先日発刊された『ウォール街のランダム・ウォーカー』の第13版でのアップデート、追加された章の一つは「ESG投資」に関するものです。ところが著者、バートン・マルキールはESG投資に否定的。どんなことを書いているのか見ていきます。
- ESG投資とは?
- ESG投資の問題点1:ESGスコアの曖昧さ
- ESG投資の問題点2:ESG企業の収益性には疑問符
- ESG投資の問題点3:短期的な株価上昇が長期リターンを毀損する
- ESG投資は投資家に対する欺瞞
ESG投資とは?
ESG投資とは、
投資先のESGの取り組みをしっかりと評価して投資対象を選別し、またESG課題への継続的な配慮を促す投資のこと
だとされています。ESGとは、環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance)の英語の頭文字を組み合わせたもので、要するに環境や社会にとって良く、ガバンナンスの効いた企業の株に投資することをESG投資といいます。
ESG投資の問題点1:ESGスコアの曖昧さ
ESG投資の意義についてはほとんどの人が賛成するでしょうが、問題はESG投資が本当に環境や社会の改善に効果があるかどうかです。ESG投資は多くの場合、ESG格付けの上位銘柄に投資します。ところが、ESG格付がどうにも怪しいのです。
MITの学者が行った研究では、いくつかの格付け機関の出しているESGスコアの間の相関係数は平均0.62で、特定の2社のスコアについてはわずか0.42だった。参考までに社債の格付けの場合には、S&P社とムーディーズ社の格付けの相関係数は0.99であった。
ESGの1つの柱である企業統治についても、格付け機関の間の評価のばらつきは大きい。サスティナリックス社はアップルの経営はベスト・ガバナンス基準を模範的に満たしていると高く評価しているのに対して、MSCI社はアップルを同業の中でも下から2番目の低評価しか与えていない。
下記は、東洋経済新報社「CSR企業白書2023」の「ESG企業ランキング」上位です。
下記は日経のESGブランド指数です。こちらは一般消費者へのアンケートなので、また意味は違うと思いますが、上位でもかなり顔ぶれは違います。
ESG投資のお題目は、ESGに優れた企業に投資する……ですが、その指標が曖昧で一致していません。これではESG投資の意味があるのかも微妙です。
ESG投資の問題点2:ESG企業の収益性には疑問符
ESG投資のもう一つのメリットは、ESGに強い企業は将来的に業績も良いというものです。そのため株価も上昇するので、ESG投資のリターンは高いという理屈です。しかし、これについても明確なデータが出ていないのが現状です。
ESG投資を標榜する投資信託は、社会的投資は高いリターンをもたらすと主張する。短期間についてみれば、ESGファンドの中には平均以上の成績を上げるものもある。(中略)もっと長期についてみると、ESG投資信託が一貫して好成績を上げていることを確認した、信頼できる実証研究は今のところ1つもない。
ESG投資信託の多くが、インデックスファンドに比べると分散度が低い。したがって、その分リスクが高く、リターンは低くなりがちだ。ESG投資信託のファンドマネージャーが高いリターンが見込めるという時、もしかしたら運用手数料のことを言ってるのかもしれない。
ただ確実にいえるのはESG投資の場合、投資先企業のESG対応状況を調査するコストがかかるのでコストは高くなります。
ESG投資の問題点3:短期的な株価上昇が長期リターンを毀損する
3つ目は少し複雑な内容です。ESG投資の意味合いもリターンも不明瞭ながら、EGS投資はブームです。GPIFもESGを考慮した投資を行っており、官民挙げて「ESG銘柄を買おう!」と呼びかけています。
こうなると、ESGの効果がどうであれESG銘柄は上昇します。そしてESG銘柄が上昇するからESG銘柄にはさらに買いが入るという予言の自己成就モードに入ります。いわば、官製仕手銘柄です。まだ許せるのは、この仕手は最後まで投資先に寄り添うつもりで売り抜けるつもりはないことでしょうか。
しかし、ファンダメンタルズとは別の要素で株価が上昇することには弊害もあります。
社会的にESG投資に対する需要が高まったことを受けて、組み入れ銘柄の株価が上昇し、ファンドの短期のパフォーマンスは向上する。しかし、組み入れられたいわゆる「グリーン銘柄」のPERが上昇して、資本コストが低下するため、長期的な必要収益率が低下すると言うのだ。この結果、中期的なリターンの犠牲のもとに、短期的な高いリターンが得られると言う。ESG投資を行いたい投資家は、過度の期待は禁物だ。
ここで書かれているのをもう少し翻訳すると次のようになります。企業業績ではなく需給で上昇した企業のPERは、分母の利益が一定なのに分子の株価だけが大きくなります。つまりPERの上昇です。
投資家が企業に求めるリターン、いわゆる資本コストはPERの逆数+永久成長率なので、PERが上昇すれば逆数は小さくなり、つまり資本コストも下落します。こうした企業に投資する投資家は、高いリターンを求めていないということになるのです。
ESG投資は投資家に対する欺瞞
このように、ESG投資は実際にESGの役に立っているのかが曖昧な上に、投資家にとっても追加リターンを上げていない可能性が高いのが実情です。そんな中、一部の機関投資家はESG投資に“ノー”を突きつけています。
米上院は1日、企業年金運用でESG(環境・社会・企業統治)を考慮した投資判断を禁じる決議案を50対46で可決した。
最終的にこの議案はバイデン大統領が拒否権を発動し否決されましたが、受益者の利益を考えた場合、ESG投資はふさわしくないという一例です。
ぼく自身は、ESG投資が投資環境を歪めるとともに、ESGの推進には必ずしも役立っていないと考えています。ESGを推進したいなら、株主総会などで直接経営陣に働きかけると共に、正当法で得た利益を環境や社会のために寄付するほうがよいかなと思っています。
最後に再び『ウォール街のランダム・ウォーカー』からの引用を。
最も運用規模の大きいESG向けの投資信託を4つ挙げると、ESGU、USSG、SUSL、DSIという銘柄コードで取引されているファンドだ。その中で、長期の運用記録の取れるのはDSIだけだ。そして2022年までの10年間の運用成績は、バンガード社の市場インデックスファンドを下回っている。
また、これらのファンドが組み入れている銘柄群が、本当にESGの目的を達成しているのかどうかもはっきりしない。
そして、それらのファンドはいずれも、インデックスファンドに比べると分散度が低く、運用コストも高い。したがって、長期的にインデックスファンドを下回る成績に終わる可能性が大きい。下手に善き行いをしつつ財産も増やそうとすると、虻蜂取らずに終わりかねない。