金融庁が仕組債をバリバリにディスっていることが話題です。金融庁は販売手法は指導しても、商品自体に踏み込むのはまれ。しかし、EB債を見ると、なるほど人は頻度の低い重大リスクを正しく評価できないものだと、改めて思うのです。
社債なのに高利回り
まず8月末に、金融庁は銀行証券各社の仕組債の販売実績の点検に入りました。これを受けて、千葉銀や横浜銀などが仕組債の販売停止に乗り出しています。
ぶっちゃけ、仕組債を買って大損失を被った投資家がたくさんいて、その苦情によって対策に乗り出さざるを得なかったというのが実際のところ。ではなぜ損失を被ったかというと、米国株特にハイテクグロース株の大幅下落で、元本90%毀損なんてことが起きたからです。
あれ、仕組債って社債だよね? 倒産もしていないのに元本が10分の1になるってどういうこと? と思うかもしれません。このいかにも安全そうに見えて、実は重大リスクがあり、さらに手数料がバカ高くて、そしてリスクも適正価格も計算が難しいという点が、仕組債が金融機関にとって美味しい商品になっている理由なのです。
例えば、仕組債の中でも代表格のEB債を例にみましょう。これは期限前償還条項(コーラブルオプション付き)付きで、しかも複数株式参照型となっており、EB債の中でもかなり複雑なものです。
ただし、下記のように表現することで、いかにも魅力的に見せています。
- 安心感を誘う「円建て社債」表記
- セブン&アイHD、日立製作所、ZHD、ルネサスエレクトロニクスという有名大企業
- そして利回りが7%、12.5%
香港上海銀行発行 2022年4月20日満期 期限前償還条項 ノックイン条項付 複数株式参照型 他社株転換条項付 円建社債(セブン&アイHD/日立製作所)|エイチ・エス証券
EB債とは?
このよくできたEB債とはどんな仕組みなのでしょうか。すごく簡単にいえば、プットオプションの売りと社債の組み合わせです。プットオプションは特定の価格でその資産を「売る」権利なので、そのオプションを売るということは、特定の価格でその資産を「買う」義務が生じることになります。
例えば、日立製作所の社債でありながら、セブン&アイの株価が現在の半値になったら(ノックインすれば)、社債がセブン&アイの株式に転換されるという感じです。100万円で日立製作所の社債を持っているが、セブン&アイの株価が現在の半値になったら社債が50万円分のセブン&アイの株式に転換されるというイメージです。
つまり株価がそのままなら高利回りだけど、株価が下がると下がった株式に転換され大損失となる仕組みです。
さらに今度は株価が上昇した場合、早期償還され現金で戻ってきてしまうというコーラブルオプションがついているものもあります。
一見複雑に見えますが、これがプットプションの売りだと思えば、実はシンプルです。利回り扱いになっているのは、プットオプションを売ったときのプレミアムが元になります。プットオプションは行使価格に達した場合、その株式を買わなくてはいけませんが、そのとき社債を処分して代わりに株式を行使価格で購入するイメージです。
通常の社債に比べて、オプションプレミアムが乗るので、当然利回りは上昇します。
このEB債、問題になっているのは、下記のような問題があるからです。
- オプション周りが複雑で適正価格を計算しにくいので、手数料を盛り込みやすい
- 1年など比較的短期なものが多く、さらに早期償還オプションがついていると、次々と商品を乗り換えさせやすく、回転売買につながりやすい
- 流動性がなく、満期まで処分できない
- 社債価格+オプション価格なので、実は日々ポジションの時価評価は変動しているが、敢えて販売側は顧客にそれを伝えておらず、社債のように安定しているイメージをもたせてしまっている
もちろん、特性を理解している人にとっては活用しがいがある商品です。富裕層の中には、独自にこうした商品を組成してもらう人もいるそうです。いわゆる現金確保プット売り(CSP)の現金で社債を買い、行使された場合は代わりに社債を手放すという契約になります。
手数料が適正で、リスク/リターンを理解しているなら、一つの面白い商品です。ただし、複雑さを隠して売れば、ヤバい商品にもなるということです。
低頻度の重大リスク
具体的に何がヤバいかというと、それはオプション売りのリスクそのものです。オプション売りは、利益上限固定で、損失無限大という特性を持ちます。別の言い方をすれば、アップサイドの利益を諦めて、ダウンサイドリスクは取る代わりに、リターンがある程度全体的に底上げされます。
EB債でいえば、利回りは表示されているもので固定でアップサイドはありません。ただしダウンサイドリスクはあります。とはいえ、社債を組み合わせているので、最大損失でもその社債全部と、いちおうリスクヘッジはされています。オプションの中でみれば、最大損失は限定されているので低リスクなのですが、これが社債だと見ると、元本がほとんど吹き飛ぶリスクがあることになります。
面白いことに、オプション売りはほとんどの場合利益が出ます。どのくらいの行使価格にするかにもよりますが、99%くらい利益が出る設定だって可能です。ただし、その1%が出てしまったときの損失が大きい。全体の確率でいえば、プラスマイナスゼロから手数料分だけマイナスというイメージです。
だからEB債も、ほとんどの場合は約束どおりのリターンが出ます。下記の金融庁のグラフを見れば分かるとおり、10%前後の利益が出ており、しかもそのほとんど(9割以上)で想定通りの結果になっています。
ただ、想定通りにいかなかった場合の損失が破滅的に大きい。それでも平均すると3.2%程度の利益なのですが、ごくごく一部の人が大損失を負う宿命にあるのです。オプションなので。
頻度の低い重大リスク
これを見たときに感じたのは、本当に人は頻度が低いけど重大な結果につながるリスクを評価できないな、ということです。例えば、あまり深く考えず、貸株として証券会社に株券を預けてしまいます。
これは本当にめったに起きない事象ですが、もし発生したら株券全額が戻ってこないリスクがあるのです。銀行預金もそうです。一応、ペイオフ制度があるので1行あたり1000万円までは保険で保障されます。でもこれを意識して、1000万円以内に抑えようともあまり思わないものです。
さらにいうなら、先進国の国債は「無リスク資産」ということになっていますが、ものすごく低頻度だがデフォルトリスクを負っていると考えることもできるでしょう。まさに先のEB債のグラフのように、99.999%くらい起きないけど、起きると壊滅的だというわけです。
もっというなら、地球に隕石が落ちてきて経済が崩壊するリスクだって、ほんの僅かながらあるでしょう。壊滅的な損失をもたらす超低リスクの出来事は意外と多いのです。
こういう話をすると、「そんな滅多におきないし、起きたら人類滅亡みたいなリスクを考えてもしょうがない」という意見があります。確かに人類滅亡クラスのリスクは考えてもしかたなさそうです。ただ、株式市場崩壊リスクとか、国債崩壊リスクとかは考える必要も無いのでしょうか?
実は、そうした本当にめったに起きないが壊滅的なリスクの評価手法として、オプションが使えます。先のオプション売りは、勝率が非常に高いが、負けたときの損失がほぼ青天井レベルとなるものでした。逆に、オプション買いは、勝率は非常に低いものの、買ったときのリターンはものすごい形になります。
つまり、そうした頻度は低いが重大なリスクについてオプションとして価格を計算すれば、そのリスクのコストが算出できるのです。これはヘッジコストだと見ることもできるし、内在するコストだと考えることもできます。
このことは、インデックス投資家の間では有名です。「長期投資はリスクを減らす」と訳知り顔で言う人もいますが、正確には期待リターンの平均値の変動が小さくなっていくことを指します。また、元本割れの確率も減りますし、無リスク資産のリターンを下回る確率も減ります。
ただし、当然ながら株式収益がランダムウォークするという仮定に基づいて計算すれば、資産額の取り得る振れ幅は増大します。1年のインデックス投資で資産の9割を失う可能性はほぼ皆無ですが、30年のインデックス投資では資産の9割を失う可能性が増大するのです。
では、このめったに起きないが起きると致命的な「株式投資のリターンが無リスク資産投資のリターンを下回る」ことを回避するための保険を、オプションで設定すると、そのコストはどうなるでしょうか? ボストン大学のボディ(bodie)によるブラック・ショールズ式による計算が次の表です(表の出典は超・株式投資 )。
このように、投資期間が長くなるほど株式投資の「めったに起きないが起こるとイタい」状況を回避するコストが高くなることが分かります。なお、保険のコストは30年で41.63%に達していますが、幾何平均6%で30年運用すれば運用益は474%に達しており、これだけのコストを払ったとしても十分にプラスです。
逆にいえば、このコストを払わずに長期投資をしている人は、「めったに起きないが起こると致命的」なリスクを、甘んじて(または知らずに)受け入れて、保険コスト分を節約しているわけです。これはEB債の購入者が、このリスクを取ることで得ている利益と同じものです。
オプションのことを多少は知っていないと、これが意味することはピンと来ないかもしれません。でも、「頻度は低いが起きると重大なリスク」というのは、実はけっこうな金銭的価値があり、そのリスクを取るのがEB債だし、そのリスクを知らずに取っているのが長期投資だというのは、意外と面白いと思うのです。