経済学の本といえば、話題のニュースを経済学のエッセンスをつまみ食いして解説するような大衆書か、「金利とは」から始まるようなザ・教科書か、いきなり数式が現れる専門書がほとんどです。いわば、超入門書か専門家が専門家のために書いた本しかありません*1。
ところが、本当に必要なのは、その中間。初学者が暗記ではなく全体像を理解して把握できるような本です。この長沼伸一郎著の『現代経済学の直観的方法』は、まさにそこを目指した本だとされています。
資本主義の根幹
本書は全体が9章からなっていて、各章が独立した中編のような作りになっています。最初の第一章は、「資本主義はなぜ止まれないのか」を取り扱います。
経済学には大きく分けて、「需要と供給は一致する」というようなミクロ経済学と、GDPなど一国の経済全体を扱うマクロ経済学があります。投資関係で出てくるような経済の話というのは、その多くがマクロ経済学なのですが、これは身近でイメージしやすいミクロ経済学とは違い、たいへんイメージしにくいことが難しさにつながっています。
第一章は、その中でもマクロ経済学のキモといえる、「国民所得=消費+投資」「貯蓄=投資」について、わずか1枚の絵をイメージすることで、概念が把握できるように説明しています。具体的な絵や解説は本書を読んでいたくとして、ここでは読んで感じたことを。
年平均3%成長の世界経済
世界経済(GDP)は年平均3%程度で成長を続けてきたといいます。これは、「世界経済は成長を続けるから長期分散投資は着実にリターンを生む」という、長期インデックス投資の根幹となる考え方でもあります。
世界経済よりも企業の利益成長のほうがレバレッジがかかって高いため、長期インデックス投資であれば、年平均6%くらいの成長が期待できます。すると10年で1.8倍、20年で3.2倍、30年で5.7倍といい感じで資産は増えていくことになっています。
www.kuzyofire.comでも、この前提のように世界経済が3%で成長を続けるとどうなるのでしょうか。この3%成長というのは24年で2倍の規模になる成長率です。つまり48年で4倍、96年で8倍です。2017年末の世界のGDPは約80兆ドルで、2000年と比較すると約2.4倍だそうです。果たしてここから世界経済は同じように成長を続けられるのでしょうか。つまり20年後にはさらに2倍になるのでしょうか。
下記の図は、世界のエネルギー消費量の推移です。2000年から18年までで、2倍とまではいきませんが、エネルギー消費量は1.5倍くらいに増えていることが分かります。この先さらに経済が2倍になったときに、さらに1.5倍のエネルギーを消費できるのでしょうか。
環境問題一つとっても、この3%で成長し続ける経済が、今後も同じペースで成長するというのがいかに怪しいかということが分かります。再生可能エネルギーは増加を続けていますが、それ以上に全体のエネルギー消費は増え続けており、石油も石炭も全然減っていません。
このように「本当に持続可能か?」と思われるようなペースで成長を続ける資本主義経済ですが、実はこのスピードは資本主義に組み込まれたものであり、落とすことはできないという点を第一章では解き明かしています。
米国のある実業家がしみじみと述懐して「資本主義というものは自転車やオートバイのようなものだ。それは止まれば倒れてしまう」と言っていたというが、全くそのとおりなのであって、資本主義社会に生きている以上、巨大企業といえどもこういう自転車操業が当たり前なのである。
貯蓄されたお金はどこへ行くのか
さて第一章のキモは、国民所得=消費+投資なわけですが、同時に投資=貯蓄だったりもします。この構造を1枚の絵で見事にイメージさせる手法は見事です。
端的にいえば、国民が貯蓄したお金は、銀行という経済の還流装置を経て、企業の借り入れに回ります。そして、企業は借り入れたお金で何をするのかというと、新たな設備投資を行うわけです。
そして設備投資というのは新たな売上を求めて行うものですから、景気の先行きがよければみんな一気に(しかも借金をして)行いますし、先行きが悪そうならば一気に冷え込みます。ちなみに、事業をやっている人なら分かると思いますが、ここぞという投資は借り入れをして行うのが当たり前で、ちまちまと貯めたお金で賄える投資だけでは、求められる経済成長を果たすことはできません。
この景気の動向に大きく左右される設備投資がどのくらいの額かというと、ざっくりGDPの15%前後。日本の2020年1−3月期のデータだと、名目GDP546兆円に対し、民間設備投資は87兆円にも達するわけです。
※設備投資8四半期ぶり減少は景気悪化の前兆 - ライブドアニュース
消費がそれほど上下しないのに対し、企業の設備投資はこれだけ景気に左右され、それがGDPに大きく影響することが分かります。
投資家の観点で見れば、経済の拡大とは概ね生産力の増大であり、生産力の増大はこうした設備投資によってもたらされるわけで、設備投資が行われ続けることはたいへん重要なわけです。そして、基本的には投資は貯蓄とイコールの関係にあります。短期的にはともかく、長期的には一致していくわけです。
つまり投資家が消費せず、貯蓄に回す(株を買うなどの投資も含む)ことはすなわち企業の設備投資につながり、それが生産力の拡大となって経済を拡大させ、投資家のリターンになっていくというわけです。
よく「貯蓄をしないで全部消費したほうが経済が回る」という話を聞くことがあります。これは短期的には真実ではありますが、長期的には企業が設備投資や技術革新に回せるお金が減るということでもあります。海外からの資本流入をアテにするならまた話は変わるでしょうが、一国でみた場合、消費が増えすぎて貯蓄率が低下すると、経済力は弱まっていくというわけです。
この、貯蓄=投資という概念がマクロ経済のキモだというのも、本書を読むと納得できます。いきなり「Y=C+I」という式を出されて、数式を変形させていろいろ説明してしまうマクロ経済学の入門書が多い中、うまい比喩を使ってになりますが、本書は「直観的」の名に恥じない出来だと感じました。
*1:これは投資関係、というより現代金融理論についての本でもそうですね