8月29日に出たみずほリサーチ&テクノロジーズのレポート『単身世帯化と日本経済への影響 FIRE願望と結びつくと人手不足は深刻化』が話題になりました。このレポートを読み解くとともに、思ったことをまとめておきたいと思います。
単身世帯&FIRE願望で人手不足加速
このレポート自体は5ページという短いものなので簡単に読めますが、内容をざっくりまとめると次のような流れの論になります。
- 単身世帯が増加している
- 単身世帯は早期退職傾向が強い
- FIRE願望はもちろん早期退職につながる
- 単身世帯増+FIREで人手不足に
- 消費は減らないのでインフレ圧力にも
具体的な数値は明らかにしていませんが、単身世帯の増加と、そのFIRE化で2050年に200万人くらい追加で労働力人口が減少するというのが、このレポートでの試算です。
単身世帯はなぜ早期退職するのか
このロジック自体は素直なものであり、その通りだと思います。ただ、背景となる「なぜ単身世帯が増加しているのか」「単身世帯はなぜ早期退職するのか」「なぜFIREがブームになるのか」というあたりの考察は、なかなかに面白いものがあります。
まず「単身世帯はなぜ早期退職するのか」を考察してみましょう。著者の仮説は次のようになります。
- 遺産を残したいという動機はない
- 子育て費用(3000万/人程度)が不要でお金が余る
- 夫婦で長時間一緒にいるストレスがない
結婚して子どもを育てるのに比べて生涯でかかるお金が少なく済み、かつ結婚していると「亭主元気で留守がいい」と言われるように、自宅にいることがネガティブに捉えられるために働いている層が一定いると考察しています。
これらはそれぞれ納得感ありますね。ぼくは子どもこそいるものの、基本的にDIE WITH ZERO思想で遺産を遺したいとは思っていません。またコロナ禍でリモートワークがメインになったため、夫婦でずっと自宅にこもるという数年を経験しました。これがFIREの予行演習となったわけですが、これがなければ自宅で妻とずっと顔を突き合わせることへの躊躇や、妻からなにか言われるかもしれないということがブレーキになったかもしれません。
単身者はなぜFIREするのか?
ではもう一つの背景である、なぜFIREブームが起きたのかについては、筆者はあまり踏み込んでいません。注のなかに、
FIRE が流行語となる一方で、「できるだけ長く働きたい(働かざるを得ない)」人が多いとのアンケート結果も存在しており、「現在の 20~30 代」が 2050 年頃に 50~60 代になったときにどのような就業スタンスをとるのかは、結局のところよくわからない(なお、筆者(30 代)自身は強い FIRE 願望を持っており、FIRE 側に共感する)。
と書いていて、条件が満たされれば人はFIREしたいものだよねというは、ほぼ所与として扱われています。
また、「労働とは専ら金銭を得るための手段であり、労働自体は嫌なことである」と前提をおいて論を進めている点にも注目です。「実際には労働自体に「やりがい」を感じる人も少なからず存在するのだろうが」とも書いているものの、基本的に労働は嫌なことであるというこの労働観は、FIRE志望者にほぼ共通するものでしょう。
昨今は「やりがい搾取」なんて言葉も生まれたり、「やりがいとか言わずに給料を上げろ」という言葉もよく聞くようになりました。労働というのは金銭を得るために自分の時間を差し出す行為であり、本当にやりがいを求めるのなら、FIを達成した上で好きなように仕事をしたらいいということが、世の中に広まってきた感もあります。
人手不足が深刻化しインフレ圧力になって何が悪い?
さて、一応このレポートの結論は人手不足が深刻化しインフレ圧力が高まるというものですが、ここでぼくが言いたいのは、人手不足が深刻化したりインフレ圧力がたまると何が悪いの? ということです。
そもそもここでインフレ圧力が高まるとされているのは、FIREした単身世帯はそもそも貯蓄率が低く、積極的に消費を行うからです。早くからFIRE目指して資産運用を行っていて、かつ遺産を残そうとも思わないのでDIE WITH ZERO方向へ進む。あれ、これってみんながよくいう「もっと消費を活発化させれば景気が良くなる」って話と同じじゃないですか。
消費が活発になれば景気もよくなりますが、需要が増加するということでインフレにもつながります。そして労働人口が減少すれば人手不足になるわけですが、それはつまり賃金上昇をもたらします。
デフレを脱却して恒常的なインフレ経済になり、賃金上昇も継続する――。これって政府も日銀もみんなが望んで向かおうとしてきたゴールですよね。FIRE願望がそこにつながるなら、全然いい話じゃないですか。
日本という国単位かつ長期で見たら、人手不足はこれまでの産業構造や社会構造を成り立たせなくするという意味で課題でしょう。ただ、今の日本を存続させるために日本人がいるのではなく、日本人がなりたい姿をサポートするために社会契約上、日本という国が存在するのです。そう考えれば、こういう流れも悪くないと思うわけです。