「会社員は歯車」。解釈にはいろいろありますが、独立したりセミリタイアする人はよくこんな表現を使います。これってどんなニュアンスなのでしょう?
歯車の3つの役割 特定のファンクションを担う
この歯車には3つの意味合いがあります。
1つは、特定のファンクション(機能)を担うというものです。そこには、専門性が高いというニュアンスが含まれています。
専門性が高いというのは、裏を返せば全体は分からないということになります。会社員であれば、会社全体が何をやっているかは分からないが、自分の仕事の領域についてはよく分かっているという状態です。全体がわからない仕事はつまらなくて、なぜこの仕事をやっているのかわからないけど、ここが自分の仕事だからやっている。こんな点に不満を抱く人も多いでしょう。
中には「出世すればより広い視点で仕事ができる」と思う人もいると思います。でも小さな会社から大きな会社まで、現場から経営層まで務めた経験でいうと、これは仕事の領域が変わるだけなんですね。管理職から上にいくと、今度は現場の仕事がどんどん分からなくなります。中には、自分が現場の時の経験を元に、「こうしろ」「あーしろ」と口を出す管理職もいますが、これは現場からすると「それはもう古いんだよ!」ということになりがちです。
事業方針を決めるような立場になっても、今度は大枠は決めらるけど細部は任せるしかなくなります。すべて自分の思うようにできるわけではなく、「方針決め」というファンクションに変わっただけです。経営トップになってもそれは変わりません。中間管理職は思ったように動いてくれない、株主は知らないくせにいろいろと言う。単なる上位の中間管理職ですね。
出世すれば、もちろん扱える金額も大きくなりますし、大規模な事業を推進できます。個人では絶対ムリな膨大な投資が可能な事業に取り組めるのは最大のメリットでしょう。ただし、仕事の内容はというと、ふんわりした意思決定と、どうやって部下に頑張ってもらうかという管理がほとんどになります。
歯車の3つの役割 交換可能である
2つ目の意味あいは、この歯車は交換可能だということです。自分がいなくなっても誰かが代わりを務める。組織というのはそうなるように作られます。それは社長であっても同じです。
逆に、この人がいないと回らないというような会社は、まだ組織的に未成熟だといえます。または、その人が業務の標準化や部下の育成を意図的にサボっているということです。能力の高低はあっても、常に代わりとなる人を育てて用意しておくことが、組織人には重要だからです。
「自分なんかいなくてもこの会社は動いていく」。こう思うと一抹の寂しさを感じる人が多いでしょう。ただし、違った視点で見ると、それが転職しやすいことも意味していることが分かります。
みんな仲間という家族的経営の良さもありますが、誰かを失っても外部から人を入れて交換できないという問題もあります。すべての社員はファンクションであり、交換可能な組織を作ることが、企業にとっては大きな強みになるのです。
日本でもかなり転職市場は整ってきていて、40代以降のシニアでも転職が比較的容易にできるようになってきました。唯一残っているのは社長など経営者ですね。日本でもプロ経営者という言葉が聞かれるようになりましたが、未だに創業者=社長であり、会社は社長のもの、みたいなイメージが普通です。経営者として優れた人材を、外部の市場も含めて探すというより、自分の子息や社内で育成した後継者に譲るというのが日本の会社の現状でしょう。
会社の歯車で、交換可能だということは、この会社が自分に合わなくなったら、いつでも別の会社の歯車として働けるということでもあるのです。
歯車の3つの役割 他の歯車とつながる
3つ目は、他の歯車と噛み合っている不自由さです。別の歯車からの出力を受け取り、また別の歯車に受け渡すというカミ合わせがされていて、自由に変えられません。相性のいい歯車と噛み合うこともあるでしょうし、こちらに負担ばかりかけてくる歯車もあるでしょう。
全体で一つの大きな機械になっていて、ほかと連携して動かざるを得ないというイメージですね。だから、休みを取ろうと思ってもそれが他の歯車に影響すると感じれば休みにくいし、違う仕事をしたくても「今の仕事の代わりが見つかるまで残ってくれ」と言われれば、それが道理のように感じるわけです。
本当に交換可能な歯車ならば、各歯車は契約内容の範囲で自由に動けばよくて、歯車不調時にどうするかは管理職が考えるべきところのはずですが、実態は歯車の良心に訴えて「なんとかしてくれ」となっているんですね。
これらは確かに不自由ではありますが、人は誰かと関わりながら生きていく存在なので、まったく噛み合わない、空回りする歯車というのもさみしいものです。
小さな組織は幸せか?
これら歯車の特徴は、組織が大規模になるほど顕著です。10人程度の小規模な組織ならば、経営トップが現場の仕事のやり方まで口を出すことも可能です。いや、この規模なら口を出さなければ回らないでしょうし、口を出さずに回るほどの優秀な人材を獲得できていれば幸せだといえます。
すべての物事を自分で決められる。それが小さな組織の魅力です。一方で、自分の能力以上のことはできませんし、分化されない業務はパフォーマンスを大きく落とします。リカードの比較優位の話ですね。
パフォーマンスが落ちるということは、付加価値が下がるということで、つまりは利益が小さくなり、給料も低くなります。大企業が継続して高い利益を上げられるのは、高度に専門分化した組織のおかげでもあるのです。
歯車の嫌なところもありますが、いいところもあります。その証拠に、組織がしっかりした大企業に入りたいと思う人は多いですよね。一方で、たとえ生産性が下がっても、全体像を自分で把握して、自分でなければできない仕事をこなし、どんな人と仕事をするのかを自分で選びたい、という人が大きな組織を飛び出すわけです。