債券のイールドカーブが逆転するなどいくつかの指標がリセッションを示しつつあります。国内の投資家の我々にとって、もう一つ気になるのが為替ですね。リセッション入りすると、おそらくは更に円高が進みます。この為替変動をヘッジできないか、今回は為替オプションを使って考えてみます。
- 柔軟なヘッジが可能な為替オプション
- 円高リスクの回避にはプットオプションを買う
- プットオプションのコストを、コールオプションの売りで賄う
- 原資産+プット買い+コール売り=カラーポジション
- 具体的な数字を入れた合成損益曲線
- コストを支払って完全にヘッジすると?
- カラー取引のメリットと使い所
柔軟なヘッジが可能な為替オプション
以前、ドル円の為替ヘッジを行う方法をいくつかまとめました。問題は、いずれもほぼ金利差相当のコストがかかることです。
今回は、為替のバニラオプションを使って、ヘッジができないか考えてみます。
円高リスクの回避にはプットオプションを買う
まず円高リスクの回避法です。為替オプションを使うと、円高になったときに利益が出るポジションを構築できます。ドル建て資産の減少分をまかなえるだけ利益が出るようにポジションを組めれば、円高リスクをヘッジできますね。
このときに使うのは、プットオプションの買いです。現在のドル円、106.34円に対し、例えば、9月20日満期の105円のプット・オプションを買うとします。最初にプレミアムを支払いますが、105円を下回らなければプレミアム分以上の損失はありません。105円を下回った場合、利益が出る形になります。
上記が実際にサクソバンクで105円のプットの価格を表示したところです。9月20日満期のオプションで、10万ドル=1060万円相当のプットを買った場合、プレミアムの支払いは6万5000円です。この場合、104.35円を超えて円高になった場合、プレミアムの支払いを織り込んでも利益が出ることになります。
プット買いの損益曲線は下記のようになります。支払ったプレミアム分だけ損失がありますが、原資産価格が下がるほど利益がでる形です。この場合の価格は、円高=下がる、円安=上がる と読み替えます。
今回はヘッジなので、ここに現資産の損益曲線を重ねて考えます。現資産の曲線は右肩上がりの直線なので、同額として合成すると下記のようになります。
価格が全く動かなかった場合は、支払いプレミアム分だけ損失が出ますが、プット買いのおかげで、一定以上の円高が進んでも損失は固定されることが分かります。つまり、円高になればドル資産が毀損していきます。ただし、104円を超えて円高が進んでも、それはプット買いによってヘッジされる形です。
このように、資産の下落をオプションのプット買いでヘッジすることを、プロテクティブプットと言います。
プットオプションのコストを、コールオプションの売りで賄う
オプションの面白いのはここからです。このプットオプションのコストを、コールオプションを売ることでまかないます。
同じく9月20日満期の10万ドルのコールオプションですが、106.65円の売り価格がほぼ先のプット買いと釣り合っていることが分かります。
コールオプションの売りの損益曲線は下記のようになります。ちょうどプットオプションの売りを回転させた形です。そして、今回はオプションを売っているので、プレミアムを受け取る事ができます。
これは円安になると損失が膨らむ代わりに、一定のプレミアムを受け取るということを意味します。仮に107.45円を超えて円安が進むとコールを売っているので、これ以上の円安は損失が出ることになります。
原資産+プット買い+コール売り=カラーポジション
では、この現資産とプット買い、コール売りをすべて合成してみましょう。下記のような損益曲線です。
なかなか面白い形になりました。一定以上の円高はプットオプションの売りによって損失が固定されます。逆に一定以上の円安も、コールオプションの買いによって利益が固定されます。オプションの売り買いにかかるコスト=プレミアムは、コールオプションの売りの代金で、プットオプションの買いを賄う形です。
これでカラー取引、カラーポジションの完成です。実質的に、為替変動をヘッジできていることが分かります。
具体的な数字を入れた合成損益曲線
ただし、もちろん完全なノーコストでヘッジできるわけではありません。具体的な数字を入れてみましょう。
プット買いのプレミアムと釣り合うコール売りのプレミアムは、現在の価格に近いところになることが分かります。つまり、円高をヘッジできるのは105円を下回ったときだけですが、円安による利益は106.65円以降失われるということです。
この差分が、実質的なコストということになります。
コストを支払って完全にヘッジすると?
では、為替を完全にヘッジした場合はどうなるでしょう? 現在の価格でプットを買い、同価格でコールを売った場合です。損益曲線は完全に平坦になります。
この場合、プット買いの支払いプレミアムが11万3400円、コール売りの受け取りプレミアムが8万3700円です。差し引き2万9700円のコストが発生します。10万ドル=1063万円のドル資産を完全にヘッジするために、約1ヶ月あたりで、これだけのコストがかかるということです。率にすると0.27%です。
ではちょうど1年分ヘッジするとどうなるでしょう? 満期を2020年8月19日にして、プレミアムを見てみます。
プット買いのプレミアムが44万600円、コール売りのプレミアムが19万2500円。差し引きで、24万8100円です。年率にすると2.3%。だいたい日米の金利差に近く、FXなどでヘッジするコストに近いことが分かります。
カラー取引のメリットと使い所
このように見てくると、カラー取引を使って為替ヘッジを行うメリットが見えてきます。フルにヘッジすると2〜3%程度のコストがかかってしまいますが、多少の為替の方向感を加味すれば、ノーコストに近いところでヘッジできるということです。
例えばこの先1年で、ここから107円の円安にはいかないだろう、ただし大きな円高の可能性はある。そう考えているときに、107円のコールを売り、98.9円のプットを買えば、ノーコストで為替ヘッジが行えます。この場合、98.9-107円の間は為替リスクを追うことになりますが、98.9円以下になっても損失はありません。
現在の106.34円からの円安メリットは放棄していいから、とにかく円高リスクだけヘッジしたい(しかもノーコストで)ということなら、下記のようになります。
1年後の8月19日満期で、106.35ドルのコールを売ると19万400円のプレミアム受け取りです。このプレミアムで変えるプットは、100.05円。つまり、円安メリットを放棄することで、ノーコストで100.05円以上の円高リスクを回避できることになります。
今回は、FXなどではなく為替のオプションを使って為替ヘッジを行う方法を検討しました。ただし、今回の損益曲線は満期時のものであることには注意が必要です。満期前にポジションをクローズする場合、つまり反対売買をする場合は、損益が変化するからです。
オプションのプレミアムは、主にボラティリティによって変化します。また、現資産の値動きに伴っても変化します。しかも、その値動きの幅はデルタと呼ばれる値で変わってきます。常時為替をヘッジするなら、デルタで表される値動きの変動率が、現資産の為替変動をちょうど打ち消すようにしなくてはなりません。つまりデルタニュートラルを維持するということです。しかしデルタは、これがまた変動します。というわけで、ヘッジをし続けるならけっこう難しい話になるということです。