FIer: 投資でセミリタイアする九条日記

九条です。資産からの不労所得で経済的独立を手に入れ、自由な生き方を実現するセミリタイア、FIerを実現しました。米国株、優待クロス、クリプト、太陽光、オプションなどなどを行うインデックス投資家で、リバタリアン。ロジックとエビデンスを大事に、確率と不確実性を愛しています。

これは株クラFIRE小説か? 書評『Phantom』

投資する小説家として知られる芥川賞作家、羽田圭介は、なかなかに世相を捉えた作品で、ぼくはけっこう好きだったりします。その最新作『Phantom』は、まさに株クラがFIREする小説? という感じでした。

資産を生み出すシステムを作るために投資する主人公

主人公の華美は、まさにTwitterでよく見かける株クラの人のようです。結婚式の二次会に誘われた華美が、その費用1万2460円を見積もったときに、頭の中で考えたことは、次のようなものでした。

便宜的に1万円で計算するとして、それで配当利回り5%の高配当米国株を買えば、円換算にして1年で500円の配当金がもらえる。それを元手の1万円に足しての配当を計算、つまり配当金再投資による複利運用をし続ければ、1万円が10年後には1万6289円に、20年後には2万6533円、30年後には4万3219円になっている。

また、配当金増額を見込み、長期的観点から配当利回り7%で計算しなおすと、10年後には1万9672円、20年後には3万8697円、30年後には7万6123円となる。

その上で、「30年後——60歳になった頃に、彼女との友情は続いているか? 未来の7万6123円と、続いているか分からない友人とのつながりの、どちらをとるか」。結局、彼女は「結婚おめでとう! 本当に申し訳ないんだけど、その日出張が入っちゃってて……」と返事を出すのでした。 

 

彼女の目標は5000万円の資産を構築すること。これだけの金融資産があれば、年利5%の運用で、250万円の配当収入を毎年得られ、働かなくても、会社からの今の年収とほぼ同額を得られる——と目算しています。

 

現在の職場はグローバル飲料メーカーの、国内支社。そこで働きながらも視点は投資家のものです。

水筒を持参しているからコークも買わないが、コークを作っているアメリカの飲料メーカーの株は買う。自社製品と〝自社株〟についても同じことがあてはまった。日本で販売されている自社商品は買わないが、ニューヨーク証券取引所に上場しているアメリカ本社の株は買う。 

 稼いだお金を投資に回さずに銀行預金をしている男性に対する見方も、どこかで聞いたことがあるものです。大手企業に勤める36歳の男性、迎と知り合い、彼が5000万円の貯金を持っていると聞いて、彼女が思ったのは次のようなことでした。

自分の持つ金が驚くべき潜在能力を有しているという真実を、自覚してほしい。そして段々と、腹立ちへ転じてきた。迎は年間不労収入250万円を得られるのに、それには見向きもせず、節約のため千葉の市川くんだりから東京の新橋まで毎日満員電車に揺られて通勤してしている。

たまたま給与の高い企業に就職できただけで、この男は金のことなどなにもわかっていない馬鹿者だと華美は思った。

お互い資産をため込んでいるということで、「気が合うんじゃない?」と友人に言われますが、「普通の人には、投資家が貯蓄魔を蔑む感覚は、わからないだろう。同じ金でも、迎の死んだ金と、私の生きた金は似て非なるものだと、華美は思う」わけです。

FIREへの疑念 

しかし、いろいろな人の生き方を見る中で、華美の資産に対する考え方は徐々に変化していきます。投資セミナーで会った白髪男性たちから、本を図書館で借りて書籍代を浮かし、外食の際には株主優待券が使える店を利用、カラオケやボーリング、映画館でも同じようにして徹底的にコストを抑えているという話を聞きます。こういうの、FIRE志向の人では似たような話が多いものです。

 

しかし、華美の感想は「貧乏くさい」というものでした。

1億円以上の金融資産を手にしても、タイヤメーカーブランドの靴を履くのか。そして優待券を消化しきるために自由を奪われているようにしか見えない彼らの姿が、最近目にした何かに似ていると思った。

華美が似ていると思ったのは、古くて狭い県営住宅に住む生活保護受給者の生き方です。

ブランド品も買わず友達つきあいも制限し、分身のような配当システムを作った先に待っているのは、生活保護受給者たちと同等レベルの配当生活だというのか。

そんな感想を持った華美ですが、じゃあどうするかといえば、これまでやってきた、節約したお金を配当が得られる銘柄に長期投資するということしか考えられません。

つまりは若いうちに大金を手にして、人生を謳歌しなければなんの意味もないということになるが、たとえ今大金を手にしたとしても、華美は自分が豪遊などせず有料配当銘柄の株を買っている姿しか思い描けなかった。資産を複利で増やした10年後には、そのさらに10年後の複利効果を考えている気がする。

お金とはいったい? 

こうして、「資産を生み出すマシン」作りから、それによる「FIRE」に疑問を持った華美は、ある事件に巻き込まれていくのですが、その部分はぜひ小説にて。

 

しかし、事件後も華美は資産構築の夢と、それをぱーっと使ってしまうべきだという欲望の間で葛藤します。

華美は、現在1650万円ほどの自分の金融資産を将来的に5000万円まで、あるいは無限に増やしていきたと思ういっぽう、生きているうちにそれをゼロにしたいという欲望も強く感じていることに気づいた。 

 

資産運用の小説はこれまでいろいろとありましたが、その多くが相場師でありトレーダーを主人公にしたもので、華美のようなコツコツとお金を貯めてそれを長期運用に回し、配当マシンを作り上げるという物語は皆無でした。まさに株クラにいるのような主人公の考え方や描写は、自分自身でも投資を手掛けたという羽田氏ならではの小説といえそうです。

 

この小説で、投資のやり方を学ぶことはできません。でも、投資ってなんのためにやるんだっけ? とか、投資して資産を築いた先にあるものは何だろう? というような、本質的な意味でのお金の哲学について考えるには最適です。

 

個人的には、共感する部分も、いやそれは違うんじゃないか? と思うところもありました。でも、投資のことを深く考えている人なら、得られるものがある小説だと思います。同様に、「お金っていったい?」と考えさせてくれる小説に、川村元気の『億男』があります。こちらもお勧めです。

www.kuzyofire.com

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