人生でも仕事でも決断しなくてはならないことがあります。そのとき、どういった観点で決断するでしょうか。今回は、事業上の決断について、会社の存在意義という点から考えてみます。
3つの存在意義
いまや、“イエ”に取って代わった非常に重要なコミュニティである会社(カイシャ)ですが、会社の存在意義は大きく3つあります。働く従業員の自己実現、利益を出すこと、そして社会をより良くすることです。それぞれ見ていきましょう。

仕事とはお金を稼ぐこと=投資家利益
「利益」という観点は、非常に分かりやすいものです。売り上げから材料費や従業員給与などを引き、税金を払った残りが利益です。この利益は、全面的に株主のもの。つまり、「赤字はまずい」「過去最高益だ」「もっと業績を伸ばせ」というのは、基本的に株主のために頑張っているということです。
昔ならいざ知らず、昨今の上場企業は株主が求める利益を非常に重要視していて、いろいろな方法で利益を伸ばすことに余念がありません。他の全てよりも、利益を重視しているといっても過言ではないかもしれません。
こういう環境の中にあっては、事業場の決断は比較的シンプルです。「それは利益が伸びるのか?」という観点で決めれば良いからです。それは絶対的ではなくても、確率的には決めることができる「正解のある問題」です。
とはいっても、必ず誰の意見も同じになるわけではありません。3つほど論点を挙げましょう。「短長期」「リスク」「自己保身」です。
まず「短長期」は、短期的な利益を目指すか長期的な利益を目指すかで、打ち手が逆になる場合があるということです。SaaS事業が典型的ですが、市場に潜在的な顧客がまだまだある状態で、短期的に利益を出そうと思ったら広告宣伝費を抑えれば黒字化できます。しかし、長期的には赤字になっても広告宣伝費をかけて顧客獲得速度を優先したほうがいいはずです。
次に「リスク」は、成功確率は低いが上手くいったときのリターンが大きい事業をやるか、確率は高いがリターンはそこそこの事業をやるかという選択です。これは市場環境や規制環境にも左右される選択です。事業は既存事業や社内リソースを見て、シナジーが生まれるところへ広げるのがセオリーです。ところが、大きな成長が期待できる領域が近くになかったり、規制が厳しくリスク事業が行いにくければ、自然と堅実な事業に進むことになります。銀行や電力業界がそうですね。
一方で、投資家は必ずしも確実なリターンを求めていません。確実なリターンが欲しいなら国債に投資すればいいわけで、敢えて株式に投資するのだから、そこには上乗せリターン、株式リスクプレミアムを求めています。そもそも、個人では取れないリスクを取った事業を行うために株式会社は生まれてきました。リスクを取ってこそ会社の本来の意味があるという考え方もあります。
最後の「自己保身」は、経営者や従業員が、一見株主のために働いているようなふりをしながら、実際は自分たちにとって有利な決断をすることが多々あるということです。TOBを仕掛けられたときに、経営陣が買収防衛策を打ち出すのもそうですね。経営陣が本当に株主から委任されている立場ならば、買収されたほうが株主にとってプラスならば、そういう判断をすべきです。
また会社が利益を生み出すということは、それによって内部留保が積み上がり、財務基盤が強靱化され、潰れにくくなることも意味します。本来、株主にとっては多大な内部留保は不要です。内部留保が増えると会社内の株主資本が増加することになり、それはROEの低下につながります。株主からしたら、投下資本あたりの利回りが悪化するということです。そのため、例えば米国の優良企業は内部留保は配当や自社株買いで株主に還元してしまうし、さらに外部から借入を行ってレバレッジをかけたりもします。
ところが会社が潰れるのが一番困る経営者からすると、無借金で内部留保を貯め込むことが最も簡単に保身を図る方法だったりします。複数の企業に分散投資していて、中には破綻する企業もあるだろうくらいに考えている投資家と、勤務先だけにオールベッドしている経営者では、破綻リスクの影響が違うのです。でも、これは株主からの委任に反しており、やはり自己保身だといえるでしょう。
仕事とは個人の自己実現
企業利益優先の判断は、比較的分かりやすいのですが、働く人にとってどうかという基準はどうでしょうか。会社は投資家だけがステークホルダーではありません。そこで働く社員や経営者も重要な利害関係者です。
利益面、特に中長期の利益と、働く人たちのメリットは相関します。利益を重視するあまり、社員から搾取するのがいわゆるブラック企業ですが、この烙印を押されてしまったら、優秀な人材が獲得できない、悪評がたつことで取引先に影響が出るといったデメリットもあります。
そもそも利益云々を理由とする以上に、働く個人の自己実現の場であることは重要な判断基準です。社会にとって、学校卒業後のほとんどの時間を過ごすのが職場です。なぜ仕事をするのか? という問いの答えは、「生活に必要なお金を稼ぐため」から「人生で達成したいことの実現のため」までのグラデーションでしょうが、ほとんどの人にとって仕事とは、金さえもらえればなんでもいいというものではないはずです。
仕事とは尊厳であり、自分が生きていることの証明の1つです。生活保護のように、国から養ってもらっているという生活スタイルは、自尊心を保つのが難しくなりす。ここでいう仕事というのはかなり幅広いものを指していますが*1、その中心が会社で働くことになるでしょう。
だから国の政策で最も重要なことの一つは、「仕事を提供すること」なわけです。そのため、企業の利益と根本的にバッティングする場合をのぞけば、社員の自己実現は判断上大いに尊重されるべきであり、長期的な企業の強さというのは実は意外とそこに関係していると思うわけです。
仕事とは世の中を良くすること
3つ目の価値観は、企業活動を通じて世の中を良くするということです。これは当たり前のようにも、極めてレアなようにも感じます。というのは、多くの企業が「世の中に貢献します」なんていっていますが、心底そう考えている企業はたいへん少ないからです。
よくある経営者や創業者の発想法はこうです。まず、勝機がありそうな市場を探します。そしてそこに自分の持っているスキルやリソースがマッチするかを検討します。そして、その市場で改善したいことを掲げて創業するわけです。このとき、会社のミッションは「〇〇をこう改善する」という話になります。
しかし、ビジネスに才覚のある経営者であるほど、次の展開として今持っているスキルやリソースを使って、横展開できる別の市場を探しに行くんですね。それは、「〇〇をこう改善する」とはちょっと違ったビジネスになります。そのため、会社のビジョンは次第に抽象的になり、実際のところ「儲かることならやりまっせ」という感じになっていくわけです。
営業主体のもっとえげつない創業社長なら、変にビジョンを糊塗することなく、「利益1兆円を目指す!」といった、営業目標のようなものを会社のビジョンとして恥ずかしげも無く掲げるものです。要は、儲かることをやりますという会社だということです。
普通に考えれば、これはビジネスとしておかしな話ではなくて、勝てる市場で勝っていくのは王道です。いかにうまく戦うかよりも、どの市場で戦うか、市場を選ぶことこそが経営者が行うべき最も重要な行為でしょう。ところが、儲かるかどうかよりも社会課題の解決を最優先でビジネスを立ち上げる人もいます。
NPOとかでこういうのはよくあるし、市場ニーズがないところで頑張ろうという話なので、その多くは失敗したりします。まぁ言ってみれば、よくある起業の失敗談です。でも、そんな中でも本当にうまくいってしまう人がいるんですね。
例えば、Apple復帰後のスティーブ・ジョブズは、まさに個人のコンピューティングを変革しました。iPhone登場前は、コンピュータというのは机に座って使うものでしたが、iPhoneとiPadがこれをユビキタスに変えたのです。ジョブズが、「この市場は儲かるから」と考えてiPhoneを投入したわけではないことに注意が必要です。どちらかというと、この市場は先行してきた各種プロダクトが死屍累々で、まだ存在していない市場でした。
イーロン・マスクが社長に就いてからのTeslaの躍進もすごいですね。プレミアムから入って普及価格帯に展開するというEVの普及戦略もさることながら、ビジョンがポイントです。マスクは以前から「人類を火星に移住させる」ことをビジョンとしており、そのためにSpaceXを創業しました。そして、火星移住前に気候変動で人類が滅びないように、EVを開発したり太陽光パネルの会社を買収したりしているというのです。その実現のためにはビジネスの成功が必要ですが、目的ではないということです。
抜けてる価値観:現在の仕組みをつつがなく回すこと
企業の事業上の決断には、このように「投資家利益」「従業員の自己実現」「世の中を良くする」の3つの観点がかかせません。これらは時間軸もあるので、いつどれを最も重視しているかは難しいところですが、どれが欠けても企業経営のバランスは悪くなると思っています。
さて、実はもう一つ抜けている価値観があります。それは現在の仕組みをつつがなく回すことというもの、オペレーションというものです。実は世の中の仕事の本当に多くは、このオペレーションです。これは投資家の利益にもならないし、従業員の自己実現にもならないし、社会の改善にもつながりませんが、なくてはならないものとして受け止められています。
単調で変化のない仕事だけど、これがなかったら仕事は回らない……。そういう仕事ですね。
念のためですが、こうしたオペレーションを改善し、例えばデジタル化して効率を上げたり、速度をアップさせたり、付加価値を付けるのは非常に重要な仕事です。ここで言っているのは、そうやって定められたオペレーションを実行することは、企業が果たすべき仕事じゃないだろうと考えているということです。
まぁわざわざいうまでもなく、そうした仕事は次々とアウトソーシングされてきたし、機械やアルゴリズムに代替されてきました。ただ、価値観として、こうした仕事は重要な仕事だと言われることが多く、仕事自体としてはリスペクトするものの、そのリスクペクトの仕方が、「自分はやりたくないけど、大して高い給料でもないのにやってくれてありがとう」みたいな雰囲気なのが、ちょっと不健全だと感じるわけです。
AIなど技術の進歩が、どんどんオペレーションを不要にしていくことでしょう。オペレーションよりイノベーションというわけです。
*1:FIREや専業投資家のように、肉体労働や頭脳労働のありなしではなく、自らの才覚で生活費を賄えるというのはは、ここでいう仕事をしているにあたると考えています。