ経済学では、需要が変化すると価格も変化して均衡点に落ち着くという理論があります。いわゆる需要曲線と供給曲線の交わる均衡点が市場価格になるというものです。

 

でも、世間では価格はそんなに簡単に変わりません。さらに値下げはともかく値上げには非常に大きな壁もあります。実際には価格は硬直的な局面もあります。一方で、マクロ経済学では価格は硬直的だと考えます。これはこれで極端な話ですね。

 

この「価格はなぜ硬直的なのか」の謎自体もたいへん面白く、結論としては現在の経済学ではまだ解明されていないということなのですが、それに迫るためのいくつかの仮説もあり、本書でもそれら仮説の説明と、そのどこに問題があるのかを解説しています。経済学の論点がどこにあるのかの見取り図であるとともに、「なぜ価格はそんなに簡単には変わらないのか」といった、一見単純なことでも、まだ解明されていなかったのかという驚きもあります。

 

この、推理小説のような犯人探しの醍醐味は、ぜひ本書を読んで味わってみてください。

 

長くなったので、デフレの何が問題なのかは次回にて。

 

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*1:これを別の視点で見ると、コロナ後、債券を買っても利回りがインフレ率を下回っていて損する投資でしたが、このところは利回りが実質プラスになったということです。