エスカレータの片側に並んで、急いでいる人が歩いて登る道を確保する「片側空け」。以前から危険だと指摘されてきましたが、なかなかなくなりません。エスカレータメーカーからは、危険なだけでなく効率も悪いということが指摘されてきました。
では、この問題、どうしたら解決できるのでしょうか?
政治家の発想
以前からこの問題をぼんやり考えていたのですが、昨日衆議院議員の細野豪志氏のVoicyを聞いて、なるほどと思いました。細野氏は、腰痛などを契機にこの問題を意識し始め、片側空けをなくすために、混んでいなければ敢えて右側に乗ったりしているそうです。
そして彼が提示した解決のための方策は次のようなものでした。
- 両側に乗りましょう/歩かないでください と声がけする警備員を配置する
- 一人ではできないので、みんなが右側にも立つようにする
- 少しずつ意識を変えていく
これらは正論ではあります。そもそも片側空けが始まったのも、「急いでいる人のために片側を空けましょう」というキャンペーンが行われ、アナウンスされたことがきっかけでした。それまでは両方に詰めて人が乗っていたのです。逆のアナウンスをすれば、元に戻るだろうというのは、確かに一理あります。
その人々の意識を変えるために、「警備員を配置しよう、でもそれには大変コストがかかる……」と細野氏は言っていて、なるほど、これが政治家の発想なんだなと思ったのです。
ぼくはどう考えたか
この問題に対して、アナウンスなどの広報宣伝については僕も考えましたが、警備員を配置して声がけしようということはいわれるまで思いつきもしませんでした。コスト的にも効果的にもありえないと思っていたからです。
でも、振り返ると、成田空港で出国までの道を歩いていると、大量の職員がプラカードを持って、「◯◯はxxですー」と声がけをしています。そして紙のチラシを配っています。こんな無駄なコストをかけて、何を考えているんだ? とその時は思ったのですが、今回の細野氏の話を聞いて思ったのは、なるほど、こういうのが普通の人(政治家?)の発想なんだということです。
ではぼくはどう考えたか。最初に考えたのは、どうしたら片側空けをしなくなる仕組みにできるか? です。人々の意識を変えなくても、片側空けしにくくなるような構造や設計に変えれば、動きは変わるはずです。デザイン論でいうアフォーダンスです。
例えば、現実性はともかくとして次のようなことが考えられます。
- エスカレータの段差を高くして登れないようにする
- 1段ごとに膝高のバーを設置して、歩けないようにする
- 幅を狭いエスカレータを2本設置する
- 登るなどして荷重が変化すると、ピー!というような警告音を出す
倫理面や公平性、効率性などに訴えて意識を変革するのはけっこう大変です。こうした行動は習慣であって、意図的にやっているわけではないからです。でも、だからちょっと前提条件や仕組み、見せ方を変えてあげて、ナッジして上げることで行動を変えられるのではないか、と思うわけです。
エスコートライトの効果
同様の取り組みの成功例としては、高速道路のエスコートライトがあります。これは、緩やかな登り坂で自動車が減速してしまうことが理由で発生する渋滞を防ぐために、走行速度よりも少し速く流れる光を表示するライトです。
首都高 道具展示会>2017.09 エスコートライト|首都高NEWS
エスコートライトが登場する前は、「速度注意」「速度落とすな!」「登り坂」といった看板が表示され、ドライバーにアクセルを踏むよう促していました。でも、文字を読んで意味を理解して行動に移すというのは、けっこうハードルが高いものです。周りが自分より速く前に行っているように思う……というある意味錯覚を与えたほうが、うまくいくわけです。
注意書きだらけのWebサイト
同様のことが、Webサイトにもいえます。役所やJTCのWebサイトの特徴は、あちらこちらが注意書きだらけだということです。下記のゆうちょダイレクトのログイン画面を見てみましょう。
フィッシングメールの注意喚起文が長々と書かれていますが、果たして誰がこれを読むのでしょうか。お客様番号の入力画面には、長々と注意書きがありますが、これは必要なことなのでしょうか。入力フォームに0000-0000-00000の薄字を書いておき、全角入力ができないようにフォームを制御するか、全角を半角に自動的に変換するほうがよいのではないでしょうか。全角で入力されたら、そのときに初めてエラーを出す方がいいかもしれません。とにかく、全部文字で書こうという発想が、このページからは見て取れます
一度表示して告知すればいい内容でも、毎回出すというのも、ユーザビリティを考えていない証拠です。同じものを何度も出されたら、人は内容を読まずに「OK」を押してしまうものです。そんなこともかんがえられていません。
仕組みで人をうまく誘導できないか
金融系では、行動経済学における「デフォルト」効果が有名です。これはナッジの一つで、人は最初に設定されたものを変更したがらないという傾向を活用しています。
401k(企業向けDC)を社員に提供するときに、デフォルト(初期状態)の資金投入先を銀行預金にするか株式インデックスにするかで、資金の運用方法が大きく変わるという話です。もちろん、ほとんどの人はデフォルトから設定を変えないので、初期設定をどうするかで実質的に人の行動をコントロールできます。
401kとかの例では、良かれと思った方向に誘導するための話なのでいいのですが、悪用だってできます。例えば、メルマガなどで行うオプトイン(希望して登録)、オプトアウト(希望して拒否)は、現在は法律でオプトアウトが禁止されています。オプトイン/オプトアウトは要するにデフォルトがどちらかという話ですが、当然企業はオプトアウト方式でメールを送り付けて、実質迷惑メール化してしまったからです。
そんなわけで、人々の意識を変えるのは難しいけど、行動を変える方法は意外と多い。そして、言葉で説明すれば人は理解してくれると思うのは、正論ではあるものの、実際は言葉以外で動くことのほうが多いよな、と思った次第です。