ネットには「FIRE失敗談」があふれています。資産2億円あっても不幸、肩書きを失って自尊心ズタボロ、妻に疎まれ元部下に泣きつく……。読むたびに思うんです。「これ、書き方を変えたら全部そのまま成功譚になるよな」と。
というわけで、ぼく自身のFIRE生活を、あのマネー系メディアの文体で書いてみました。煽れるだけ煽ります。最後まで読んでみてください。
「一生遊んで暮らせる」と信じた男を待っていた、平日昼の“残酷な現実”

有名企業を45歳で辞め、資産2億円を手にFIREしたKさん(本記事の筆者)。送別会では「毎日が夏休みですね」と羨まれ、意気揚々と自由の身になった。だが、その高揚感が剥がれ落ちるのに、そう時間はかからなかった――。
FIRE4カ月目。Kさんはある恐ろしい事実に気づく。
「誰からも、連絡が、来ない」
現役時代、スマホは部下の報告と上司の相談で鳴りやまなかった。海外からのメールは深夜も届いた。それがいまや、通知はゼロ。画面は静まり返っている。誰もKさんを必要としていない――。
さらにKさんを打ちのめしたのは、役所の書類だった。職業欄。かつては誰もが知る企業名と「本部長」の三文字を書けた。それがいまは、震える手で書くしかない。
「無職」
輝かしいキャリアは、たった二文字に圧縮されていた。
家庭にも、暗い影が忍び寄っていた。日中に家にいる時間が増えたKさん。かつて仲が良かったはずの妻は、いつしかよそよそしくなっていた。パートと友人づきあいで忙しい妻にとって、一日じゅうソファに沈む夫は、戸惑いの対象でしかない。「あなた、今日もどこにも行かないの?」。その一言ににじむ、隠しきれない“何か”。(俺は、家にすら、居場所がないのか――)。
そして極めつけが、ある平日の昼下がりだった。近所のスーパーに立ち寄ったKさんは、ふと店内を見渡して足を止めた。買い物客は、年金暮らしらしき高齢者と、日中の主婦ばかり。現役時代のKさんなら、決して見ることのなかった時間帯の風景だ。そのなかで、割引シールの貼られた惣菜を吟味している、現役世代の男がひとり。ほかならぬ自分だった。
(俺は……もう、こっち側なのか)
レジに並びながら、Kさんは思わずスマホを伏せた。かつての同僚から、LINEが届いていたのだ。「今度の四半期、過去最高益だってさ!お前も戻ってこいよ(笑)」。第一線で戦い続ける男たちの、まぶしさ。それに引き換え自分は――。
そして迎えた、どんでん返し
……と、ここまでが「FIRE失敗記事」の書き方です。お疲れさまでした。では、種明かしをします。同じ2年間を、今度はぼくの言葉で書き直します。
「誰からも連絡が来ない」 そう、最高でしょう。深夜のメールも、部下の火消しも、上司の機嫌取りも、全部なくなった。通知ゼロというのは、ぼくの時間を1秒たりとも他人に差し押さえられていない、という意味です。あの鳴りやまないスマホは、自由の証じゃなくて、拘束の音だったんですよ。
「職業欄に無職と書く屈辱」 肩書きって、会社からの借り物です。返却しただけ。「本部長」は名刺の上でしか存在しない称号で、辞めた瞬間に消るものです。周りが見ていたのも、名前じゃなくて借り物の肩書だったのです。こんな記号を誇るどころか、無職のほうが誇れます。どうしてもいやなら、会社を作って「代表取締役社長」を名乗りましょう。
「妻に疎まれる」 これは、そもそも前提が間違っています。「FIRE=一日中家にいて、妻に煙たがられる濡れ落ち葉」という絵を、失敗記事が勝手に描いているだけ。ぼくはFIRE後もわりと外に出ているし、自分の書斎もある。四六時中顔を突き合わせる、なんて状況はそもそも起きていません。「会社を辞める=家に張り付く」は、読者を怖がらせるために用意された藁人形です。ぼくが降りたのは“仕事”からであって、家庭に立てこもったわけじゃない。自分の居場所も時間割も、辞める前より自由に組めています。
「平日昼のスーパーで割引惣菜」 名目より実質。定価で夜に買う会社員と、半額で昼に買う僕。得しているのはどっちですか。固定費を軽くして、オプション性を守る。混雑を避け、時間帯の歪みを攻略する。これはFIREの敗北の光景じゃなくて、ルールを攻略している人間の勝ちパターンです。
「過去最高益だから戻ってこい、というLINE」 会社が過去最高益で、ぼくの手取りは増えません。従業員の給料は「最高益」の関数じゃない。制度はインセンティブで読む――労働の対価は、会社の利益ではなく、あなたの交渉力と代替可能性で決まる。自分がオーナーなら過去最高益は嬉しい限りですが、従業員としては過去最高益を喜び過ぎでは?
結局、何が言いたいか
FIRE失敗記事の正体は、たいてい「不運」か「設計ミス」を「FIREのせい」にすり替える話です。配偶者の病気も、税と社保の見積もり漏れも、孤独への準備不足も、会社員だって普通に食らいます。むしろ収入の蛇口を握られていないぶん、FIRE側のほうが対処の自由度は高いのです。
そして忘れちゃいけないのが、ああいう記事を量産する媒体のインセンティブです。「FIRE最高、みんな自由になろう」より「FIRE地獄、辞めなきゃよかった」のほうが、圧倒的にPVが回る。嫉妬と安心が同時に売れるからです。憧れさせて煽り、怖がらせてまた煽る。両方で商売になる。
だからぼくは、失敗談を読むときはいつも一度ひっくり返してみます。「この“地獄”、書き手の立場を変えたら“天国”にならないか?」って。
たいてい、なります。FIRE、普通に最高ですよ。