FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

「途中のリスク」と「最後のリスク」を分けて考える 書評『資産形成の本音の話』

『投資信託業界歴30年の父親が娘とその夫に伝える資産形成の本音の話 』を読みました。この本、書店で見かけてちょっと気になっていたのですが、その後著者の今福さんから献本いただき、さらに今福さんにお会いする機会もいただいて、金融業界の中の人が書いたのに、ポジショントークが大変少ない、まさに”本音の話”だと思った次第です。

株価が上がるのもリスクなの?

本書の中で最も膝を打ったのは、「途中のリスク」と「最後のリスク」のくだりでした。投資のリスクには「途中のリスク」と「最後のリスク」があって、個人投資家が来にしなくてはいけないのは「最後のリスク」だけだという話です。

 

これだけでは何のことか分からないと思うので、ちょっと前提部分を解説しましょう。

 

ちょっと金融理論を勉強すると、「リスクに気をつけよう」って言葉が必ず出てきますよね。普通の言葉では、リスクというのは「想定外のことが起きて事態が悪化する可能性」のことを指すと思うのですが、金融におけるリスクは違います。

 

株価は日々上がったり下がったりしますが、この価格変動の大きさをリスクと呼ぶのです。いわゆるボラティリティ、ボラ。ボラが大きければリスクが高く、小さければリスクが低い。数式で表すときにはσ(シグマ)を慣例的に使うので、σなんて読んだりもします。

 

ただボラティリティ=リスクといった場合、下がることはもちろんですが上がることもリスクなんですね。金融業界では。

 

でもこれってなんかしっくりこないじゃないですか。大きく下がったり元本を割ったりするのは確かにリスクですが、株価が大きく上昇するのもリスクだと言われても、「それは単なるボラティリティであって、普通の人がイメージするリスクとは違うよね」とか思うわけです。得意げに「金融では株価が上がることもリスクなんですよ」とか言うのを聞くと、専門用語でケムに巻きたいのかな? なんて思ったりします。

ランダムウォーク+ドリフト

そもそも何でボラティリティ=リスクと呼ぶのかというと、ぼくが理解している限りでは、金融理論では株価の変動をランダムウォーク+ドリフトという形で表現するからです。

 

ランダムウォーク理論は、株価の動きが予測不可能であり、過去の値動きが将来の予測に役立たないという考え方です。この理論によれば、株価の変動は完全にランダムであり、上昇する確率と下落する確率は等しいとされています。


でも、実際の金融市場では、長期的なトレンドや経済成長などの要因により、株価が一定の方向性を持つことがあります。この傾向を表現するために、ランダムウォークモデルに「ドリフト」という要素を加えることがあります。


ドリフトは、株価の長期的な上昇または下降傾向を表します。これにより、完全にランダムな動きだけでなく、市場全体の成長や特定の経済要因による影響を考慮したモデルが作れるわけです。

 

数式にするとこんな感じ。なにやら難しそうですが、μがドリフト率、つまり平均リターン、σはボラティリティ、dWtは標準ブラン運動(ウィーナー過程)つまりランダム運動を示します。ボラティリティに比例してランダムに動くけど、そこに一定方向のプラスマイナスが付け加わるよ、という式です。

グラフにするとこんな感じ。点線が平均リターン=ドリフト率で、株価全体はこのトレンドで増加していきますが、そこにランダムウォークが加わるので上下にブレるって話しです。数式に基づいてプロットしたものなのですが、なんか株価チャートに見えませんか?

この式からは、ランダムウォークするなら上がる確率も下がる確率も同じで、つまり値動きの変動が大きいほど、大きく下がる可能性が高いということになります。2倍になる確率が高い銘柄は、半分になる確率も同じだけあって、上がる可能性だけ高いってことはないという話です。だから大きく上がる銘柄も「リスクが高い」と言うわけです。

なぜリスクを抑える必要があるのか?

では投資理論でリスクの話が出てきた時に、次に語られるのは「リスクの取り過ぎに注意しよう」とか「リスクをコントロールしよう」とか「リスクを抑えよう」という話です。

 

ここでいうリスクが、普通の言葉としての「損する可能性」のことなら確かに抑えたいですよね。でもそれがボラティリティなら、なんで抑える必要があるのでしょう? だって下がる可能性と上がる可能性はモデルの定義上同じであって、リスクを抑えたら上昇確率も下がってしまうのです。

 

さらに問題なのが、μ=想定リターンです。一般的にボラティリティ=リスクが大きいほど、想定リターンも大きくなる傾向にあるのです。債券はボラが小さいですが代わりにμも小さく、株式はボラが大きいですが代わりにμも大きくなります。ボラが大きいほど投資家は大きなリターンを期待するため、「リスクプレミアム」が乗るからだとよく説明されます。

 

つまりリスクを取ると、理論上リターンは大きくなり資産が増える可能性は増えるんですね。そしてリスクを減らすと期待できるリターンは減ります*1

 

にもかかわらず、どうして金融の専門家は「リスクを抑えよう」というのでしょう? リスクが高いからといって、株価がゼロになるわけではありません。個別株であれば倒産可能性が高い会社のほうがボラティリティも高くなることがあるでしょうが、インデックスなどで個別株リスクを消滅させた場合、純粋にボラティリティとしてのリスクだけが残るはずです。

 

どんなに価格が大きく変動しようとも、そのボラティリティを受け入れることで、リスクプレミアムという名の想定リターンをアップできるなら、そのほうが有利ではないのでしょうか?

「途中のリスク」と「最後のリスク」

と、前置きが長くなりましたが、これに対する納得感のある答えを金融業界の方から聞けたことがありませんでした。ここにズバリ、明快な答えを書いてくれたのが本書の今福さんです。

 

必要な時に必要なだけ増えていない可能性である「最後のリスク」と、その最後に至るまでの過程での上下の「途中のリスク」に分けるって話をした。

そして「途中のリスク」、つまり上がったり下がったりっていう、さっき言ったボラティリティは、「真のリスク」ではないのだから無視すれば良いと言った。

本書では、運用中の変動を「途中のリスク」と呼び、運用したお金を取り崩して使うときに増減していることを「最後のリスク」と呼んで区別するように言っています。

第八話 資産運用のリスクを2つに分ける―「途中のリスク」と「最後のリスク」|日興アセットマネジメント

はっきり言って、個人投資家が気にしなくてはいけないのは「最後のリスク」だけ。取り崩すそのときに、大きく資産が下振れしていることはとっても怖いことですが、運用途中で下振れしていたり、元本割れしていたって、それは気にすることではないのです。

 

ぼくの想像ですが、金融機関の人は毎年、毎月が最後のリスクです。というのも、月次とか年次で運用成績を評価されるからです。その場合、リスクを気にせざるを得ませんし、どうリスクを抑えるかが重要になります。だからつい個人投資家に対しても「リスクを抑えましょう、コントロールしましょう」と言ってしまうのでしょう。

 

また運用商品の販売側からすると、最も怖いのは顧客が運用を止めて解約してしまうことです。そして解約の理由として大きいのは「大きく下がったから」なんですね。その意味でも、金融機関にとってはすべてのリスクが「最後のリスク」に相当するのだと思います。

「ボラティリティは入場料」

というわけで、リスクの概念は大事だし重要だけど、レバレッジをかける場合を除いて、実のところ個人投資家にとってはリスクはあんまり気にする必要がない。唯一気にするべきは、最後の最後、取り崩す時にリスク(ボラティリティ)が大きいとまずいことになるという点だということです。

 

つまりリスク=ボラティリティを過度に気にする必要はなくて、逆に「ボラティリティは入場料」だということです。リスクをしっかり取ることが、投資によるリターンを得るための前提。途中のリスクを気にすることなく、市場に居続けることが大事なのです。

 

この例以外にも、本書には金融関係者らしからぬ(?)本音の資産形成の話がいろいろ出てきます。

新聞やネットで目にするエコノミストやストラテジストと呼ばれる人がしている解説の多くは、そういう市場参加者の「連想ゲーム」の解説だと言っても言い過ぎではないと思う。

第十五話 投資信託のための(ずっと使える)株式の知識(後編)|日興アセットマネジメント

株式の原理原則として君たちに持ってもらいたいのは、「企業を応援」と「自分の投資のリターン」はまったく関係ないというクールな理解だ。

第十六話 投資信託で企業を応援?いやいや、そうではなく……|日興アセットマネジメント

NISAについても同様で、「非課税で最大限にトクしてやろう」なんて考えから投資を考え始めないでほしい。買いたいと思う、自分にとって必要だと思うファンドを選ぶのが先。

第二十八話 NISAをどう考えるか|日興アセットマネジメント

ちなみに、本書は楽天証券のオウンドメディア「トウシル」に掲載された連載を書籍にまとめたもので、日興アセットマネジメント内のオウンドメディアでも読むことができます。上記のリンクはそのページのもの。

 

まとまって読める書籍もオススメです。このブログで書いたような技術的な話はほぼ載っておらず、基本的に実践的な資産形成の考え方と方法がメインです。自身の娘(20代後半の娘さんが2人いるそうです)とその夫に向けて、話し言葉で書かれているのでスムーズに読めると思います。

 

*1:こういう話をすると、「リスクあたりリターンであるシャープレシオが重要だ。だってシャープレシオが大きければ、借り入れを行いレバをかけることで、同じリスクに設定すればリターンを大きくできるから」と言われることがあります。理屈上、これは正しいのですが実際には借り入れにはコストがかかり、かつレバを適切にかけるのは技術的に難しい。そしてレバはNISAで使えないなど制度上の制約が多い。なので、意外と机上の空論になりがちだと思っています。