世の中には「原価厨」という人たちがいます。何かの値段を評価するときに、その“原価”に着目して、原価に少し利益が乗ったくらいの価格なら適正、原価を大きく超える価格なら”ぼったくり”認定するような人たちです。
- iPhoneの原価は意外に安い?
- 物販なら原価率は気になるのか?
- 原価30万円の不動産を380万円で売るのはぼったくり?
- 販売者視点ではなく購入者視点で考える
- 株を買うときに、売り主の仕入れ価格を気にしますか?
iPhoneの原価は意外に安い?
みんな原価が好きですよね。下の記事のタイトルが意味するのは「原価がこんなに安くてAppleはぼったくり!」というニュアンスです。「え!? iPhoneの中身ってそんなに安いの? 騙されてた!」と感じる人が多いということでしょう。
原価厨に対してAppleの立場で反論するのは簡単です。iPhoneというのは部品の寄せ集めではありません。デザインにもコストがかかっていますし、材料を加工するのだって独自の機械を開発したりしています。そして何よりも、iPhoneの価値はそのソフトウェアとアプリケーションのエコシステムにあるのであり、それは原価には含まれていないのです。
レストランの原価も同じ理屈になります。飲食店の原価率(材料費の売上に対する比率)は30%程度だといわれています。しかしレストランの価値は、材料にあるのではありません。シェフが腕を振るう調理と、最高の雰囲気で食事を楽しめるロケーションにあります。原価率の高い食事がしたければ、スーパーで食材を買って自分で調理して自宅で食べればいいのです。
物販なら原価率は気になるのか?
iPhoneやレストランの原価率は、その価値を測るのに適したものではないと直観的にもわかります。では、物販ではどうでしょうか? 物販ではだいたい仕入れ原価率は60%くらいといわれます。
では利益が40%なのかというとそんなことはなくて、倉庫や店舗やECのオペレーションのコストが当然かかりますし、販促も必要です。そしてすべてが想定価格で売れるとは限りません。売れ残ったものは原価割れで処分するしかないかもしれません。そうした販売ロスのリスクも含めて設定された原価率です。
ちなみに売れなければ返品できるビジネスモデルである書店は、仕入れ原価率が75〜80%程度だといわれます。そのため、今度は万引きによるダメージが大きくなります。1冊万引きされた損害をカバーするには10冊売らないとうけないというのは、これが理由です。
このように内訳を見ると、物販の仕入れ原価率が60%程度なのはぼったくりに見えるでしょうか?
原価30万円の不動産を380万円で売るのはぼったくり?
ではもっと画一化された、保管コストも売れ残りリスクもないような商品ではどうでしょうか。例えば、不動産です。
ある人が次のようにTweetしていました。
380万円で不動産屋から買った物件、30万円で売主さんから仕入れていたことが判明。ご近所さんと仲良くなってわかった。ショックすぎる。
不動産業にリスクがないとか運営コストがないとはいいませんが、不動産が安定した商品なのは事実です。腐ることも流行遅れになることもありませんし、短期間で利用価値が変化することもありません。
では原価30万円の不動産を380万円で売るのはぼったくりなのでしょうか?
販売者視点ではなく購入者視点で考える
ここまで、原価厨に対する反論として販売者側の理由を挙げてきました。やれ、ソフトウエアに価値がある、調理に価値がある、販促にコストがかかる、売れ残りリスクがあるなどなど。
でも今度は見方を大転換して、購入者側の視点で見てみましょう。この不動産の場合は、購入者側の立場で見るとクリアになるからです。
不動産を買うときの理由は、自分で住むか賃貸事業に出すかでしょうか。自分で住むなら、求める立地、広さ、設備、安全性などに対して適切な価格なら、それは妥当といえます。賃貸用に買うにしても、表面利回りとか、借り入れ金利をNOIから引いたスプレッドが妥当なら、その価格は妥当といえます。
ここには売り主の仕入れ値がいくらであるかは、自分の意思決定に関係ありません。つまり、不動産に関しては、販売者がいくらで仕入れたかであーだこーだ言うのは、原価厨の罠にハマっているわけです。
株を買うときに、売り主の仕入れ価格を気にしますか?
この例でまだ分からなければ、株式についても考えてみましょう。NVIDIAの株式を、400ドルで買おうと考えています。AI銘柄だし業績は順調に伸びているし、競合らしい競合のいない独占的なポジションにいまいるからです。取引所で400ドル購入の指値を出しました。
これに対してBさんが応札を考えています。自分の持っているNVIDIA株を売ろうかなと考えているのです。実はNVIDIAの先行きが不透明な4年前に買った株で、仕入れ価格は50ドルでした。
さてさて、50ドルで買ったNVIDIA株を400ドルで買うのはぼったくられているのでしょうか?
「そうそう!そんなのは超ぼったくりだ。50ドルで買ったのなら、利益を乗せるにしても60ドルがいいところ。400ドルで売るなんて悪どい!」。そう思う人だけが、真の原価厨だと、ぼくは思うわけです。