株式は長期的に平均6%程度のリターンをもたらすと言われています。ただしこれは、毎年6%ずつ資産が増加することを意味しません。「当たり前だよ。+20%とか▲15%とかの年もあって、平均すると6%なんだよ」。よく知っている人はそういうかもしれません。ところが、長期でも平均して資産が6%ずつ増えるかというと、実はそれも違うのです。
「株式が平均して6%リターン」の意味
まず「株式が平均して6%リターン」の意味から考えます。これが何を意味するかというと、「来年の株式リターンはどのくらいになるか?」の期待値です。これまでの長年のデータを元に、2024年の株式リターンはどれくらいを期待できるかを考えるなら、過去何十年もの期間の年間リターンを平均すれば出てきます。
例えば、下記はランダムに作った株式の年次リターンです。正規分布に従いボラティリティは20%、平均リターンは約6%としています。
この結果から2023年のリターンの期待値を求めるなら、それは過去の年次リターンの算術平均になります。要するに、全部足して要素の数で割るという小学校で習った平均です。その答えは5.28%です。
上や下にバラけるけれど、平均すると株式は5.28%の年次リターンが期待できる=2023年も5.28%のリターンが期待できる。これが「株式が平均して◯%リターン」の意味です。
平均6%で20年保有すると資産はどうなる?
株式を長期保有すると平均6%のリターンが出るなら、リターンが平均値に収束するくらいの長期間保有したら、資産はどのくらい増えるでしょうか? 直感的に思うのは毎年6%ずつ増えるという計算です。だって増えたり減ったりはするけど、平均すると6%なんでしょ?
つまり1.06の20乗だけ資産は増えているはずですね! 先の例なら平均5.28%なので、1.0528の20乗になるはずです。それはつまり2.797。資産は2.7倍に増えているはずです!
では実際に計算してみましょう。
あれ? おかしいな。資産は1.9倍にしかなっていません。2.7倍とは相当異なります。何がおかしいのでしょう? 5.28%ずつ資産が増加するグラフと重ねてみましょう。
2022年が終わったときに、期待する資産額とは大きな差が開いてしまっていることが分かります。
幾何平均と算術平均の違い
実はこれ、幾何平均と算術平均の違いが原因なのです。すべての要素を足して要素の数で割るのが算術平均。対して、n個の複数の値の積のn乗根です。
投資成績のように、前年のリターンの結果に、今年のリターンが計算され、そこに来年のリターンが計算されるというような場合に幾何平均が使われます。
最初に出した「株式の平均リターン」は、来年の株式リターンの期待値を計算するのが目的でした。そのために算術平均を使いました。しかし資産額の増加を計算するには、算術平均リターンは適していません。この場合は幾何平均リターンを使うべきなのです。
そして基本的に、幾何平均は算術平均よりも小さくなります。それは算術平均が「外れ値」の影響を受けやすいからです。ある一年だけ大きな数字があったら、算術平均はその数字に引っ張られます。一方で幾何平均はすべての数字が同じ重みを持つため、外れ値に影響を受けにくくなります。
実は平均にはいろいろな種類があって、有名なところでは次の3つが使われます。
- 算術平均 (arithmetic mean) よくAと書く。相加平均とも
- 幾何平均 (geometric mean) よくGと書く。相乗平均とも
- 調和平均 (harmonic mean) よくHと書く。平均速度の計算とか
で、この3つの結果は、H<G<Aとなる(正確には同じ場合もある)ことが証明されています。
つまり投資でいえば、「◯◯の期待リターン(A)」より、実際に資産が増える比率であるGは常に小さいということです。だから株式の期待リターンが過去データから6%だからといって、株式に投資すると資産が平均して6%増えるかというとそれは違うのです。本当はもっと増え方は小さくなります。
先のサンプルデータから幾何平均を求めると3.29%。算術平均の5.28%から約2%ポイント小さくなっていることが分かります。大きな違いですね。
算術平均から幾何平均を計算する
ではどのくらい小さくなるのか。平均6%(A)が期待できる株式に投資したら、資産は一体何パーセント(G)で増えるのか? これは算術平均から幾何平均を計算して出すということを意味します。
実はこれは近似計算が可能です。計算のために必要なパラーメータは標準偏差(σ)。投資の世界では、ボラティリティとかリスクって呼びますね。
具体的な式は次のようになります。つまり算術平均(A)から標準偏差の2乗を半分にしたものを引けば、幾何平均が出るのです。
例えばボラティリティ(σ)が20%のとき、2乗すると0.04になって2で割ると0.02=2%。算術平均(A)が6%なら、幾何平均(G)は4%という具合です。もっと文章で書けば、株式の期待リターンが6%でリスクが20%なら、実際に資産が増える速さは年間4%のペースになるという意味です。
ちなみにこの式、レバレッジETFがなぜ期待したほどリターンが増えないか? を解説するときにも使います。レバETFはリターンも2倍になりますがボラティリティも2倍になるので、算術平均(A)は2倍になりますが幾何平均(G)は2倍にならないのです。
さて、この式を最初のサンプルデータに当てはめてみます。
- 算術平均(A)=5.28%
- 幾何平均(G)=3.29%
- ボラティリティ(σ)=21.5%
σの2乗=分散は0.0463で、2で割ると0.0231。これを算術平均0.0528から引くと、0.297=2.97%。計算上、幾何平均(G)が2.97%だと出ました。実際の幾何平均は2.01%ポイント小さい3.29%ですから、まぁざっくりと計算に近い数字だということが分かります。
ちなみに、将来のリターンは過去のデータに従うわけではないので、あまり厳密性を求めても仕方ありません。このくらい合っていれば、そして方向性とロジックが正しければいいと考えるべきかと。
というわけで、今回はなぜ平均リターンが6%でも、毎年資産が6%増えるわけではないのか? を考えてみました。それは期待リターンは算術平均で計算するが、実際の資産の増え方は幾何平均に従うのが理由です。そして幾何平均は算術平均よりも小さくなり、それはボラティリティ=リスクが大きいほど小さくなることも分かりました。
非常に期待リターンが高くても、リスクがあまりに大きいと、実際の資産は増えないということです。期待リターンと同じくらい、リスクが重要なことが、ここからも分かります。
おまけ:G≒A-(σ^2/2)が成り立つワケ
こちらを算術平均とボラティリティから幾何平均を計算する公式として出しましたが、なぜそうなるのか。ChatGPTに説明させたのが下記の証明です。
前提として、リターンの分布が正規分布に近く、リターンがそこそこ小さい(10%未満、1%以下ならなお正確)ときに正確になります。正規分布ではなく対数正規分布の場合、高次のモーメント(歪度や尖度など)が精度に大きく影響します。
一般的にはリターンが数パーセント以下ならば、この近似式は良好な結果を導くということです。