『ビットコイン・スタンダード』という本があります。仮想通貨の人というより、古典派経済学(いわゆるオーストリア学派)の経済学者、サイファディーン・アモウズ氏が執筆した本です。
この本、読み進めると目を見開きます。次々と、ビットコインについてこれから起こることが書いてあるではないですか! これはビットコインの予言の書だと思うわけです。どんなことが書いてあるか、抜き出してみましょう。
- ビットコインはなぜ価格変動が大きいのか
- ビットコインは国際送金の代替にはならない
- ビットコインが準備通貨になる
- ビットコインは変えられないのか?
- ビットコインはスケールできない?
- ビットコインは犯罪に使われる?
- 2018年に本書が書かれたことの驚き
ビットコインはなぜ価格変動が大きいのか
ビットコインは様々な金融資産や法定通貨に比べて価格変動が大きなことで知られます。これをもって「投機的だ!」みたいにいう人もいますが、それは短絡的だといえるでしょう。
本書ではビットコインの価格変動が大きい理由を次のように説明しています。
ビットコイン価格の変動が大きい理流は需要変動に応じて供給量を柔軟に変えることができないことである。前述のように総供給量と供給スケジュールはプログラムにハードコーディングされており変更できない。
どういうことか。通常の商品は、需要が増えれば増産するし、需要が減れば減産します。これは需要と供給を一致させ、つまり価格変動を抑えることにつながります。
法定通貨も同様で、中央銀行は自国通貨の購買力安定を目的に、価格変動を抑制するように通貨政策を変更します。これがある程度の安定につながっているのです。ところが、ビットコインは需要と無関係に供給がなされます。だから価格変動が大きくなるのです。
ただこれは一時的な状態だと著者は主張します。
(ビットコインの)市場規模が拡大して流動性が高まれば、日々の需要変動は縮小し、マーケットメーカーは変動をヘッジして価格安定に寄与することで収益を得られるようになる。
(略)将来、ビットコインネットワークが十分な規模に達すれば、ビットコイン流入量と流出量が均衡して価格は安定するだろう。
(略)
しかし、ビットコインの普及過程では、価格上昇に釣られた投機家の参入で価格がさらに上昇することが予想されるため、価格が安定するのはまだ先だ。
(略)
ビットコインが成長期から安定期に移行して初めて、リスク選好の高い投機資金の流入が減り、時間とともに価値が逓増する金融資産になれる。
ビットコインは国際送金の代替にはならない
リップル(XRP)のように国際送金の代替を目指したクリプトがある一方で、ビットコインは国際送金の代替にはならないと著者はいいます。
これはビットコインによる既存国際送金システムの代替を示唆するわけではない。国際送金市場の規模はビットコインブロックチェーンの処理能力を超えている上、ビットコインを使う国際送金の増加は必然的に手数料を押し上げる。
手数料が増加すれば、ビットコインを使った国際送金のメリットはなくなります。そのため、ビットコインで国際送金を行うことはないという見立てです。ただ、では国際送金においてビットコインが果たす役割がないという意味ではありません。
取引先リスクがなく、第三者機関の仲介も不要なビットコインは、金本位制で金が担った役割を果たすことができる。
これが意味するのは、各個人や事業者がビットコインで送金を行うのではなく、各銀行が送金を請負い、銀行間同士の決済だけにビットコインを使えば、コルレス銀行の仕組みを使うことなく、ビットコインブロックチェーンで処理できるという話です。
サトシ・ナカモトの最初期の協業者であるハル・フィニーは次のように述べています。
独自デジタル通貨を発行する銀行の準備通貨として機能する「強い貨幣」、私はこれがビットコインの究極の使命だえと考える。将来的にはビットコイン取引の大半は銀行間の最終決済になるだろう。
このように銀行がビットコインを準備通貨として使い、銀行間の決済に利用するようになれば、中央銀行もビットコインを準備通貨として取り扱う可能性もあります。
どこかの国の中央銀行が他国に先駆けてビットコイン購入に踏み切れば、他国もビットコインの可能性を無視できなくなり、中央銀行によるビットコイン購入競争が始まる。
ビットコインが準備通貨になる
本書を通じて主張されているのは、本来あるべき通貨制度は金本位制であり、金本位制が失われた今、それに代わり得るのはビットコイン本位制であるということです。そこに至る中では、ビットコインは国際標準価値尺度になる可能性があります。
ビットコインの普及は、支払手段としての直接利用というよりは、準備通貨としての間接利用を介して進むと考える。
もし国際貨幣供給に占めるビットコインの割合が50%を超えれば、価格変動はかなり小さくなるだろうと著者はいいます。
最終的には、ビットコイン価格の変動要因は人類の時間選好の変化くらいになる。
ビットコインは変えられないのか?
ビットコインの価値は、供給量がハードコーディングされていることでです。一方で、あくまでプログラムだからいくらでも変更可能だという人もいます。しかし著者は、ビットコインのコア部分は決して変わらないといいます。
バージョン0.1が一旦リリースされれば、もうコア設計は変えられない。それがビットコインの本質だ。
サトシ・ナカモト 2010年6月17日
ビットコインソフトウェアの開発者はビットコインの管理権限を持ちません。開発者にできるのは、ノード運営者にインストールしてもらえるソフトウェアを開発するだけです。しかしノード運営者も管理権限を持ちません。自身が運営するノードに関しては、どのネットワーク規則に従うかを決められますが、
実際には現行の合意規則を受け入れる以外の選択肢はないも同然である。なぜなら、合意規則に従わないトランザクションはブロードキャストしても承認されないからだ。
このように、3すくみの関係にある各者が複数存在しているため、実質的に供給スケジュールのようなコア設計を変更することは不可能だと著者は主張します。実際、コア設計を変えようとする取り組みは何度もなされましたが、それはビットコインのコア設計を変えるのではなく、ビットコインの亜種を生み出すフォークとなっただけでした。
ビットコインのブロックサイズを1MBから8MBに引き上げる提案「ビットコインXT」が2015年に提案されたときも、結局失敗しました。同様に「ビットコインクラシック」も「ビットコインアンリミテッド」も失敗。2017年に「ビットコインキャッシュ」が提案されたときも、移行したノードは少数にとどまり、これもフォークに終わりました。
ビットコインの強みは利便性でも、取引処理スピードでも、使い勝手の良さでもないことは明らかだろう。ビットコインの価値は変更不可能な通貨政策にある。不変性自体が価値なのだ。
ビットコインはスケールできない?
ビットコインの課題として言われるのが10分に1回という取引処理スピードの遅さです。実際著者は、「ビットコインネットワークがVisaやMastercardと同様の処理能力をかくほすることは現実的ではない」としています。
ではビットコインはスケールしないのか? いや、ビットコインのスケーリングはオフチェーンが前提となります。オフチェーンとはビットコインのブロックチェーンの外で取引を行うことを指します。すでにオフチェーン取引は普通に行われており、例えば取引所の中で、ユーザー同士が送金するのは取引所のDBで処理されており、ブロックチェーンには記録されないオフチェーン取引です。
ビットコインが普及しても、銀行の役割はなくならないと著者はいいます。オフチェーン取引は銀行の内部のDBで行われ、銀行間、あるいは国際銀行間の取引に関してはビットコインが使われる。つまり国内における中央銀行の役割を、国際間でビットコインが果たすだろうという考え方です。
今後もビットコイン価格が上昇を続け、オフチェーン送金がオンチェーン送金を大幅に上回るペースで増加すれば、ビットコインは少額決済に利用される紙幣や硬貨という意味での現金ではなく、19世紀の金準備のような現金として利用されるようになるだろう。
ビットコインは犯罪に使われる?
昔からある誤解の一つにビットコインは犯罪やテロを助長するというものがあります。でも世間の認識とは違い、ビットコイン取引には現金のような秘匿性はなく、あるのは匿名性だけです。
つまりあるビットコインアドレスが現実の人物とつながれば、過去の全取引が追跡可能なのです。
したがって、被害者を生む犯罪にビットコインを使用するのは賢明ではない。ビットコインアドレスは実社会の個人情報に紐づくリスクがあり、このリスクは犯罪から年月を経ても消えるものではない。犯罪から何十年経っても、警察や被害者が犯人を特定できる可能性は十分にある。
2018年に本書が書かれたことの驚き
本書には、次のようなことが書かれています。
- ビットコインは送金や決済のためのソリューションではなく、最終的に金に変わる本位財の地位を目指せるもの
- その価値は、供給量がハードコーディングされ、不変であることにある
- 供給量が調整できないことが大きな価格変動をもたらす
- スケーリングはコア設計の変更ではなく、オフチェーン(L2など)で対応される
ビットコインの設計を変更しようという試みは何度もなされましたが結局失敗したこと。不安定で恣意的な法定通貨に代わり、ビットコインを法定通貨に使おうという試みが、中南米などで実際に起こりつつあること。時価総額が増加し流動性が増すにつれ価格変動が小さくなってきていること。徐々にではあるがLightningNetworkなどL2ソリューションが形になってきていること。
これらは2024年の今見ると、そうだよね、という感じですが、驚くべきは本書が2018年に書かれたものだということです。これからビットコインに起こることが書かれた、まさに予言の書。ぼくは本書をそう見ています。