FIRE: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIREを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

『ウォール街のランダムウォーカー』12版再読 第一章 株式と価値

ぼくが投資に目覚めた書籍の一つが『ウォール街のランダムウォーカー』です。読んだのは2007年の7月。第9版でした。それから14年の月日が流れ、本書の教え通り、インデックス投資家として資産を作ってきたのですが、その間にも本書は版を重ね、現在は19年発行の第12版となっています。久しぶりに、この名著を読み返すのもいいと思い、夏休みの友として購入してみました。

第一章 株式と価値 

本書は「インデックス投資家のバイブル」ともいわれますが、必ずしもインデックス投資万歳!というだけの本ではなく、投資の歴史を振り返りながら、さまざまな投資手法を(批判的に)紹介しています。

 

つまり、これ一冊を読めば、世間にあるさまざまな投資理論や手法を概観でき、そのメリットやデメリット、どんな背景があってどう使われているのかを知れるというわけです。

 

そんなわけで、第一章は「株式と価値」。株式投資における価値とは何なのか? について触れています。

 

投資と投機、またはギャンブル

日本でも昔から株式投資はギャンブルのようなものだと思われていた時代が長くありました。以前、「投資家はモテない職業なの?」という記事を書きましたが、多くの人にとって投資家というのはギャンブラーと大差ない存在だと思われてきたのです。 

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では、投資とギャンブル(投機)の違いはどこにあるのか。著者バートン・マルキールは次のように定義します。 

  • 投資:配当や金利、賃借料など、かなり確実性の高い収入の形で利益を上げること、および長期間保有して値上がり益を得ることを目的とした金融資産の購入
  • 投機:二、三日あるいは二、三週間の間に大儲けすることを狙って株式を取得する。

この2つの違いを別の言い方でいうと、

どのような期間で投資リターンを考えるかがはっきり意識されているかどうかと、リターンが合理的に予測できるかどうかの2点にある。

投資と投機の違いはいろいろと考えられますが、「何年、あるいは何十年先まで安定的に配当をもたらし、あるいは持続的値上がりが期待できるような株式を探して保有する」のが投資家だといい、期間の長さが大きな違いです。また、リターンの合理性をどう捉えるのかも違いだといいます。

 

なぜそうなのか? それはおいおい本書の中で明らかになっていきます。

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 投資手法の2大手法

著者はランダムウォーク理論による効率的市場仮説を元に投資を考えるインデックス投資流派ですが、投資のプロと呼ばれるウォール街はこれを否定します。

 

日本でも、ロボアドや年金基金などがインデックス投資流派に近いところにいる一方で、伝統的な証券会社はこれとは違う価値観をもって投資に臨んでいます。その流派は大きく2つあって、ファンダメンタルズ分析派と砂上の楼閣派です。それぞれ見ていきましょう。

その1 ファンダメンタルズ分析派

「株式にはファンダメンタルズ(本質)価値と呼ばれる絶対的な価値があり、それは現状分析と将来予測を注意深く行うことによって推定できる、と主張する」。これが著者がまとめるファンダメンタルズ分析派の考えの根幹です。

 

よく「株式投資には決算書が読めなくてはならない」とか、「企業を分析することで投資がうまくなる」なんて言われることがあります。これは当たり前のように言われていますが、実はファンダメンタルズ分析派の信念に過ぎません。

 

まぁこれを真に受けて、決算書の読み方を勉強したり、企業のビジネスモデルを理解したりするのも楽しいことなので、否定するようなことではありません。ただし、一生懸命企業分析を行っても、それが投資成果につながるかどうかは微妙だということも理解しておくべきだと思います。

 

ちなみに、企業分析と言われても、いったい何をどう分析すればいいのか? と取っ掛かりが見えない初心者も多いようです。実はこれはシンプルな話で、「企業の配当が本質的価値」だということになっています。

 

著者は、ファンダメンタルズ分析派の元祖として、『投資価値の理論』を著したジョン・バー・ウィリアムズを挙げています。

ウィリアムズ:株式の本質価値というのは、将来のすべての配当を割り引いた、現在価値の総額に等しい 

企業が出す配当は明確ですね。「割り引く」というのは、現在の1万円と1年後の1万円が異なる価値であることを表した概念です。金利が5%だとしたら、現在の1万円を預けておいたら1年後に1万500円になります。つまり、現在の1万円と1年後の1万500円は同価値だということです。逆にいえば、このとき1年後の1万円を現在の価値に「割り引く」と9523円の価値しかないということになります。

 

このようにして、将来得られるであろう配当金を割り引いて、全部合計する。これがその企業の本質的価値であり、株式の本質的価値だという考え方です。 

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 ここには2つの重要な点があることが分かります。

  1. 将来の配当額をどうやって見積もるか
  2. 割引率をいくらにするか

このうち割引率は、基本的に「国債利回り+投資家が企業に期待するリターン」とされています。そしてこの投資家が期待するリターンをリスクプレミアムと呼びます。そしてこれはだいたい6〜8%ですが、実は企業のリスクの大きさによって変わってきます。新興企業で将来がどうなるか不安定なら、投資家は高いリスクプレミアムを求めるので割引率が大きくなるし、成熟して安定した企業なら低いリスクプレミアムになるので割引率が小さくなるということです。つまり、その企業が将来どのくらい安定的かを推し量ることになります。

 

割引率だけでもやっかいなのに、配当額はもっとやっかいです。何年も先の配当がどうなるかを予測するわけですから。さらに、株価が上昇するかという観点でみると、企業の本質価値が増加する必要があります。つまり、期待通りの配当が出るのではダメで、配当が大きくなっていく必要があるのです。

 現在の配当の水準と、その増加率が大きければ大きいほど、株式の価値は高い。したがって、将来の配当の成長率の差こそ、株式評価の最も重要な要素だ

さて、この割引率は事業の安定度合いに依存し、配当は要は1株あたり利益額(EPS)に依存します。そのため、企業分析とは「その事業が安定的に利益を稼ぎ出すか。そしてその利益はどのくらいになるか」を推し量ることを意味します。

 

P/LやB/Sをチェックし、企業のビジネスモデルを分析すれば、ある程度はどのくらい安定しているか分かるでしょう。そして、来年の利益は今年の利益の上に作られるという観点に立てば、良い決算を出した企業は、来年の業績も高くなることが期待できるというわけです。

 

世のアナリストと呼ばれる職種の人達がやっているのがこれですね。究極的には、未来の利益、ひいては配当を予測する。そのために決算書を読み込んだり、経営者にインタビューしたりするわけです。

 

でも、果たしてそんな未来の業績について、こんなことで本当に分かるのでしょうか? 著者は次のように書いて、ファンダメンタルズ価値派を批判しています。

重要な点:ファンダメンタル価値学派は将来の成長の程度と期間について、あまりはっきりとした根拠のない予測に、大きく依存している

その2 砂上の楼閣

ファンダメンタルズ分析に並ぶもう1つの流派が「砂上の楼閣派」です。これは、「どのような市場の状況が大衆の砂上の楼閣づくりを引き起こすかを探り当て、一般投資家が気づく前に行動することで、ゲームに勝とうとする」というものになります。

 

これはどういうことか。要するに、配当だとか利益だとかは全く関係なく、自分が買った時よりも高い値段で誰かが買ってくれるから、株式投資は儲かるという考え方です。みんなが群がって買うであろう銘柄を先に見つけて、先んじて買っておけば儲かるというわけです。

 

「ストップ高銘柄」なんて情報を注視している投資家がいます。日銀がETFの買い入れに動きそうだ、とか、掲示板で盛り上がっているとか、新技術を発表するらしいぞという噂とか。これら、内容は何でもいいのですが、「これからみんなが買いに走りそうだ」というものに目を付けるというやり方です。

 

ここでは、ファンダメンタルズ分析派がいうような本質的価値なんて関係ありません。

投資はいわば自己増殖的なプロセスと考えられる。買い手は将来また他の誰かが、それより高い価格で買ってくれることが期待できるからこそ、投資するというのである。

この理論の重要な提唱者にケインズがいます。「ケインズは株式市場を考える寄りどころとして、金融資産評価の視点ではなく、群集心理の原理を重視した」と著者は記しています。要は本質的価値うんぬんじゃなくて、みんなが欲しがるものを予想するゲームだということです。

 

そして、このラテン語の格言に確かに、と思う人も多いのではないでしょうか。

 「すべてのものの価値は、他人がそれに支払う値段によって決まる」

 

ケインズは「新聞紙上美人コンテスト」という有名な例えでこれを表しました。美人コンテストをやるのですが、実際に誰が美人かではなく、最も多くの人が「美人」だと投票した人が優勝するというものです。ここでは、自分の美人の定義は関係なく、ほかの多くの人が美人だと考えるのは誰かを想像するゲームになります。

 

人が参加する以上、何の本質的価値がなくても、みんなが欲しがれば上がる。これは一面の真理ですが、その結果として必然的に起きるものがあります。そう、バブルです。二章からは、このバブルの分析に入ることになります。

 

第二章、第三章  バブル:『ウォール街のランダムウォーカー』12版再読

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