株価が上がったり下がったりしたときに、よく「買いが売りを上回った」とか「売り手が買い手より多かった」みたいな説明を聞くことがあります。でもこれ、どうも違和感があったのです。だって、売買って売り手と買い手がいるから成立するわけで、つまり売り手の数と買い手の数は常に一致するじゃないですか。
じゃあ、なぜ株価は動くのか。何が動かしているのか。今回はそれをメイカーとテイカーという概念から考えてみます。
「買いたい!」は一つではない
A社の株を「買いたい!」と思う人のことを考えてみましょう。買いたいと思う人が、売りたいと思う人の数より多ければ、株価が上がる……かというと、話はそんなに単純ではありません。
現代の株の売買は板方式という仕組みが取られています。これは、「◯円で買いたい」「◯円で売りたい」という売買の希望価格を並べたものです。
ただちょっと考えれば分かるように、買いたい人と売りたい人がそれぞれ希望の価格を並べても、売買は成立しないことが分かります。だって、買いたい人は安く買いたいから値段を出しているし、売りたい人は高く売りたいから値段を出している。これを「指値」といいますが、この値段が一致しなければ売買は成立しないからです。

じゃあどうしたら売買が成り立つのか。それは値段を指定する指値ではなく、「いくらでもいいから買いたい/売りたい」という「成行」の注文が入ったときです。買う方の例でいうと、最も安い「◯円で売りたい」(=最良気配といいます)の指値に対して「成行」がぶつかって売買が成り立つ(=約定)わけです*1。
売買が成り立つと、それが現在の株価として記録されます。そしてまた、残った指値注文が最良気配となり、次の注文が待たれるわけです。

メイカーとテイカー
このように、注文には「指値」と「成行」があるのですが、この2つ、実は株価形成において大きな役割の違いがあることが分かります。
まず指値注文がなければ、成行注文が成り立ちません。成行というのは指値の中の最良気配に当てていくものだからです。指値注文というのは板自体を構成する要素であり、取引の基盤です。そのため、指値注文を出す人を英語で「メイカー」といいます。またよく「流動性」という表現を聞きますが、この流動性を提供するのもメイカーの役割です。
一方で、成行注文がなければ売買は約定せず株価は決まりません。成行注文は、メイカーが作った流動性を消化していくものなので、成行注文を出す人を英語で「テイカー」といいます。

メイカー=指値注文を出す人の意図はどこにあるでしょうか。メイカーの注文が約定するとき、それは常に以前の約定価格よりも有利な価格になります。例えば、前回約定価格が1000円、最良売気配値が1010円の板があったとしましょう。1010円で指値注文しているメイカーにとって、この指値が約定すれば10円の差額(スプレッド)が得られることが確定します。
株価が波にように揺れるとしたら、前回約定価格より常に有利な価格で売買できるのは大きなメリットです。指値注文をしたことがある人なら、成行で買うよりも最良買気配値で指値したほうが、有利な価格で買えることを実感している人も多いと思います。
一方で、これは2つのリスクを抱えます。まず逆選択のリスクです。前回約定価格1000円、最良売気配値が1010円のとき、なぜテイカーは10円のスプレッドを支払ってまで1010円で買ったのでしょうか? 実は好材料が出て買いが殺到しているのかもしれません。1010円で売れたあと株価はさらに上がり1100円、1200円と上がるのかもしれません。そうすると、1010円で売ってしまったのは結果的に損ということになります。
2つ目は未約定リスクです。1010円で売り注文を出していても、株価は990円、980円とずるずると下がり、自分の1010円の売り注文が最良売気配でなくなり、結果的に売れないまま終わってしまうことがあります。スプレッドを節約しようとした結果、機会損失を負ってしまったわけです。

テイカーのメリット・デメリットは、この裏返しです。テイカーがスプレッドを損してもすぐに約定させる理由は大きく3つあります。一つは情報優位があること。「この株は上がる」と考えているなら、メイカーにスプレッド分の手数料を支払ってでも買うことに意味があります。1010円の指値を食って10円のスプレッドを損しても、その後株価が1100円、1200円と上がることを想定しているなら、とにかく買うことに意味があるからです。
2つ目はリスクを落としたいというニーズです。今度は売るときの話ですが、機関投資家などにとってポジションを減らさなければいけないというニーズは常にあります。決算前に持ち高を減らしたいとか、顧客の解約で現金化しなくてはならないとか、信用取引の追証回避とか、こうしたときに指値で1円高く売れるのを待つよりも、今すぐ売ってリスクを落とすほうが合理的な場合が多い。つまりスプレッドは保険料のようなもので、自己が起きる前に保険料を払ってリスクを落とすわけです。
3つ目は、そもそも期限があるケースです。一番わかり易いものだと、インデックスファンドの購入やリバランスでしょうか。これらは「少しでも安く買えたほうがいい」というものではなく「一定期間の間に確実に購入する」必要があるものです。指値をすれば少し安く買えるかもしれませんが、当てがはずれて逆方向に動いてしまい買えなかった……というのは許されない。スプレッド分を支払っても確実に買えなければいけないわけです。
板が薄くなると株価が変化する
なお、実は単に成行注文があるだけでは株価は変動しません。ここで出てくるのが「板の厚さ」です。板には厚さがあって、成行注文が増えると板がだんだん薄くなります。で、薄くなった上値を食うことで株価は上がっていくわけです。
どういうことか。前回の約定価格1000円の銘柄で1010円で売り注文が出ていたとします。ここで成行買いが入ると、1010円の売り注文と当たって約定価格が上がる――とそんな説明をしましたが、実際には1010円の最良売気配は100株とは限りません。もし1010円の売り注文が1000株出ていたら、100株の成行買いでは売り注文が900株に減るだけです。株価は1010円に上がりますが、残りの900株がすべて喰われるまでは株価はそれ以上には上がりません。

つまり最良売気配近辺の売買注文がたくさん出ているということは、それが株価上昇/下落のクッションになり、株価変動が起きにくいということです。これを「板が厚い」といいます。
逆に、板に並んでいるのが100株だけだったり、最良売気配を超えた先の金額にまばらに注文が入っているだけだと、いきなり1000株の成行注文が入ると株価は一気に変動することになります。
別の見方をすると、板が薄いと成行買いを行うことで自分で価格を吊り上げてしまうことになります(売りも同じ)。つまり板が厚いということは、潤沢に流動性が供給されているということであり、安定した売買が可能になる。そういう意味でメイカーの存在は重要になります*2。
株価はこのように変化する
このように、株価が上がるには、単に「買い手が多い」だけではダメで次のようなステップを踏みます。
- 買いテイカー(成行買い)が増える
- 売り板が薄くなる
- 少ない買いテイカーでも上値が喰われていく
- 株価が上がる
- 上昇を見た追随買いテイカーがさらに増える(正のフィードバックループ)
このように、板取引においてどう売買がマッチングされ価格が変動していくのかを見ると、単に「買いが増えたから株価が上がった」というような単純な話ではないことが分かります。
売り買いだけでなく、すぐに売買したい(しなくてはならない)人と、ゆっくりでも差額を得たいという人の綱引きで価格は動くわけです。ちなみに、これ株に限った話ではなく、不動産とかも似た構造になります。売り指値が板に出ている形で、そこに対し成行買いがぶつかることで価格が形成されます。なかなか約定しなければ、指値を切り下げることで最適な価格形成に近づくというプロセスもあります。
意外に複雑な株価の形成プロセスですが、メイカー/テイカーの役割を含めてみると、少し解像度が上がります。これで板を見る楽しみにもつながるのではないでしょうか。
*1:最良気配よりも高い価格で指値買い注文を入れても約定しますが、そのとき、それは指値価格で約定するわけではなく最良気配で約定するので、ここでの話では実質成行と同じです。
*2:株のように東証でほぼすべての注文が約定していれば別ですが、暗号資産のように取引所ごとに板が分かれている場合、板の厚さがあるかどうかは適切な取引が成り立つかどうかに直結します。板が薄いと、他の取引所で厚さに吸収されて動かないような場合でも、他の取引所では一気に喰われて価格が変動してしまうことがあります。そうすると取引所ごとの価格が乖離し、アーボトラージャーの餌食になってしまう。そのため、取引所は板を厚くしてくれる=流動性を供給してくれるメイカー=指値注文をする人を優遇する場合があります。具体的には、テイカーには売買手数料を課すが、メイカーは手数料ゼロとか場合によってはマイナスの手数料を課し、メイカーを優遇するのです。