九条です。FIRE後の自由な生活をベースに、投資・税制・制度・クリプト・法人運営を考えるブログです。 利回りや還元率の表面ではなく、税引き後の手取り、制度の前提、リスクと不確実性を見ながら、自由を増やす方法を書いています。

暴落時、なぜ“現金で待つ”のか? バケツ戦略を先輩が理屈で説明する


「退職後は、生活費の数年分を現金で持っておくといい」。ざっくり言うと、これがバケツ戦略の趣旨です。でも、これをみて「そんなの当たり前でしょう?」と思う人や、「歴史的に高リターンを上げてきた株式を考えると、数年分を現金で持つのは非合理では? 現金を持つのは気休めだよ」と思う人もいるでしょう。

 

実際、資産変動シミュレーションでよく使われる幾何ブラウン運動モデル(GBM)やブートストラップモデルでは、バケツ戦略は理論的に「効果なし」となるんですね。でも、実のところ効果あるんじゃない? と思ったので、バケツ戦略の理論的裏付けを考えてみました。

 

→久々にバズったのですがコメントを見ると誤解も多そうなので、補足記事を書きました。

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バケツ戦略とは何か

バケツ戦略とは、退職後の資産をいくつかの「バケツ」に分けて管理する考え方です。典型的には、数年分の生活費は現金や短期債のような安全資産で持つ。中期はインフレに強い債券などで持つ。長期で使うお金は株式などのリスク資産で運用する。相場が荒れたときは、株を売らずに安全資産のバケツから生活費を取り崩す。

 

この戦略は、たいてい「安心のため」で片づけられます。暴落しても生活費は現金から出せる。だから株を安値で売らずに済む。話としては分かりやすいですね。

でも、僕としてはこの「なぜ、待つことに意味があるのか」を突き詰めて考えてみたい。

 

もし下落した株価がそのまま低迷し続けるのなら、現金は単なる時間稼ぎです。問題を少し後ろにずらしているだけで、解決にはなっていません。バケツ戦略を本気で擁護するなら、「暴落時に現金があると安心です」では足りないはずです。もっと言えば、「なぜ相場は修復しうるのか」というところまで行かないと、説得力のある戦略にはならないでしょう。

 

メンタル論で説明するしかなくなるのです。狼狽売りを防ぐため。気持ちを安定させるため。もちろんそれも事実です。ただ、それだけならバケツ戦略は資産設計というより、ずいぶん高価な精神安定剤です*1

 

ここについてAIといろいろ議論し、なるほど! と自分なりに腑に落ちるところにたどり着きました。それを論文の形式でまとめたのですが、まぁこれ、なかなかに読みにくいし理解しにくい。そこで対話仕立ての話にしてみました。

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先輩と後輩の会話

ある日の昼休み、その話を後輩にしてみたところ、ちょうどいい反応が返ってきました。

 

「先輩、退職後は暴落に備えて現金を持っておけ、ってよく言うじゃないですか」

「言うね」

「あれって、要するに安心するためですよね。下がってるときに株を見ても焦らないようにする、みたいな」

 

先輩はコーヒーを置いて、少しだけ考えるように目を細めました。

「半分はそうだ。でも、それだけじゃない」

「え、違うんですか」

「問題は、なぜ現金を持って“待つ”ことに意味があるのか、だ」

 

後輩は一瞬きょとんとしてから、すぐに言い返しました。

「でも、待つ意味って、相場はいずれ戻るからじゃないんですか」

「みんなそういう言い方をする。でも、そこはちゃんと説明が必要な部分なんだ」

「説明、ですか」

「そう。『長期では株は上がる』『暴落してもそのうち戻る』というのは、投資の世界では半ば常識みたいに語られる。でも、その“戻る”は何を意味していて、どういう理屈でそう言えるのか。そこを説明できないと、バケツ戦略はかなり大味な話になる」

 

後輩は椅子にもたれながら、少しだけ真顔になりました。

「言われてみると、たしかにそうですね。僕も普通に『暴落しても数年待てば回復することが多いから、その間の生活費を現金で持ちましょう』くらいの理解でした」

「たぶん多くの人がそうだ。ただ、その説明だとなぜ回復するのか?の理屈が抜けている」

「回復する理屈」

「暴落のあとに回復が起こるのは、チャートが気まぐれに上下しているからじゃない。株価の下落には中身があるんだ。企業の利益見通しの悪化もあれば、投資家の不安の高まりもある」

株価が回復する理屈

後輩は少し首をかしげました。

「中身、ですか」

「そうだ。株価は、ただランダムに上下している数字に見えるけど、それだけじゃない。将来どれだけ稼げそうか。その稼ぎを、今いくらで評価するか。背後にあるその二つで株価のベースが決まってくる」

「急にファイナンスの授業っぽくなってきました」

「ここを飛ばすと、結局メンタル論で終わってしまう。バケツ戦略は“現金を厚めに持つと安心です”という話じゃない。暴落時に株を安値で売らずに済むようにして、相場の修復を待つための設計だ」

「でも、その“修復”って、本当にそんなふうに考えていいんですか。だって、下がったままの可能性もありますよね」

「もちろんある。だから万能な戦略ではないし、何年分の現金が正解かも一意には決まらない。ただ、“なぜ待つことに意味がありうるのか”は、感覚ではなく理屈で整理できる」

 

後輩は少し前のめりになりました。

「その理屈って、どういう話なんですか」

 

先輩は短く息をついてから、順番に説明しはじめました。

「まず、よくある株価モデルから見ると、実はバケツ戦略は理屈で説明しにくい」

「え、そうなんですか」

「たとえば、株価を一定の平均リターンと一定のぶれ幅で動くランダムな過程として見る考え方がある。金融ではよく出てくる見方*2だ」

「なんとなく聞いたことあります。長期で平均的には上がるけど、短期ではランダムに揺れる、みたいな」

「そういうイメージで大丈夫だ。そのモデルの中には、暴落が起きたからといって、その後に回復しやすくなる仕組みは特に入っていない」

「あれ、でも直感と違いますね。大きく下がったら、その反動で戻りやすそうですけど」

「そこがポイントだ。ランダムに動くとだけ言っている世界では、『さっき大きく下がったから、次は戻りやすい』とは限らない。下落のあとに反発する理由が、モデルの中にはないんだ」

「じゃあ、その見方でいくと、バケツ戦略ってただの気休めなんですか」

「身もふたもない言い方をすると、そうだ。せいぜい、生活費を安定して確保するための流動性管理か、精神的に落ち着くための仕組みとしてしか説明できない」

「なるほど……。でも先輩の言い方だと、それで終わりじゃないんですよね」

「そう。株価を別の角度から見ると、“待つこと”にもう少しはっきりした意味が出てくるんだ」

「別の角度?」

株価の決まり方

「株価は、将来の企業の稼ぐ力と、それをどれだけ厳しく割り引くかで決まる。そう考える*3

「割り引く、というのは」

「将来もらえるお金を、いまの価値に直すことだ。十年後にもらえる一万円は、今日の一万円と同じではない。金利もあるし、不確実性もあるから」

「ああ、なるほど」

「相場が暴落するときも、単に数字が偶然下がっているわけじゃない。景気が悪くなって企業の利益見通しが落ちることもあるし、投資家が急に怖くなって、より高いリターンを求めるようになることもある」

「利益の見通しが悪くなるのはわかります。でも、後半の“より高いリターンを求める”ってどういうことですか」

「不安が強いとき、人は同じ株を持つとしても『そのくらい危ないなら、もっと安くないと持ちたくない』と思う。つまり、将来の利益が同じでも、いま払っていい値段は下がる*4

「ああ、怖いと値段が下がるんですね」

「そうだ。暴落の中には、企業の稼ぐ力の悪化だけでなく、“怖さの増加”も入っている」

後輩はそこで小さくうなずきました。

「それなら、話が少し変わってきますね」

「変わる。景気悪化が永遠に続くわけではなく、ある程度は循環的に回復していくなら、利益見通しも戻りやすいし、その“怖さ”も少しずつ薄れていく」

「ということは」

「株価の下落要因が、一時的な景気悪化や不安の高まりなら、その正常化に合わせて株価が修復される余地がある、ということだ」

「だから、現金で待つ意味が出てくる、と」

「そういうことだ。現金はリターンを稼ぐためというより、悪いタイミングで株を売らずに済むようにするための時間を買っている。退職後は、これがいちばん厄介なんだよ」

「現役時代なら、給料があるから放置できる。でも退職後は、毎年どこかから生活費を出さないといけない」

「そこに暴落が重なるとつらい。安いところで資産を売ってしまうと、後から相場が戻っても、もう戻りに乗る元本が減っている。いわゆるシーケンスリスクだ。退職期に必要なのは、期待リターンを少しでも積み増すことより、悪い順番で売らされない設計を作ることだ」

「だから、生活費の数年分を別バケツで持つ」

「ポイントは、現金を持つこと自体じゃない。売らなくていい時間を持つことだ」

後輩は少し黙ってから、ぽつりと言いました。

「なんか、バケツ戦略の見え方が変わってきました。安心のためっていうより、相場の回復を信じるための資金、じゃなくて……」

「“信じる”だと、少し危ないな」

「あ、違いますか」

「正確には、一時的なショックが正常化する可能性に賭けるための流動性保険、かな。必ず戻ると決めつける話ではない」

「なるほど。そこはかなり違いますね」

何年分の現金を持てばいいの?

「先輩、結局、何年分の現金を持てばいいんですか。5年ですか。7年ですか。10年ですか」

「そこは、モデルから自動で出てくる数字じゃない。景気後退の長さは毎回違うし、回復の速さも違う。高インフレの局面なのか、信用不安なのか、ただの景気後退なのかでも全然違う。しかも、同じ五年でも、その人の資産配分や年金の有無で意味が変わる」

「たしかに、年金が厚い人と、完全に資産取り崩しの人では別ですね」

「そうだ。取り崩し率が高いか低いか。生活費を景気に合わせて少し絞れるか。スタート時点の株価が割高か割安か。そこまで含めて設計の話になる」

「じゃあ、n 年バケツの n は理論から自動で出てくる数字じゃない」

「そう。設計変数だ。“十年が正解だ”ではない。一時的ショックの正常化を待てるだけの安全資産を持つことには合理性がある、ということだ」

バケツ戦略に注意が必要なところ

後輩はそこで、かなりまともな反論を出しました。
「でも、それって"下落はだいたい一時的"みたいな前提に乗ってませんか。そんなにうまくいかないこともありますよね」
「もちろんある」


先輩は指を折って数えました。
「ひとつは、景気循環じゃなくて構造変化で利益が傷むケースだ。産業そのものが壊れるとか、人口動態や制度変更で長期に収益力が落ちるとか。そういう下落は、待てば元通り、とは限らない」
「たとえば、昔の勝ち組産業がそのまま沈むような」
「そう。二つめは、割引率の上昇が長引くケースだ。高インフレ、財政不安、金融体制への不信。こういう話になると、"怖さ"がなかなか抜けない」
「景気が少し戻っても、株価が重いままのことはある」
「ある。三つめは、スタート時点がすでにかなり割高なケースだ。利益が回復しても、バリュエーションの圧縮で相殺されることがある」

 

三つとも、現金バケツでは対処しにくい類のリスクです。流動性を厚くしても、構造的な低リターンまで消してくれるわけではないからです。

結局、何が言えるのか

ここまでの話を、先輩は最後にかなり短くまとめました。
「バケツ戦略を"気持ちが落ち着くからやる"で終わらせると、たぶん意味の半分しか説明できていない」
「じゃあ、残り半分は」
「株価には中身がある、ということだ。景気悪化で利益見通しが傷み、不安の高まりで割引率も上がる。だから暴落する。でも、そのショックが循環的で一時的なら、利益見通しも割引率も正常化に向かう。その時間を買うのが現金バケツだ」
「つまり、"いつか戻るから待つ"じゃなくて」
「"何が壊れていて、何が戻りうるのか"を見ながら待つ、だな」

 

GBMのような単純な確率過程だけで見ると、バケツ戦略は流動性管理か、心理的な安全装置にしか見えません。でも、株価を将来キャッシュフローと割引率の現在価値として見て、そこに景気循環を入れると、少し理屈面がサポートされます。バケツ戦略は、相場の修復メカニズムに時間を与えるための流動性保険として読み直せるのです。

 

もちろん、ここで言えるのはそこまで。何年分の現金が正解かは、人によって違います。下落の原因が構造の変化なら、このロジックは成り立ちにくくなります。それでもなお、「なぜ退職期に現金で待つのか」を感覚ではなく仕組みで説明するなら、この見方がいちばん筋がいいと私は思います*5

 

→久々にバズったのですがコメントを見ると誤解も多そうなので、補足記事を書きました。

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*1:というのも、当たり前ですが株の代わりに現金を持ち続ければ、それだけリターンは機会損失し、インフレによる減価も入るからです。

*2:幾何ブラウン運動=GBMとかいいます。

*3:いわゆるDCF=Discount Cash Flowモデル。

*4:これがリスクプレミアムの上昇です。

*5:今回は、景気循環を前提に、DCFモデルで説明しましたが、DDM=Dividend Discount Model で説明しても基本的に同じになります。