『ファイナンス理論全史』を読みました。「ランダムウォーク理論」から始まり、「モダンポートフォリオ理論」「CAPM」「効率的市場仮説」と続き、「VaR」そして「行動経済学」まで280ページで簡潔に網羅する良書でした。
第1章 ランダムウォーク理論
株価は、割安だと思っている人が買い、割高だと思っている人が売る、その均衡する価格に落ち着きます。だから、その後、株価が変動するとしても、それはランダムな動きになるというのがランダムウォーク理論です。
といっても、これは過去の株価変動がだいたいそうなっているという意味で受け入れられていったものです。ではなぜランダムになるという理論的な背景が、「効率的市場仮説」です。
株価が正しい価格に落ち着くには、買う人も売る人も同じ情報を得て、同じように妥当だと思う価格で取引をするはずです。本当に同じ情報を得て、皆合理的に判断しているという前提で「効率的市場仮説」は成り立ちます。
では、本当に同じ情報を得ているのか? というと、理論でもそうは考えられていません。発案者のユージン・ファーマも、3つのタイプを提唱しています。
- 現在の価格には、過去の価格情報が織り込まれている「ウィーク」
- 現在の価格には、公開情報がすべて織り込まれている「セミストロング」
- 現在の価格には、インサイダーを含めたすべての情報が織り込まれている「ストロング」
「ウィーク」が正しいならチャート分析は意味をなさない、「セミストロング」が正しいなら財務諸表を分析するファンダメンタルズ分析は意味をなさない、と言われています。「ストロング」型まで含めて市場が効率的だと考える人はほとんどいません。
体感的には(これこそ錯覚かもしれませんが)、セミストロングとストロングの間が実情かとぼく自身は感じています。世間でインサイダー取引による逮捕者がたびたび出ますが、これは氷山の一角。インサイダー取引は意外と発覚しにくい犯罪であり、インサイダー情報に基づく取引は一定量存在しているのではないかと思うからです。
また、セミストロング状態になるには、誰かが公開情報をしっかり分析して取引しなくてはなりませんが、小型株についてはアナリストのフォローが今ひとつというのも感じています。なので、セミストロングにも達していないアノマリーが、小型株にはありそうだとも思っています。
第2章 モダンポートフォリオ理論
効率的市場仮説が正しいなら、リターンはリスクに比例するはずで、銘柄をいくら選別しても有利な取引はできなくなります。ただし、互いに相関の低い銘柄を組み合わせることで、リターンはそのままでリスクを下げることができるというのが、モダンポートフォリオ理論です。この最適な組み合わせを、効率的フロンティアと呼びます。
例えば、利回り4%でリスク(ボラティリティ)が10%の株が2種類あったとします。もしこの2つの株の株価が完全に逆相関していたら、片方が上昇するときは同じだけもう片方が下がるということになります。つまり、株価の上下は打ち消し合い、リスク(ボラティリティ)は消滅。利回りの4%だけが残ります。逆相関はこのような効果をもたらします。
実はFXによる異業者アーブはまさにこの形です。特定の通貨の売りと買いを組み合わせると、為替変動によるリスクは完全に打ち消し合い、リスクはゼロになります。一方で、片方が利回り3%、もう片方がが利回りマイナス2%なら、差し引きで利回り1%。これをノーリスクで手に入れられます。
本書では、とはいっても市場は効率的ではない部分があり、継続的に存在する歪みから利益を得られる可能性があることに言及しています。この歪みをアノマリーといい、アノマリーから得られる市場平均を超えた利益を、市場平均をβと呼ぶことにちなみ、αと呼びます。
アノマリーの有名な例として、4ファクターモデルがあります。
株式の期待リターンは、(1)CAPMが予測する市場ポートフォリオのリスクプレミアムから生まれるものに加えて、(2)小型株効果(3)割安株効果からもたらされるとしたものだ。期待リターンの水準を決定する要因が3つあるので、これをファーマ=フレンチの3ファクターモデルと言う。
これにモメンタム効果を加えたものが、4ファクターモデルとなります。
第3章 VaR
第3章はVaRです。バリュー・アット・リスク、通称「バー」と呼ばれます。これはその投資における最大損失額を計算するもので、通常は将来株価の確率分布から、最悪の1%の可能性を切り捨てて、99%時の最大損失額を計算します。
株価が正規分布するとしたら、3シグマ内に99.7%が収まるので、3シグマちょっと手前くらいの株価をもって最大損失額とみなすという感じでしょうか。この場合「信頼区間99%のVaR」と呼ぶそうです。
VaRについての記載で面白かったのは、これが経営としてのリスク管理に使われるという点です。VaRは資本を毀損する可能性であり、まさに資本をリスクにさらして利益を得ているということだからです。例えば、1億円の想定リターンとなる投資があったとして、そのVaRが20億円だとします。別の投資では5000万円の想定リターンだがVaRは1億円だったとします。この2つの投資の優劣は、想定リターンの額ではなく、VaRで割ったもので収益性を考えなければいけないということです。この考え方を経済資本管理と呼びます。
「リスク」というと、いかにリスクを減らすかという守りの姿勢ばかりで語られることが、日本企業では多いように感じます。一方で、VaRのこの考え方は、リターンはリスクに対する対価であり、限られた資源である資本を、どのリスクにどのくらいさらすかでリターンの水準が決まるとします。
よく、「リスクを取らなければリターンはない」という言い方をしますが、VaRによって初めてリスクというものが数値化され、経営に生かせるようになったというわけです。
第4章 ブラックスワン
VaRの計算にせよ、オプション価格の算出にせよ、「計算がしやすい」という観点で正規分布が株価の確率分布として使われることが多いわけですが、誰もが実際の株価の分布は正規分布とは違うことを理解しています。単に、計算が容易だから使っているわけです。
ではどのように違うのか。ここでは、現実の市場から浮かび上がる分布のパターンを紹介しています。実際の株価分布は、正規分布と比べて、下記の点が異なるとしています。
※本書 p130より
- 価格があまり大きく動かない頻度が高い
- それによりも少し大きな価格変動が起きる頻度が小さい
- 平均から大きく離れた極端な価格変動の頻度が高い
(1)と(2)は、投資家のマインドから生まれるアノマリーの1つ、リターンリバーサル効果の発現を表しています。株価が上がると割高に感じて売りが増えるので株価が下がる、逆に株価が下がると割安に感じて買いが増え、株価が上がります。これによって、株価の変動が抑えられるために、正規分布よりも変動が小さくなるようなのです。いわば負のフィードバックです。
一方で、株価が下がれば売りが誘発され、さらに株価が下がるという正のフィードバックによって発生するのが(3)です。実際、株価が下がるとともにボラティリティが上昇すればVaRによる最大損失額も拡大するため、リスクを取り過ぎと判断されてポジションを解消、つまり売ることになり、さらに株価が下がることになります。信用取引でも、株価が下落すると信用買いをしている人は追証が発生し、やむにやまれず売って損失を確定せざるを得なくなります。こうした形で、極端な変動は正規分布から想定される頻度を超えて発生するのではないかというのです。これをファットテールといいます。
第5章 行動経済学
効率的市場仮説では、得られた情報に基づいて「合理的に妥当だと思う価格で取引」することを前提にしています。しかし、人間は全然合理的じゃないよね、ということをさまざまな非合理性の例を挙げて説明したのが行動経済学です。
行動経済学の第一人者、カーネマンの著書については、下記の記事でも言及しました。
行動経済学の心理の例としてバンドワゴン効果があります。これは、みんなが話しているブームの出来事に自分も乗っかるというものです。中身を調べることも分析もあまりしません。2017年の仮想通貨ブームに乗って購入した人がまさにこれでしょう。
このバンドワゴン効果によって、簡単にバブルは発生します。そしてこれは全然合理的ではありません。
バブルは欲望の連鎖が引き起こす。クラッシュは恐怖の連鎖が引き起こす。恐怖は欲望よりも波及するスピードが速い。一気に広まってパニックが生じやすいのだ。だから、バブルは時間をかけて形成されるが、クラッシュは比較的短い時間で一気に起きる。
第6章 アノマリーとヘッジファンド
最終章では、アノマリーをいくつか紹介しています。
- 銘柄選択 小型株効果や割安株効果など
- リスクプレミアム バブル期にはリスクプレミアムは縮小するが、暴落期には豊富に存在する
- トレンドフォローまたはコントラリアン 平穏相場ではコントラリアン(リターンリバーサル)、大きく相場が動いたときはトレンドフォロワー
- 非対称の収益機会 政府の意向などで歪められた市場では利益と損失の関係が非対称になっている場合がある(ソロスのポンド戦など)
- アービトラージ 市場が効率的になるには、誰かが価格の歪みを直さなくてはいけない。この価格の歪みを正す行為がアービトラージで、僅かだが収益が得られる
全体として、280ページという少ない枚数で、ファイナンスの歴史と考え方をうまくまとめた良書でした。入門書としてもおすすめです。