「金融教育を受けた人のほうが、受けない人よりも金融トラブルに遭いやすい」。一見そんなふうに見える調査結果が話題です。はて、なんでこうなるのでしょうか。そこには典型的な疑似相関が存在しています。
金融教育の有無と投資トラブル
下記は金融広報中央委員会(なかば公的組織)が行った金融リテラシー調査(2022年)の要約資料からの抜粋です。ここからは、いくつかのことが読み取れます。
まず、金融リテラシーが高い人ほど金融トラブル経験が少なくなっています。まぁこれはそうだよね、と分かります。問題は、どのリテラシーレベルで比べても、金融教育を受けていない人より、金融教育を受けている人のほうがトラブル経験が多いことです。特に、低リテラシーではその比率が3倍にもなります。
なぜこんなことが起きるのでしょうか?
金融教育を受けると投資トラブルに遭う?
この結果を素直に見たら、「金融教育を受けると投資トラブルに遭いやすくなる」と思ってしまうかもしれません。
実際、同調査でも、「客観的評価」と「自己評価」のギャップという形で、特に金融教育を受けた18歳〜59歳の間では、ギャップが大きくなるという結果が出ています。金融教育を受けると知ったかぶりしてしまい「オレは投資に詳しいんだ!」と思うわけです。
そのため、「金融教育を受けると、客観評価以上に自己評価が上がってしまうため、それがトラブルを引き起こす……」とも言えるかもしれません。
でも、それは考えすぎ、遠回りしすぎだとも思うのです。では何が原因か?
疑似相関
「血圧が高い人ほど年収が高い」という話を聞いたことがありませんか? いくつかのデータを見ると、血圧が上がるほど年収も高くなっています。なるほど、なら年収を高くするには血圧を上げるのが近道だ!とか思う人もいるかもしれません。
実はこれ、典型的な「疑似相関」なのです。実は血圧と年収とは別に、隠れた要員があって、それが血圧と年収の見せかけの相関を呼び起こしています。その要因とは、そう、年齢です。こういう要因を交絡因子(confounding factor)といいます。
投資意欲のある人ほどトラブルに遭いやすい
では改めて金融教育と投資トラブルについて考えてみます。この場合の交絡因子は何でしょうか? こんな構造を考えてみましょう。世の中には投資意欲が高い人と低い人がいますが、投資意欲が高い人は金融教育を受けますし、受けたと認識しています。また投資に接することも多いので、投資トラブルの数も増えます。そのため、金融教育を受けたという人ほど、投資トラブルも経験するというわけです。
逆にいえば、投資意欲がない人は金融教育にも興味がありませんし、投資にも手を出さないので投資トラブルもあまりありません。
こう考えると、先の調査結果のおかしいところもクリアになります。金融教育を受けた人のほうがトラブルに巻き込まれるのではなく、原因と結果が違うのです。
どうすれば正しい調査ができるのか
ではどうすれば、このような交絡因子を取り除いて、明確な相関だけを取り出せるのでしょうか。答えの一つはランダム化試験(RCT:randomized controlled trial)です。例えば、金融教育について自主申告させたり、自主的に受講させると「投資意欲」という交絡因子が紛れ込んでしまいます。そうではなく、集まった人をランダムに「金融教育を受ける/受けない」に割り振ります。その上で、その後金融教育を受けた人と受けなかった人が、どのくらいの投資トラブルにあったかをチェックするわけです。
これは統計学では初歩的な方法で、医薬品のテストなどでは、さらに
- 本物の薬を飲んだのか、偽薬なのかを本人に知らせない
- 本物の薬を飲んだのか、偽薬なのかをテストする医者にも知らせない
と二重で秘密にすることで、バイアスを防ぐ方法が主流です。これを二重盲検法(Double blind trial)といいます。
もっとも、こうしたランダム化試験には大きな問題があります。人生に大きな影響を与えるような問題については、倫理的に行えないという点です。例えば、現在ではタバコは肺がんの原因になるというのが常識でしたが、議論が巻き起こった当時は、タバコががんの原因ではなく、別の交絡因子があるのではないか? と大真面目で統計学者が議論していました。がんになる性質のようなものがあって、それがタバコを好ませるという理屈です。
ところがこの仮想の交絡因子を取り除こうにも、ランダムに分けた人たちの片方にはタバコを吸わせ、他方には禁煙させて、その後の肺がんになる確率をチェックする……なんてことは、倫理的にできっこありません。そんなわけで、ランダム化試験は適用できる問題が限られるのです。
もちろん医療において一般的な二重盲検法でも倫理的な問題はあります。あまり語られないこの悲劇ですが、グレッグ・イーガンの短編集『幸せの理由』に収録された「血を分けた姉妹」が印象的でした。
さてさて、閑話休題。というわけで、こうした調査は結果を鵜呑みにするとミスリードされることになります。大概の調査結果は、常識と変わらない結果が出るもので、逆に常識と異なる結果が出ていたら、どのくらい巧みに設計された調査なのか、交絡因子はないのか、話題になるように敢えて誇張しようとするインセンティブは働いていないのか、チェックする必要があると思います。