『現代経済学の直観的方法』を読みつつ、感じたことを書いていきます。前回は、第一章は、「資本主義はなぜ止まれないのか」から、「国民所得=消費+投資」「国民貯蓄=設備投資」という、マクロ経済学のイメージしにくいポイントについて、書かれていたことと、感じたことをまとめました。今回は第2章から。
「農業経済はなぜ敗退するのか」
第二章では、さまざまな経済によって強さ弱さが出るのはなぜか?という点を、歴史を紐解きながら考えていきます。端的にそれを「農業経済はなぜ敗退するのか」というテーマにしていますが、これがかなり深い。
農業などの第一次産業から、商工業の第二次産業、そしてサービス業の第三次産業へという流れは誰もが知っていると思いますが、これは先進国の話です。地球全体で見た場合、米国や英国のように金融やITを中心としたサービス業中心の国もあれば、中国や韓国のように工業中心の国もあります。そして、途上国の多くがそうであるように、農業中心の国もあるわけです。
これらの産業が戦うと、まず農業経済は勝てません。なぜか。筆者は次のように書きます。
農業と商工業の対決においては、農業の側がほとんど伸びない需要と中途半端な速度で伸ばせる供給という、最悪のコンビネーションから成り立っているのに対し、商工業の側は、供給の伸びの速度がはやすぎるという不利を抱えながらも、ゴムのように伸縮自在な需要がその不利をカバーしている。
どういうことか。どんなに安くなっても食事の量を2倍3倍にはしないわけで、農業の需要自体はほとんど変わりません。一方で、技術開発や開墾などで供給は着実に伸びていきます。つまり、どんどん安売りに向かうのが農業だということです。
ただし念の為データを見ると、長期的に穀物の生産量と需要量はほぼマッチしていて、ずれるのは天候次第ということのようです。
※(1)世界の食料事情と農産物貿易の動向 ア 世界の食料事情:農林水産省
一方で、世界人口は2040年頃から傾きは緩やかになるものの、増加を続ける見通しで、2100年には現在の80億人弱から、110億人まで伸びると想定されています。
ということは、今後も需要は堅調に伸びるわけで、筆者のいうように需給バランスが一致していないというのはちょっと疑問もあります。
需要を作り出せる商工業
一方で、商工業のほうは工場を建てれば製品を作れるわけで、供給量は爆発的に伸ばすことができます。逆に常に足りないのは需要のほうで、現代では多くの企業が「どうやって作るか」より「どうやって買ってもらえるか」に悩んでいます。しかし、ここには広告というすごい武器もあって、知らなければほしいとも思っていなかったものを、欲しがらせることが可能なわけです。
農業製品では、広告で代替品からシェアを奪ったり単価をアップさせることはできても、需要量自体を伸ばすことはできません。この需要を作り出せるのが、商工業の大きな特徴です。
ちなみに、ドラッカーは、こんなことを書いています。
企業の目的は顧客の創造である。
したがって、企業は二つの、ただ二つだけの企業家的な機能をもつ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。
- 作者:P F ドラッカー
- 発売日: 2012/09/14
- メディア: Kindle版
顧客の創造とは、つまり需要の創造です。これまで存在していなかった需要を作り出すことが、商工業の時代の企業の最重要ミッションだというわけです。例えばiPhoneがいい例ですね。そして、その武器は、マーケティング、つまり広告と、イノベーションだというのです。
需要を作り出す3つのステップ
今でこそ、需要創造はマーケティングとイノベーションだと言われるわけですが、昔は違いました。筆者はこう書いています。
最初の方法とは、要するに手近の市場が飽和したら、販路をもっと遠くの地域に拡大することである。
要は品物を遠くに運んで売るわけで、昔ながらの商人のイメージですね。このためには、交通網を整備し、また船などの開発が効果を発揮します。また歴史を紐解けば、新たな需要をもたらす場所を求めて、先進国は世界中に進出し、自国専用の需要場所としました。これが植民地です。自由貿易の世界になる前は、このように各国が売り先をそれぞれ確保して、経済をブロック化していったわけですね。
そして2つ目のステップは、低価格化です。
要するに、いままでは貴族しか買えなかった高級品を、庶民でも買えるよにすることである。
ガンガン工場を作って大量生産し、価格を安くすることで、新たな需要を作り出す。これは英国がキャラコと呼ばれるインド製高級織物を大量生産で安くし、庶民が変えるようにしていったのも一つ。大量生産して大量供給するという考え方は、松下幸之助の「水道哲学」でもうたわれており、日本のものづくりの考え方の中では正統派なのではないでしょうか。
そして3つ目の現在の状況は、イノベーションが必要になっています。
これらが完全に飽和してしまった場合は、もう新しい技術革新を起こして全く新しい需要を開拓する他なくなるというわけである。
これは先のiPhoneが直近の例ですが、実は最大の成功例が自動車です。ヒトラーが「一家に一台の自動車を」と国民車構想を打ち上げるまで、自動車の需要なんてなかったわけです。これだけの金額の需要が新たに発生したわけで、これはものすごいイノベーションです。
いったん需要が創造されれば、T型フォードのようにこれを大量生産して安くして需要を拡大することや、途上国などに販路を広げるという水平展開は、これまでの需要拡大の歴史の通りですね。
自動車に続き、洗濯機、冷蔵庫、テレビと、かなり高価な製品がイノベーションによって生み出され、新たな需要を生み出していったというわけです。筆者はこの一連のイノベーションを「石油文明」と呼んでいます。
石油文明から半導体文明へ
自動車を始めとする石油文明の需要創造は、すでに一巡しました。では、いまはどんな時代に入っているのか。筆者は「半導体文明」だといいます。これは違和感ありませんし、違うという人も少ないと思います。
半導体とその上で動くソフトウェアをキーに、新たなイノベーションとしてITが立ち上がりました。昨今のコロナで、非接触ニーズが急速に高まり、ITを業務や日常に取り入れていくという、この需要の拡大は加速しているようにも見えます。
ただし、石油文明と半導体文明には大きな違いが一つあります。これは、需要が飽和するまでのスピードが異常に早いということです。数年で製品が行き渡り需要が飽和し、また価格下落も凄まじいスピードで進みます。
その仮定では製品そのももは驚くべき速度で社会の中に行き渡って、それらは世界を変えるほどの意味を持つことになったが、その一方で金銭的な面では急速に儲からなくなっていく。そのためクルマなどの場合とは違って、ほんの一握りの企業しか生き残ることができず、特に雇用という面では経済を長期間にわたって下支えすることができなかったのである。
これは示唆に富みます。世界の自動車ブランドは、10個くらいはすぐに挙げられるでしょうが、果たしてスマホのメーカーを10社挙げられるでしょうか。OSのメーカーはどうでしょう? ECサービスの会社をいくつ言えますか。
半導体文明は、恐るべきスピードのせいもあって競争が激化しやすく、性質上、トップ数社の寡占状態になりがちです。また、半導体関連では機械化が急速に進み無人工場も多く、ソフトウェアでは無限にコピーできるために需要に対して雇用数は極端に小さくなります。
産業が、半導体文明と呼ぶITを中心としたサービス業に移行しつつあるのに、雇用を支えるのは石油文明にある製造業。これは貧富の差を生み出す構造であることは容易に想像できます。
しかし、一方で、ITのような無形資産は、経済指標の根幹であるGDPにうまく算入できないという課題もあります。Google検索やYouTubeが生み出す価値は、GDPの中ではGoogleに入ってくる広告収入の額でしかないのです。世の中は良くなっているのに、経済(GDP)は成長しない。いずれ、無形資産が経済のメインになっていったとき、そんなことも起こり得るかもしれません。
『現代経済学の直観的方法』の第二章も、短いページ数ではありますが、経済が発展してきた歴史を、「需要の創造」という観点に絞ってみることで、いろいろな枠組みがクリアに見えてきます。なかなか面白いですね。