FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で自由主義者、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

「足るを知る」の深い意味 書評2『アート・オブ・スペンディングマネー』


本書『アート・オブ・スペンディングマネー』は、名著『サイコロジー・オブ・マネー』の筆者が「一度きりの人生で『お金』をどう使うべきか?」と銘打って書いた一冊。前回の書評に続き、幸せとお金の関係を紐解きます。

ステータスとしてのお金

書評(1)では、お金の使い方には2つあるという点に触れました。

お金の使い方は2つある。1つは「より良い生活を送るための道具」としての側面、もう1つは「他人との比較で自分のステータスを測るための物差し」としての側面だ。

もちろん、ステータスのためにお金を使うのではなく、自分にとって「より良い生活を送るための道具」としてお金を使うほうが幸福になれるという趣旨です。

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でも、単に実用品にお金を使えば幸せになれるのかというと、そんなにお金を使う技術はシンプルではありません。そこでキーワードになるのが「足るを知る」です。

脳が求めているのはドーパミンだ

なぜ高級品を買うと気分が高揚するのでしょうか。なぜ派手にお金を使い豪遊すると自分がすごくなったかのような錯覚を感じるのでしょうか。高級な品物を手にすることが、幸せを与えてくれる? いやいや。

 

筆者は、脳は「プロセスや期待感を求めている」といいます。

脳が求めているのは高級車や豪邸ではない 脳はドーパミンがほしいのだドーパミンの観点からは重要なのは「持っていること」ではない 何でもいいからとにかく新しいなにかを「得ること」なのだ。

ブランドバッグ、高級車、最高峰のレストランでのディナー、ファーストクラスでの旅行。どれも憧れですし、ぼくもそういうモノがほしいし、体験したいものです。ただ、これらによって幸福を感じられのは、購入したあとではなく、購入する前の間。手に入れるまでのプロセスに対してドーパミンが出、幸福感を感じるのです。

 

米大統領だったリチャード・ニクソンは退任後、これまで会った中で最も不幸なのは、世界トップクラスの富裕層の人たちだと語りました。

お金がたくさんあって、豪邸に住んだり、ゴルフをしたり、素敵なパーティーを開いたり、良い服を着たり、旅行したりできたらどれほど素晴らしいだろうと思っている人もいるかもしれない。

その答えはこうだ。まだ手にしていなければ、これらは大きな意味を持ち得る。

いったん手にしてしまえば、何の意味も持たなくなる。

「持っていないものが欲しくなる」。これは当たり前の感情だけど、これに従っていたら、モノを手に入れるたびに、さらにその上、その上と際限なくゴールポストは動いていきます。

豊かさとは「持っているもの」と「欲しいもの」の差

モノやサービスを手に入れて得られる(正確にはそのプロセスで得られる)幸福感は、一過性の喜びです。手に入れた瞬間に幸福感は消え去り、さらに上のものが欲しくなるからです。気分はよくなるが、それが長続きしないため、依存症のようなサイクルに陥りやすいと筆者はときます。

 

逆に、現在に満足しているときは、これ以上何かを追いかける必要がありません。つまり「満足感こそが最高の心理状態」と考えられるようになれば、人生の目標は変わるわけです。

 

言ってみれば、期待値と現実の差が大きい状態とは不幸です。逆に、期待値と現実にほとんど差がなければ、それは幸福です。つまり、豊かさとは「持っているもの」と「欲しいもの」の差なのです。

 

お金はあればあるほど幸せだと、多くの人は思うでしょう。ただ多くのお金を得た人に聞くと、お金が増えたからさらに幸せになったという話は聞いたことがありません。例えば、資産1億円が2億円になったのなら、人生の安心感が増えたという意味で幸福が増すということはあるでしょう。でも、2億が3億になり、5億になり……という中で、幸福感が増えていったという人はほとんどいません。

 

それよりも重要なのは、欲望を減らし、これ以上欲しいものがないという状態にたどり着くことです。現在持っているものに満足し、現在に感謝できるようになること。これが富が幸福につながるための重要な考え方です。

 

日本語にはこれを表すうまい言葉があります。「足るを知る」です。資産額の大小ではなく、「足るを知る」に到達できるかどうかが、真に重要なことなのでしょう。

贅沢はたまにするというハック

では、この「足るを知る」という概念を元に、もっとお金の幸福につながる使い方を考えてみましょう。筆者がいうのは「贅沢は常にするよりも、たまに楽しむ方が得られる喜びは大きい」という概念です。

 

今あるものに満足しているほど、贅沢に感じられる。ちょっとした出来事に出会いやすくもなる。

サプライズのディナーやホテルの部屋のアップグレードなど、たとえ小さなものでもめったにない事は贅沢に感じられる。何も期待していなければ、全てがサプライズになる。

贅沢はすぐに慣れるものです。最初はその贅沢が楽しく嬉しくても、次第に当たり前のものになり、幸福も感じられなくなります。であれば、逆にもっと低いレベルに自分を置き、それに慣れて「足るを知る」となったとき、ちょっとした贅沢がとても楽しめるのではないでしょうか。

 

私の場合、自分が大好きなもの――レストラン、旅行、飲み物等――を見つけたとき、それを常に手に入れようとするのではなく、どうすればまたこれをたまに楽しむ贅沢にできるかを考えるようにしている。シンプルな生活に満足していると、時々の贅沢が魔法のように素晴らしいものに感じられるようになる。

お金がなければ、こうした品物はたまにしか手に入れられません。だからこそ、そのたまの贅沢はとても幸福を感じられるものになります。であれば、お金があったとしても、敢えてたまにしか楽しまないようにしてはどうでしょう?

 

これは「足るを知った」上で、さらに幸福を求める上級テクです。ちなみに筆者は、たまに食べるジャンクフードの美味しさを噛み締めるために、普段健康的な食事をするというハックも実践しているということでした。

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