「レールに乗った人生」という言葉は、世界共通なのでしょう。それは過去の成功者たちがたどってきたベストプラクティスであり、そのレールの先にある終着点は、人生の成功者だと思われています。
でもレールの分岐をうまく切り替えて、より遠くの終着点までつながっている急行列車に乗り換えるのは簡単ではありません。全員がよい列車に乗り換えられるわけでもなく、多くの人は各駅停車が走るレールに乗り続け、寂れた駅舎が終点だったりします。
この人生のレールは、全員が素晴らしいゴールにたどりつけるわけではないとわかっていても、多くの人が乗ろうとします。少なくともレールに沿っている限り、次の行き先ははっきりしています。大雨が降ろうと雷が鳴っていようと、そこにレールがあるのだから走るのは自分の責任ではありません。最悪、進むレールの先に人がいたとしても、その人を引いてしまうのは自分の責任ではなくて、レールがそこに引かれているからだとさえ人は思いがちです。
私はたびたび義務的な物事を追求して自分を見失っている人々に会う。
両親や教師を喜ばせるため、仕事に就くため、たくさんのお金を稼ぐためなどの目的で、彼らは自分で選んだのではなく、他者が用意した道を歩んできた。小学校時代からそれが始まった人もいる。大学時代から、あるいは最初の仕事について責任を負い始めた直後からそれが始まった人もいる。
当然彼らは、夢に見たものや自分がなりたかったものからかけ離れた場所へと連れられていく。自分には選択肢があったという事実を、見失ってしまうのだ。人生のどの時点になっても別のことをやる決心はできる。道を外れて世界と自分自身を少しばかり探求する決心をすることはできる。
多くの企業にはこの決められた道を表す言葉がある。それは”出世レール”とかただの”レール”とか呼ばれる。うまい例えだ。機関師はどの路線を走るか決められない。意思決定はレールを敷く人間と、走行中にポイントを制御する人間が行う。最近私はこの現象についてよく考え、ほとんどの人々が夢を追いかけないのは、努力が報われずに失敗することが怖いからではないかと気づいた。彼らは自分が切り開いた道で試されるよりも、無難に歩き通せることが分かってる道、あらかじめ決められた道を行く方が良いと信じている。
- 作者: カーティス・フェイス,飯尾博信+常盤洋二,楡井浩一
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2007/10/17
- メディア: 単行本
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この『伝説のトレーダー集団 タートル流投資の魔術』は、成功したトレーダーの弟子に入った新米トレーダーが、その極意を記した本です。
でも、その最終章に書かれている人生訓は、あれ? そのレールを敷いているのは誰だっけ? ということに気づかせてくれます。どんなにうまくレールの上を走っても、行き着く先の選択肢は限られています。レールの先にある人生は想像がついても、レールの敷かれていない人生がどんなであるかは、無意識に想像するのを避けています。
自分の人生に責任を持てる人間ならば、自らの人生のレールは自分で敷くべきです。他人のレールに乗るのは、その責任を他人に押し付けることだけはできますが、それだけです。
セミリタイアするというのは、自らこのレールから降りることを選択することでもあります。
彼らは気づかないうちにレールに乗る。そしていったん乗ってしまうと、そこから外れるには意識的な努力を必要とする。そうしない限り、彼らはレールの導くまま終点にたどり着き、そこはおそらく行きたかった場所ではないのだ。意識的にレールに乗るわけではないので、夢から遠く離れてしまうまで、自分がどこにいるのかさえ気づかないかもしれない。