FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

デフレの何が問題なのか『物価とは何か』

前回、書籍『物価とは何か』を読み解きながら、「インフレの何が問題なのか」について考察してみました。今回はその続き、「デフレの何が問題なのか」です。インフレは、ハイパーインフレのもろもろが喧伝されるように、その問題はわかりやすいですね。ところが、デフレのほうは、けっこう分かりにくいのです。

デフレで何が困るのか

経済において2%程度のインフレは望ましいとされていて、このくらいが丁度いいというのが(なぜ2%なのかの理論的な説明はないけど)、肌感覚のようです。ではデフレはどうかというと、実務者の間でもよくわからないようです。

 

インフレやデフレになると社会と経済がどんなふうに混乱するかはよく理解しています。ですが日本のデフレは、消費者物価指数(CPI)が毎年1−2%下がる程度の穏やかなデフレです。この程度のデフレであれば、何も困ることはないのではないかというのが、彼らの質問の意図でした。

 

なるほど確かに生活者の実感を思い出しても、デフレで家計が困ったという話はほとんど聞きません。デフレは経済(成長)にとって問題だから脱却しなくてはならない、という話はあっても、デフレは家計にとって問題だから……という話はほとんどないのです。

 

著者いわく、こうした1〜2%程度のデフレの何が問題なのかは、超難問なんだそうです。

ステルス値上げに消費者は気づいているのか

そこで著者は、特に日本で起きているデフレの何が問題なのかの解き明かしを行います。デフレ化では、消費者はモノの値段が上がることを非常に警戒します。それはそうです。給料を含め、モノの値段が上がらないんのがデフレ。そんな中、値上げされるものがあったら、消費者はそれを避けるようになります。

 

そんな中、起きていたのはステルス値上げでした。料金は据え置きで、中身だけが少なくなる、そんな形の値上げです。2017年、まだコロナ禍もなくウクライナ侵攻も起きておらず、インフレの芽なんてなかった頃の話です。

SNSを見ると、小型化は消費者を騙すためのものであるかようなニュアンスの投稿が目につきます。ですが、本当に企業は消費者を騙そうとしているのでしょうか。そして、その思惑どおりに消費者は騙されているのでしょうか。

そうそう。これは気になりますよね。値段が同じでも中身が小さくなれば、消費者は気づくでしょう。と、ぼくなんかは思いますが、それともそうでもないのでしょうか。

 

筆者らは、2万件におよぶ商品の世代交代前後の事例POSデータを用いて、分析しました。その購買行動に応じて、消費者1〜3に分類したのです。

  • 消費者1 小型化に気づいていない
  • 消費者2 気づき、購入量をへらす ただ購入量を減らしすぎている
  • 消費者3 気づき、容量減を考慮しながら購入

1はいってみれば無頓着な消費者、2は値上げされたことには気づいているものの、容量が減っていることを考慮せずに購買量を減らしたために使い切るまでの時間が短くなってしまった消費者です。3は最も賢い消費者といえます。

 

これを分析すると、1,2,3の割合が1:2:1となり、つまり小型化に気づいていない消費者は25%しかいないことが分かりました。

ほとんどの消費者は実質値上げを見抜いていたということを意味しています。米国人を対象にした類似の研究では、消費者は小型化に気づかないという結果が報告されており、日米で消費者の注意深さが大きく異ることがわかります。

ではなぜ小型化するのか?

つまり、75%の消費者はステルス値上げに気づいているのです。そしてメーカーもバカではないので、ほとんどの消費者が騙されてはいないことを理解しながら、ステルス値上げを行っていたわけです。

 

どうせ騙せないのなら、なぜ素直に値上げしないのでしょうか? ここに課題がありました。

経営者が答えた減量の目的は明快で、コスト削減でした。(略)本来であれば減量の上昇を製品価格に転嫁すべきという理屈は、経営者も当然わかっています。しかし、少しでも値上げをすると顧客が逃げてしまうのではないかと彼らは恐れています。(略)ここはやはり耐えて価格を据え置くべきだという結論になってしまうのです。とはいえ、生産工程の無駄はすでに徹底して省いているので、これ以上の合理化は不可能です。残る手立ては商品のサイズを小さくすることくらいしかない――こうして、価格は変えない、しかし商品は減量するというところに行き着いたわけです。

「少しでも値上げをすると顧客が逃げてしまうのではないか」。これを過剰反応だと見ることはできません。競合がいて、競合が値上げをしない状況では、自社だけ値上げすると確実に売上を落としてしまうのです。

 

下記は著者が分析した鳥貴族の客単価と客数の変化です。17年秋に業界に先立って値上げを行った鳥貴族は、単価の上昇以上に客数が減少しました。つまり、値上げは大失敗だったわけです。

価格を変えずに減量するための開発

値上げはできない。しかしコストは削減しなくてはならない。そこでステルス値上げを選択せざるを得ないわけですが、これは簡単かといえば、そんなことはありません。

 

著者は、ステルス値上げに必死に開発に取り組む技術者を紹介するテレビ番組を見て、異様だと感じたといいます。

これは異様な光景だと感じました。原価の上昇分を価格に転嫁するというのは、通常の社会であれば、フェアな行為です。(略)しかし価格据え置きが常態化し、消費者もそれが当然と考える社会では、フェアな転嫁も許されず、その結果は、深夜の「商品開発」が行われているのです。しかも、その「商品開発」は、消費者が決して喜ぶことのない類のものです。それどころかSNSは消費者の怒りで満ちています。表面価格の引上げも小型化も、どちらも消費者を怒らせるのです。

 

価格据え置きの常態化は、現場の技術者から前向きな商品開発に取り組む機会を奪うかたちで、社会に歪みを生んでいる。これが著者が考える、デフレの問題でした。

 

FRB議長のグリーンスパンは、このことを別の言い方で表現しています。

 

デフレが社会に定着すると、少しの値上げでも顧客が逃げてしまうのではと企業は恐れるようになり、原価が上昇しても企業は価格に転嫁できないという状況が生まれる――これが価格支配力の喪失であるとグリーンスパンは説きました。そして、価格支配力を失った企業は前に進む活力を失ってしまうと訴えたのです。

 

デフレ下において、日本企業は国際的な競争力を失ったとしばしば言われます。そして、特にそうなったのは、海外で勝負している企業ではなく、国内向けに商品やサービスをを提供している企業でした。そういった企業は、デフレが定着する中で値上げができず、つまり付加価値を付ける方向の商品開発ができず、コストカットのための「ステルス値上げ」のような商品開発ばかりやることになってしまったのです。

 

ミクロで考えれば、後ろ向きの経営(コストカット)はその企業の利益を改善させます。しかし、それはその他の企業の売上を犠牲にしてはじめて成り立つものです。誰もが同時に後ろ向きに転じるとなると、お互いにコストを押し付けあうことになり、誰も救われないという事態になります。経済学で「合成の誤謬」と呼ばれるものです。

 

この「合成の誤謬」が起きた結果、各所でコストカットばかりが進み、そのことがさらにデフレを推し進めました。一見、消費者のお財布に優しいように見えるデフレですが、それが定着することで、企業は前向きな活力を失ってしまったのです。

 

 

www.kuzyofire.com

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