4月28日は、日銀新総裁となった植田和男氏のデビュー戦でした。初めての金融政策決定会合で、どんな方針が示されるかに市場が注目していたのですが、結果は「緩和策の継続」と受け止められ、急速な円安が起こりました。
市場はYCC廃止の可能性を織り込んでいた
もともと植田氏は就任記者会見や国会答弁で、YCCを含めた金融緩和策を継続する重要性を主張していました。そのため、金融政策決定会合でもYCC継続というのがメインシナリオでした。
しかし市場はYCC以外にも何らかの利上げの手を打ってくるだろうと見込んでいました。下記は、ブルームバーグが27日に掲載したエコノミスト45人による「日銀の次の一手」です。
市場関係者の多くが、何らかの利上げを予想していたことが分かります。「短期金利引き上げ」という直接的な利上げの可能性は低いにせよ、「長期金利の許容変動幅(YCC)の再拡大」は要するに利上げ許容ですし、「YCCの廃止」も同様です。昨年12月に、YCCの変動幅を0.5%まで許容したことで、一気に円高が進みましたが、今回も同様のことを市場は期待していました。
実行されたのはフォーワードガイダンス廃止のみ
とはいえ実際の金融政策決定会合で決まったのはフォーワードガイダンス廃止のみです。
政策金利のフォワードガイダンスに関しては、前回会合まで「現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」としていた文言を削除した。引き続き企業の資金繰りや金融市場の安定維持に努め、必要なら「躊躇(ちゅうちょ)なく追加的な金融緩和措置を講じる」方針は維持した。
フォーワードガイダンスとは、将来の金融政策について事前に説明する手法です。日銀が1999年にゼロ金利政策を導入したときに、「デフレ懸念の払拭が展望できるようになるまで」とゼロ金利の解除時期を明示したことが、最初のフォワードガイダンスの事例だとされています。
将来の見通しを事前に約束するため、市場の予想や期待に働きかける効果があるとされる一方、政策の自由度が奪われるという欠点もあります。
ドル円急騰 136円へ
YCC廃止も!?という状況を織り込んでいた市場でしたが、実際の発表はフォーワードガイダンス廃止のみということで、緩和継続と受け止められ、日米金利差拡大の思惑から、ドル円は急騰し133.9円から136.3円へと一気に2.4円、円安へと動きました。
このところ、為替は本当にボラタイルな状況が続いています。
利上げは必要か?
では日本に利上げは必要なのでしょうか? 利上げを行う最大の理由はインフレの抑制です。同日28日に発表された東京23区の4月消費者物価指数は、前年同月比で3.5%となり、上げ幅が先月から拡大しました。
東京23区 4月の消費者物価指数 前年同月比3.5%上昇 | NHK | 東京都
とはいえ、日本はまだインフレが定着してきているとはいえず、賃金の継続的な上昇が伴って初めて、安定的なインフレが訪れたと考えるべきでしょう。ここで下手な利上げをすると、賃上げムードに水を差してしまう恐れもあります。
ではYCCの悪影響はどうかというと、一時期、YCCによって凹んでいた10年ものの利回りですが、現在はその両側も利回りが上昇し、きれいな形に戻ってきています。YCCによる市場の歪みは、いったんは解消されたともいえ、急いで対応するほどではないともいえそうです。
本番は6月会合か
そんな中、エコノミストの約4割が、金融政策見直しは4月ではなく6月の会合を見込んでいて、早期に政策が修正されるという思惑は消えていません。米国の利上げが継続している間ならば、日本が利上げしても日米金利差の縮小は限定的ですが、米国が利下げに入ったタイミングでの利上げとなると、日米金利差が急速に縮小し、為替に大きな影響を与える(急激な円高可能性)からです。
米国の利上げは、5月か6月に打ち止めと見られており、その意味では、もし日銀が利上げを行うなら6月がラストチャンスだともいえます。
米国株 米利上げ停止の「てえへんだ」 | トウシル 楽天証券の投資情報メディア
利上げがあるとどうなるか
これから6月に向けて、利上げがあるかどうかが焦点になるでしょう。市場は6月の利上げを織り込みつつ、動くものと見られます。では利上げが行われるとどうなるでしょうか。
まず日米金利差の縮小により、為替は円高に振れます。実質的な緩和政策の修正と捉えられれば、そのインパクトは大きいでしょう。
円高により輸入品は安くなり、エネルギーや輸入食料品などの価格は落ち着き、生活は少し楽になりそうです。一方で、輸出ビジネスは打撃となり、輸出企業が大半を占める日経平均には打撃があるでしょう。
また金利上昇は債券価格の下落を引き起こします。債券を保有している金融機関の中には、含み損が拡大し、業績悪化、さらにはそれを恐れた預金引き出しの恐れもあるかもしれません。シリコンバレー銀行で起きた取り付け騒ぎと同じようなメカニズムです。
金利上昇は、長短金利差を収益源とする銀行の貸し出し事業や保険事業にはプラスに働きますが、債券投資や決済など資金調達を必要とする事業にとってはネガティブに働くでしょう。
そんなわけで、6月の政策決定会合を見据えつつ、日本の金利動向からは目を離せません。