税金を誰からどのくらい取るのかは、大昔から難しい問題です。その中でも、所得の多い人ほど税率を上げる累進課税は、批判も多い制度です。下記は、日本で累進課税制になっている所得税の税率推移です。
昭和の時代は最大70%にも達した所得税ですが、徐々に引き下げられ、現在は45%まで下がっています。それでも、一定の住民税10%を足すと55%となり、かなりの高率ですね。
稼げば稼ぐほど税金で取られる、ということには批判も多いですが、なぜ累進課税は正当化されるのでしょうか? 理論的な根拠はどこにあるのかを調べてみました。
下記は、 国税庁サイトにある「ハイエクの租税論」を参考にしました。
均等犠牲説
ジョン・スチュアート・ミルが唱えたのが、均等犠牲説です。言葉のとおり、みんな均等に犠牲(税金)を払おうね、という説です。
これがなぜ累進課税につながるのかというと、犠牲というのは人によって感じ方が異なるためです。例えば、年収500万円の人が50万円増えたときの嬉しさと、年収1000万円の人が50万円増えたときの嬉しさは違います。年収が増えるに従って、同じ額が増えても増える嬉しさは少なくなるのです。年収1億円の人にとっては50万円なんて誤差になります。
これは所得が大きいと、うれしさ(効用)が増加するが、所得が増えるにつれて増えるうれしさが減っていくということです。この増えたときの嬉しさを限界効用といいます。
均等犠牲説は細かくは3種類あって、税金を払うことで失われる嬉しさの「量」を同じにするという絶対平等犠牲説(均等絶対犠牲)、失われる嬉しさの「比率」を同じにするという比例平等犠牲説(均等比例犠牲)、そして社会全体の総犠牲を最小化する限界平等犠牲(均等限界犠牲、最小犠牲)です。
限界平等犠牲が分かりにくかったので、いろいろと調べたのですが、一定の税を集めるときに、全員の犠牲(感)の合計が最も小さくなる課税方法ということのようです。年収の小さい人にとっては100万でも犠牲感が大きいですが、年収1億円の人にとっては1000万円取られても比較すると犠牲感が小さい。社会全体で見た場合、犠牲感を最小にするということは、お金持ちから取りましょうということになります。
ただし、これら3種類は、実際にどのくらいの税率がいいのか、累進課税が許容されるのかは、「うれしさの増え方がどのくらいか」によって変わります。嬉しさは客観的に測れないので、そこがどうしても恣意的になります。
補償説
続いて補償説です。
この説は、そもそも貧しい人とお金持ちができるのは、政府の活動によって所得分配に不平等が生まれてしまっているから、という前提です。分配が不平等なのだから、税金で調整しましょう、ということですね。
さらに特別補償説では、よりそれを限定して考えます。消費税などの間接税は生活必需品にも課税されるため、貧しい人ほど負担が大きくなる逆進性があると言われます。これを相殺するために、累進課税が必要だというものです。
特権重課説
さらに特権重課説です。これは特権階級に税を課そうというものではありません。資産を多く持っている人は、それによってさらに資産が増えていきます。富めるものはますます豊かになります。これを避けるために、累進課税が必要だというものです。
なぜ資産に対して課税しないで所得に対して課税するのか? というのはひとまず置いておいて、資産を持っている人がますます資産を増やすというのは、ピケティのr > gでも言われていたことですね。
ピケティもこの説と同様の考えから、全世界的な資産課税を主張していました。
実証説
この実証説はちょっと面白くて、支配階層は自分たちに最も有利で、かつ支配される階層の抵抗が少ない税制を選択するはずだ、という前提に立っています。
その上で、過去の税制を見ると累進課税が導入されてきたわけだから、累進課税がベストの選択だという説です。理屈はともかく、みんなずっと累進課税をやってるじゃんということですね。
社会政策説
この説は社会主義的な、財産の再分配を前提としたものです。財産はみな平等であるべきなので、その手法として累進課税を使うという考え方になります。フランス革命時にジャコバン党が主張したそうです。
ビルトイン・スタビライザー効果
経済学では、自動的に景気を安定させる仕組みをビルト・イン・スタビライザーと呼びます。累進課税も、このビルト・イン・スタビライザー効果を持っており、これによって景気が安定するという考え方です。
仮に所得に比例するように税額が定められているとすると、所得が増えれば納税額が増えることになります。実質的な増税が生じる分、消費に与える影響は小さくなるわけです。累進課税方式のように、所得額が上がるほどに税率自体が増加するという場合には、税金による消費増の歯止め効果はさらに強くなります。
※ちなみにこの本は数式だらけです
つまり景気が過熱したら、冷やさなければいけないのですが、好景気で所得が増えると累進課税で税金が増えるので、可処分所得が減り、消費が減り、それが景気の加熱を防ぐ、ということを言っています。
税制の公平感はともかく、累進課税にはこうした景気を安定させる効果もあり、そういう意味では許容されるともいえるかもしれません。
複雑にするのはやめてほしい
こうした累進課税の根拠はあるにしても、所得についてだけ累進課税が適用されるので、「節税」対策として所得の発生場所を動かすという取り組みも盛んになってしまいます。個人ではなく法人を作って、そこで収入を発生させるというような話ですね。
これも無駄なコストといえば無駄ですし、テクニックを活用するかどうかで払う税金が変わってくるという意味で、不平等な話でもあります。
なお、累進課税が望ましいかどうかは経済学者の間でも論争があります。下記の本などが参考になります。
金持ちは税率70%でもいいVSみんな10%課税がいい: 1時間でわかる格差社会の増税論
- 作者: ポールクルーグマン,ニュートギングリッチ,アーサーラッファー,ジョージパパンドレウ,Paul Krugman,Arthur Laffer,Newt Gingrich,George Papandreou,町田敦夫
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
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