サラリーマンとして働いていると、その辛さは当たり前のように感じるようになります。そして、もらっているいろいろな報酬は、仕事の成果というよりも、何もしなくてももらえる既得権のように思えてきます。
その昔、誰が言っていたのかは忘れましたが、「昇給したら悲しめ。その僅かな昇給分が惜しくなって、仕事に縛り付けられる」という言葉を聞きました。年収が上がる、するとこんなふうに思うようになります。
「いま転職したら、この年収を手放すことになる」「いまは辛くても、辛抱すればこの年収は維持できる」
年収が上がった分だけ、自由は失われ、選択肢は狭まっていきます。上がった年収が下がるのを覚悟して、別の選択肢を選び取るほど、ひとは強くないからです。
少なくとも、年収が上がった分を生活レベルの向上に当ててしまったら、もう逃れられません。今の生活レベルを維持するためには、今の仕事を頑張るしかない。そういう思考回路になるからです。
その昔に、「昇給したら悲しめ」という言葉を聞いて以来、昇給すると嬉しさもある反面、「あぁこれでまた自由が失われた」と感じるようになりました。昇給とは、今の仕事に縛り付けるための鎖なんだと思いました。
同じようなことが、ストックオプションでも起こります。ストックオプションとは、自社株を、一定の価格で買える権利のことです。専門的にいうと、一定の未来から行使可能なコールオプションを貰えることを指します。
何年か前に、けっこうな量のストックオプションを手にしました。業績も好調で、このまま持っていれば、年収の3倍くらいの額になることがほぼ確実でした。そんな折に、急成長中のベンチャー企業から転職のお誘いをいただきました。社長以下幹部の方々から、ぜひうちに! と歓待されました。
でも、この話、お断りしてしまったんですね。事業内容に今ひとつ心ときめかなかったというのもありますが、心のどこかで今持っているストックオプションを失うことを気にしていました。ストックオプションは通常、会社をやめてしまうと行使権利を失います。行使できれば年収の3倍程度になることがわかっているのに、それをなげうってやめる、そんなカッコいいことはぼくにはできませんでした。
会社側からしてみると、昇給は、その社員の転職を防ぐために行います。普段の仕事に報いようという思いは、なくはないですが、リテンションの意味合いがけっこうあります。ストックオプションは、当然業績が上がり、株価が上がらなければ行使してももうかりませんから、業績上昇のインセンティブの意味合いがあります。しかし一方で、やめてしまったら権利を失いますから、離職しないように引き止める効果も大いにあるわけです。
少なくとも、昇給したら、その昇給分は貯金に回すのが吉です。昇給はなかったものとして考えると、今の仕事をし続けるべきかどうか、ゼロベースで考えられます。ストックオプションは、もらったのを忘れるくらいがちょうどいいですね。権利行使のタイミングまでの日数を指折り数えたり、行使額と現株価の差額を毎日計算したりするのは、ひとの気持ちとしてはわかりますが、あんまり前向きではないので。