シリコンバレーで勢いを増している思想的運動である「効果的加速主義(e/acc)」は、世界的な課題の解決策として、制限のない技術的進歩を提唱しています。推進派は、AI開発やその他の技術の加速化が、物資不足のないユートピアにつながるものと信じていますが、批判派は、抑制されない進歩に伴う潜在的なリスクや倫理的懸念を警告しています。
e/accの主な信条
e/acc の中心的な主張は、人類が直面する最も差し迫った課題の究極的な解決策として、特に人工知能をはじめとする技術の急速かつ無制限な発展を提唱することです。推進派は、技術的進歩を受け入れ、加速させることで、社会は貧困、戦争、気候変動といった問題を効果的に解決する、ポスト・スカシティーのユートピア*1を実現できると主張しています。
もともとの提唱者はベフ・ジェゾス氏。もちろんジェフ・ベゾスをもじったもので、@BasedBeffJezos(断固たるベフ・ジェゾス)というアカウント名でe/accについてSNS上で売り込みました。
e/acc = Effective Accelerationismは、EA = Effective altruismのEffectiveと、ニック・ランドが提唱した加速主義(accelerationism)の合成語だともいえるでしょう。ちなみに加速主義とは、政治・社会理論において、根本的な社会的変革を生み出すために現行の資本主義システムを拡大すべきであるという考えです。
アンドリーセンとタン
シリコンバレーの著名人が e/acc を公に支持しており、投資家のマーク・アンドリーセンとギャリー・タンは、自身のソーシャルメディアプロフィールに「e/acc」を追加しています*2。
テクノオプティミスト宣言
マーク・アンドリーセンは2023年10月に「テクノオプティミスト宣言」という長文を掲載し、e/acc的な内容を綴っています。
内容はかなり長いのですが、箇条書きでまとめてみます。
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我々の文明はテクノロジーの上に築かれた。
- 成長とは進歩であり、活力、生活の拡大、知識の増加、より高い幸福をもたらすものだと信じている
- ポール・コリアーの言う「経済成長は万能ではないが、成長の欠如は万能ではない」に同意する
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成長の源泉は3つしかない:人口増加、天然資源の利用、技術。唯一の永続的な成長源は技術である
- 自由市場が技術経済を組織する最も効果的な方法である
- テクノロジーと市場を組み合わせることで、ニック・ランドが「テクノ・キャピタル・マシン」と呼ぶ、永続的な物質創造、成長、豊かさのエンジンが生まれる
- レイ・カーツワイルは「収益加速の法則」を定義している: 技術の進歩はそれ自体を糧とし、さらなる進歩の速度を高める傾向がある
- 人工知能が錬金術であり、賢者の石である
- 第二のエネルギーの銀の弾丸、核融合が近づいている
- 知性とエネルギーの両方を「測定できないほど安く」すれば、究極の結果として、すべての物理的な商品が鉛筆のように安くなる
- 技術の進歩がすべての人にとって物質的な豊かさにつながる
- テクノ・オプティミズムは物質哲学であり、政治哲学ではない
- 社会は、「実存的リスク」「持続可能性」「ESG」「SDGs」「社会的責任」「ステークホルダー資本主義」「予防原則」「信頼と安全」「技術倫理」「リスク管理」「脱成長」「成長の限界」など、さまざまな名目で、テクノロジーや生命に対する、60年にわたる大衆戦意喪失キャンペーンにさらされてきた
e/accの目標
e/accは、野心的な目標の達成を目指しています。
- 短期的には核分裂に重点を置き、人類のエネルギー利用能力を向上させる
- 人口増加と経済成長政策を通じて、人類の繁栄を促進する
- 「人類史上最大の力の増幅器」と目される汎用人工知能(AGI)の開発
- 惑星間および恒星間輸送を発展させ、人類を地球の外に広げる
マーク・アンドリーセンがe/accは政治的な活動ではなく、物質的な活動であるというように、目指すものは誰もがすべての商品やサービスを安価に手に入れられるようにするというものです。そのために必要なのは技術革新。そして、その銀の弾丸となるのが原発→核融合というエネルギーと、AGIの開発です。
批判と論争、特にAI
批判者たちは、技術開発における重要な倫理的配慮を無視する可能性があるとしています。特にAI の進歩を放置した場合のリスクですね。
テクノロジー業界には、効果的利他主義(Effective Altruism, EA)に関与する著名人が多くいます。Facebookの共同創業者ダスティン・モスコビッツや、イーロン・マスク、逮捕されたFTXのサム・バンクマン・フリード、Stripeの創業者であるコリソン兄弟など。
EAの立場では、AIは人類を滅亡させるリスクが非常に大きいテクノロジーであり、適格にコントロールしなければならないと考えられています。e/acc的な立場のサム・アルトマンと、EA的な立場の取締役会の対立が、先日のアルトマン追放を呼んだという話もあります。
さらに、EA vs. e/acc に対して、Ethereum創設者のヴィタリック・ブテリンは「私のテクノ楽観論」を2023年11月に投稿し、「d/acc」を提唱しました。このdは、防御(defense)、分散化(decentralization)、民主主義(democracy)、差異(differential)などの意味だということです。
こちらも箇条書きにまとめてみましょう。
- テクノロジーの恩恵は、本当に巨大であり、良いことが悪いことを圧倒的に上回り、10年の遅れのコストでさえ信じられないほど高い
- AIは他の技術とは根本的に異なる
- 研究者たちは平均して、AIが文字通り私たち全員を殺す可能性は5~10%だと考えている
- 私は、多くの文脈でe/accの視点に共感している
- 生命倫理は一般的に、「間違った医学実験で20人が死ぬのは悲劇であるが、救命治療が遅れて20万人が死ぬのは統計である」という原則で動いていることがあまりにも多い
- もしあなたがe/accなら、d/accはe/accの亜種である
もしあなたが効果的利他主義者なら、d/accは差別的技術開発という効果的利他主義者の考えを、よりリベラルで民主的な価値観に重きを置きつつ、再ブランド化したものだ - もしあなたがリバタリアンなら、d/accはテクノリバタリアニズムの亜種だが、より現実的なものだ
- d/accのメッセージ「有益なものを構築すべきだが、自分や人類の発展に役立つものを構築していることを確認するために、より厳選し、意図的に行うべきだ」
このエッセイで特に面白いと思ったのは、「AIが10年先行して単一の団体に独占されるのと、AIが10年遅れてすべての人に普及するのと、どちらを望むか」というアンケートです。
e/accなら、少しでも早くAIを開発して技術的な価値を人々に届けるべきだと主張するでしょう。しかし人々のアンケート結果は違いました。大多数の人々は、企業、政府、多国籍団体など、単一のグループに独占されるよりも、高度に発達したAIが10年遅れることを望んでいるというのです。
これは国家やクローズドな企業がAIを突出して推進するというのではなく、オープンソース化されるべきだとというものに近いでしょう。MetaのLlamaは、こうしたAIパワーに関する分散化のツールだともいえそうです。
このように、米国のテック系の人々の考え方は、これまでの政治的な主張とは全く異なる論点を問題にしています。これらは、これまでのリベラル/保守のような区分けと比べると、ベースにあるのは「科学と合理」で、宗教や伝統とは遠いところにあります。ざっとまとめるとこんなところでしょうか。
- EA:合理的思考と科学的証拠に基づき、世界の苦しみを減少させる
- テクノリバタリアン:政府の干渉を最小限に抑え、技術革新を通じて個人の自由と自立を尊重する
- e/acc:技術革新を押し進めることで物質的な豊かさを実現する。付随する問題は技術革新が解決する