よの中にはいろいろなパラドックスがありますが、投資に関しても一見騙されてしまうパラドックスがあります。というか、よくよく考えても、どういう解釈が正しいのか、よく分かりません。そのうちの一つ「シーゲルのパラドックス」または「2つの封筒のパラドックス」を紹介します。
ドルに投資するだけで期待値はプラス?
米国株に投資でもしようとドルを買ったとします。いまだと1ドル144円くらいでしょうか。計算を簡単にするために、ここでは100円だったとしましょう。このあとドルは円に対して上昇するかもしれないし、下落するかもしれません。
では極端な例ですが、100円で買ったドルが、2倍になって200円になる確率が50%、逆に1/2になって50円になる確率が50%だとしましょう*1。
ここでシンプルな算数です。このとき100円で買ったドルが取り得る期待値はいくらでしょうか? 200円*0.5 + 50円*0.5 =125円。そう、なんと期待値は125円になるのです*2。
ドルは上がるかもしれないし、下がるかもしれません。でも期待値は常にプラス。米国株投資家の皆さん、おめでとうございます! あなたの投資は確率的にプラスなのです。
なぜこうなる?
いやはや。不思議ですね。実際にはドルを買うだけで確率的にプラスなんてあるはずもありません。なぜこうなってしまうのでしょうか?
ちなみにこれが「シーゲルのパラドックス」と呼ばれるのは、シーゲル教授の1972年の論文『Risk, Interest Rates and the Forward Exchange』をもとにして生まれたものだからだと言われています。
シーゲル教授はこれをパラドックスだとは思っていないようですが、オリジナルの問題を、わかりやすく例示したものが下記になります。
アリスとボブはそれぞれ1年後の為替レートを予測しています。彼らはそれぞれの視点で予測を行っています。アリスはユーロを基準に、ボブはドルを基準に考えます。
アリスは、次の2つの可能性を考えています:
- ドルがユーロに対して強まり、1ユーロが1.0ドルになる(確率0.5)
- ドルがユーロに対して弱まり、1ユーロが2.0ドルになる(確率0.5)
アリスの期待値(平均)の為替レートは1ユーロ = 1.5ドルです((1.0ドル + 2.0ドル) / 2)。
一方、ボブも次の2つの可能性を考えています。ただし、彼の視点はドル基準なので、アリスの予測とは逆の表現になります:
- ユーロがドルに対して弱まり、1ドルが1ユーロになる(確率0.5)- これはアリスの「ドルがユーロに対して強まる」予測と等価です。
- ユーロがドルに対して強まり、1ドルが0.5ユーロになる(確率0.5)- これはアリスの「ドルがユーロに対して弱まる」予測と等価です。
ボブの期待値(平均)の為替レートは1ドル = 0.75ユーロです((1ユーロ + 0.5ユーロ) / 2)。
しかし、これらの期待値は一致していません。アリスの期待値は1ユーロ = 1.5ドル、これは1ドル = 0.67ユーロに対応します。これはボブの期待値である1ドル = 0.75ユーロとは異なります。
つまり、アリスとボブがそれぞれの視点で同じ通貨ペアの為替レート変動を予測しても、その期待値が一致しないという現象がシーゲルのパラドックスです。
これをパラドックスだという人もいえば自明だという人もいるし、パラドックスが成り立つには売買の相手側が必要なので相手側が期待値がマイナスなのだという人もいます。いろいろな理由がいわれているので、ぜひ考えてみてください。
「2つの封筒のパラドックス」
シーゲルのパラドックスの変形というか、同じ構造ながらよりピュアなパラドックスが「2つの封筒のパラドックス」です。ある意味、モンティ・ホール問題にも似ています。
あなたの前に2つの封筒があり、それぞれに異なる金額が入っています。一つは他の封筒の2倍の金額を含んでいます。しかし、どの封筒にどの金額が入っているのかは分かりません。あなたは一つの封筒を選んで開け、その中身を見ることができます。そして、その後であなたは元の封筒を保持するか、もしくはもう一つの封筒と交換するかを選択できます。
ここで問題は、封筒を選んだ後で封筒を交換すべきか?ということです。直感的には、どの封筒が選ばれても交換すべきかどうかは50-50の確率なので、交換する必要はないと思われます。
しかし、もう少し深く考えてみると異なる結論に達します。あなたが最初に選んだ封筒にXドルがあるとしましょう。それは少ない方の金額かもしれないし、多い方の金額かもしれません。あなたが選んだ封筒が少ない方の金額だった場合、もう一つの封筒には2Xドルが入っています。しかし、あなたが選んだ封筒が多い方の金額だった場合、もう一つの封筒にはX/2ドルが入っています。
したがって、封筒を交換するときに得られる期待値は(1/2)*2X + (1/2)*X/2 = 1.25Xとなり、これはあなたが最初に選んだ封筒の中身Xよりも大きいです。したがって、この計算によれば、あなたは封筒を交換すべきという結論になります。
あれ?どうしてでしょう? 一つの封筒を選んだら、確率的には必ずもう一つの封筒に替えたほうが金額の期待値が上がります。でも、モンティ・ホール問題ならともかく、どうにもこれは直観に反していますね。
こちらも考えてみると面白いです。混乱すること間違いありません。
*1:なぜ2倍と1/2倍が同じ確率なのかというと、為替や株などの金融商品では、価格が確率的にどういう値を取るかは対数正規分布であると考えるためです。価格変動が正規分布だとすると、価格がマイナスの値になってしまう可能性があります。しかし対数正規分布ならば価格は常にプラスです。
*2:同じようにn倍になる確率と1/n倍になる確率が等しいと考えると、必ずしも2倍にならなくても、n*0.5+1/n*0.5=(n+1)/2になります。これはnが1以上なら必ず期待値がプラスになることを示しています。ただしnは増加する場合の倍率なので必ず1以上です。そのため、結果は常に期待値プラスになります