「そんなに儲かるなら、なぜ自分でやらないの?」。不動産販売業者や、デジタル債券などを販売する業者に対して、よくこういう言葉が発せられます。これは言外に「実際は儲からないから、自分でやらないで僕らに売りつけるんだろう」という意味合いが込められています。
これは投資に慣れた人でも発する言葉です。バリエーションとしては「なんでこんなに儲かるのに、人に売ってばっかりで自社でやらないの?」というものもあります。でも実はそれは違うんですね。理由は、どれだけのリターンを求めるか?にあります。
不動産投資や太陽光投資、デジタル社債の利回り
不動産投資や太陽光投資、またデジタル社債の利回りってどれくらいでしょうか? 場所や条件、リスクなどによって千差万別ではありますが、築古とか事業的な民泊を除いたいわゆる不動産投資なら3〜10数%くらい、太陽光なら7〜13%くらい、デジタル社債なら1〜9%くらいでしょうか。
投資家の目からすると、まぁ悪くない利回りです。運営に手間がかからず、これだけの利回りが出るなら普通の投資家からすれば、十分だと思う人も多いでしょう。さらに、借り入れを合わせてレバレッジをかければ、利回りは倍増するわけですから。
ところが、事業としてこれらの案件を見たときには実はリターンが低すぎます。あまりに低くて、俎上にも乗らないでしょう。これは、デジタル社債ALTERNAを提供する三井物産デジタルアセットマネジメントが、「なぜ三井物産が直接投資しないのか?」という問いに対しての答えに現れています。
このセミナーを覗いてみました。視聴者からの「儲かる物件ならなぜ三井物産が直接投資しないんですか」という問いに対して、「三井物産が手掛けるのはもっとハイリスクハイリターンの投資なので、安定的な(リターンも低い)投資はスコープの外」と直球の返しをしていて良かった。そりゃ3%じゃね… https://t.co/XJ7CVQ3cWo
— 中田:‖ (@paddy_joy) 2023年7月14日
株式会社が求める利回り
では事業を行う株式会社は、どのくらいの利回りを求めるのでしょうか。ここで言う利回りとは、企業が事業に投下する資本に対してどれだけの利益を上げられるかを指します。これは営業利益率とかそういうものとは少し異質な概念なので、注意が必要です。
ROIC(投下資本利益率)=Return On Invested Capital なんて呼んだりします。株主の目から見たリターンなので、ここでは税引き後営業利益を投下資本で割って計算します。
もうひとつ、似た言葉にWACC(加重平均資本コスト)=Weighted Average Cost of Capitalがあります。これは企業が株式や負債で調達した資金に対して、支払いが見込まれる金利のことを指します。負債には金利がつきものですが、株式だって株主が期待するリターンというものがあります。それらを加重平均したものです。
つまりWACCは、企業が最低限確保しなければいけない、投下資金に対する利回りになります。それが自己資本コストというものです。ちなみに、負債がゼロの場合、WACCは株主の期待リターンとイコールになります*1。
株主は会社に投資するにあたり「このくらいはリターンがないと困る」という期待リターンを抱きます。これは会社側から見ると、最低これだけのリターンを上げないと許されないという金利に相当する自己資本コストとなるわけです。
株主は株式に平均6〜7%程度の期待リターンを持っている
株主は企業に期待リターンを持っており、それは企業から見ると自己資本コストです。そして自己資本コストに負債コストを加重平均したものがWACCであり、企業は最低限WACCを超えるリターンを上げないと、資本効率という意味でNGだということを解説してきました。
では、株主が期待する期待リターン=自己資本コストとはどれくらいでしょうか?イボットソンが推計した株式期待リターン推移を見ると、それは2012年には15%くらいまで跳ね上がっています。いずれにせよ、5〜10%程度で推移しており、高い数字だということが分かります。
この期待リターンは、見方を変えれば株式投資における期待リターンでもあるわけで、それは長期平均で6〜7%程度といわれてきました。
企業が事業を行うにあたり、最低これだけの期待リターンを実現できる事業でないと、株主の期待を賄えないというわけです。
なぜ企業は自社で投資しないのか?
というわけで、4%とか8%とかは、投資家にとっては高利回りの投資先です。しかし企業は株主から期待されるリターンを上回る投資先にしか投資できません。そして投資家は歴史的に6〜7%のリターンを企業に期待してきました。となると、企業からすると4〜8%の投資は”ローリスク”過ぎて手掛けるわけにはいかないのです。
もちろんここにレバレッジをかければ話は変わります。1%程度で資金を調達して大きなLTVで投資するなら、WACCは小さくなるわけで、4%とか8%の投資でも成り立ってきます。J-REITとかインフラ投資法人とかはこういう仕組みで、不動産とか太陽光とかに投資しているわけです。
しかし普通の企業は、J-REITやインフラ投資法人とは違い、実働部隊である社員を抱えています。彼らに人件費を払い、ハイリスク・ハイリターンな事業を軌道に乗せるというのが普通のパターンなわけです。
そんなわけで「そんなに儲かるならなぜ自分でやらないの?」に対する答えは、「儲かるので自分でやる企業もある」けれど、企画・販売するための体制を作っている企業にとっては「自分でやるにはリターンが小さすぎる」というのが答えなわけです。
*1:
さらにいうならCAPMの計算式から導かれるように、市場感応度ベータが1ならば、株式リスクプレミアムは、株主期待リターン(=自己資本コスト)からリスクフリーレート(国債利回り)を引いたものになります。
CAPMの計算式は次の通りです:
Re = Rf + β * (Rm - Rf)
ここで:
Re = Cost of Equity(自己資本コスト)
Rf = Risk-free Rate(リスクフリーレート)
β = Beta(ベータ)
Rm = Expected Market Return(市場リターンの期待値)