伝統的な日本の大企業の経営者と話をしていると、業績の話の中で、ポロリと本音が漏れることがあります。「でも、海外移転はしない。この場所の経済を守ることが大事」。なるほどと思うこともあれば、その矛盾を感じることもあります。
企業にとってのステークホルダーとは何か?
企業にとってのステークホルダーとは何でしょうか。米国を筆頭とする、純株主資本主義の観点では何はともあれ「株主」です。企業の経営者は、株主のために(短期・中長期ともに)利益を稼ぐのが役割で、法律を遵守するなどのルールを守ることを除けば、それ以外に目を向けるのは、株主からの委任に反することになります。
本日の日経新聞によると3メガ、三井住友トラスト、りそなの5大銀行グループの20年3月期の連結最終利益トータルは、予想でたったの2兆4100億円だという。異次元緩和の長短金利差のせい(続)。https://t.co/uqDbQfX3QZ
— 藤巻健史 (@fujimaki_takesi) November 15, 2019
だから米国企業の経営者は、他企業からのM&A提案なども、それが株主価値の向上につながると判断できるなら、平気で身売りします。内心は別の思いもあるのかもしれませんが、それが株主から経営を委任された責任だからです。
じゃあ従業員を大事にしなくていいのか。いや、企業の長期的な発展=株主価値の向上 を考えた場合、従業員が意欲的に安心して働くことは重要です。また、そうした会社だからこそ、優秀な人材があつまってきます。
でも、「株主も大事だけど従業員も大事」などと言い出すと、話が逆になります。あくまで株主のために利益を生み出す、そのために従業員が大事だという流れでしょう。
そうはいかない日本の事情
と、まぁ株主資本主義を語っても、こと日本においてはそう簡単ではありません。日本において、企業というのはまだまだ共同体的組織であり、構成メンバーを守る機能が求められているからです。
例えば雇用の確保は、日本においては政府ではなく企業が担うべきものとなっています。これは鶏卵ですが、労働市場の流動性はまだまだ低く、ある企業を辞めたら、同条件で他の企業に移ることは容易ではありません。だからこそ、従業員も「世界で最も職場への満足度が低い国」と言われながらも、現在の職場にしがみつきます。
解雇規制もそれを後押しします。解雇されたら再就職は難しいのですが、なぜかというとその人材を受け入れる余地が、企業側にないからです。それは解雇規制のために、不必要な人材も社内に置いておくしかなく、いわゆる窓際族が席を守っているためです。
政府も、徐々に米国流の株主資本主義を導入しつつ、それでも企業に定年延長を求めるなど、雇用の確保は企業の責任といわんばかりの態度です。
そもそも米国流にいえば、定年という制度自体が年齢差別であり、同一労働同一賃金の原則に反するもものでしょう。
じゃあ従業員を大事にしているかというと、大事にしているのは正社員だけ
では、冒頭のような企業は、株主の利益よりも従業員を大事にしているのでしょうか。これはある一面ではイエス、別の面ではノーです。ここで企業がいう「従業員」とは、正社員のことだけを指すからです。
そう、業績が厳しく、最低限の株主利益も守れなくなったとき、こうした企業が何をするかというと、期間工や派遣社員、契約社員など、いわゆる非正規雇用のクビを切るのです。そうした行動で、正社員という彼らが考える唯一の従業員を大事にしているわけです。
そして、こうした判断をする経営陣にとって、最も重要な従業員は、現場の優秀な正社員ではなく、自分たちのことを指します。いわゆる保身です。株主のためを向いた経営陣ではなく、従業員代表としての、最高位の従業員という立場が、日本の多くの経営陣ですから、「従業員を守る」という言葉は、自分たちの保身を最優先するということと同じ意味になるわけです。
しばしばいわれることですが、こうした流れの中で、企業に守られる従業員である正社員と、株主利益のための調整弁となる非正規という、ダブルスタンダードが生まれてきたわけです。