人は、これまで費やしてきたものを大事に考え、それがうまくいく見通しがなくても「せっかくこれだけの時間やお金をつぎ込んできたんだから」と思う傾向があります。これをサンクコスト(埋没費用)といいます。
事業ではよくいいますね。10億円費やしたものの黒字転換の見通しがない事業。この事業を判断するときに「10億も費やしたのだからなんとか形にしたい」と思いがちです。なんとしても諦めないという気持ちも事業の成功には重要です。一方で、本当はこれまでの10億円はもう使ってしまったものなのです。未来のことを考えると、この事業を形にするほうが成功確率やリターンが大きか、それともほかの事業にカネや時間を費やしたほうがいいかという観点で考えなくてはいけません。
実は人生も似たようなものです。自分のキャリアの中で、10年間をある道に費やしたとします。それがうまく行っていたとしてもしくじっていたとしても、「せっかく10年も続けたのだから」と考えるのではなく、この先何かをするとしたら、今の延長でやるのがよいか、別の道のほうがよいかと自問するのが正しいでしょう。
もし間違った道ーー望まない場所へと続くレールーーを進んでいることに気づいたら、埋没費用効果に関する考察を思い出して欲しい。好きでもないキャリアにどれほど時間をかけたか、うまくいかないとわかってる関係にどれほどお金を費やしたかを気に病んではいけない。現実から逃げることの誤りを、トレーダーは心得ている
- 作者: カーティス・フェイス,飯尾博信+常盤洋二,楡井浩一
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2007/10/17
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投資では、損切の重要性という形で、このサンクコストについて戒めています。現時点で含み損があっても含み益があっても、このカネを引き続きここに投資するのがよいか、別のなにかに投資するほうが成果が上がりやすいかで判断しなくてはなりません。
投資はカネという、さまざまなものに変換しやすいものを扱っています。だからこそ、ドライにサンクコストを判断できるはずです。それでも過去の判断に引きずられてしまうのですから、人間の心は弱いものです。
cis氏の著書に、損切りについて書いた箇所がありました。損切りした直後に上昇しだしたらまた買うというのです。そして再び下がりだしたらまた損切りすると。個別の売買で「自分は間違っていた」を何度も繰り返し、自分の過ちを認めることができるかどうか。
買った株が下がり損切りしたとして、そのあと損切りをあざ笑うかのように上がりだしたとき、上昇株として買うことができるかどうか? ここも大きなポイントになる。
まず、損切りする時点で自分の敗北を認めることになる。買ったのは間違いだったと認めて撤退するわけだ。そのあとで自分が売った値段よりも高い値段で再び買おうというのは「損切りも間違っていた」と、二重に間違いを認めることになる。
なぜサンクコストに拘泥してしまうかというと、自分の過ちを認められないからです。それができることが、投資でも人生でも大事なのでしょう。
ちなみに、心理学の世界には「認知的不協和」という概念があります。自分が何かを決定したときに、それを正当化しようという心の働きをいいます。ある株を買ったら、その株の良いところばかりが目に入り、買ったことを正当化します。そのため売ることはたいへんしんどいのです。
さらにそこを押し切って損切りするということは、心としては「これを売るのはもうダメな株だからだ」と自分を納得させているわけです。ここから、さらにこの株を買うというのは人間の心に逆らっているわけです。これができるcis氏はすごい。
ただ、株式の売買を人生でたいへん重要な、汗水たらして稼いだカネを使って投資するんだ、と考えるから心を納得させる必要があるともいえます。単なる株ゲームならば、理屈があっていれば理屈どおりにできるはずです。cis氏にとっては、トレードはゲームだということです。ゲームだと思うことで、心のブレーキを無視できるのでしょう。