TeslaがGMやフォルクスワーゲンのみならず、トヨタの時価総額を抜いたことが話題になっています。「新時代の到来だ」というような声もある一方で、「時価総額で比較しても意味がない」なんてことを言う人もけっこういますね。では、「時価総額」とは何を意味しているのか、ちょっと考えてみたいと思います。
暴騰したTesla
まずはTeslaの時価総額を見てみましょう。ええと、一体何がどうしたのでしょうか。恐ろしい暴騰ぶりです。実に、258.6Bドル、日本円換算で27兆円にも達します。一方のトヨタは、22兆円で国内企業トップです。
これは、まだ赤字の企業ならではの時価総額の伸びですね。黒字企業であれば、1株あたり利益に連動して株価も付くでしょうから。振り返ると2019年の秋に、ぼくはTesla株を最悪のタイミングで売ってしまったのは内緒です。
時価総額が高くても売上も利益も低いから世界一じゃないという説
Teslaがトヨタを抜いたことについて、「いくら時価総額が高くても、売上も利益もぜんぜん低い。ぜんぜん世界一じゃない」という話を細々というひとがいます。下記は売上の推移です。はい。トヨタの足元にも及びません。
利益に至っては、Teslaはいまだに赤字です(TTM)。ただし四半期ベースでは黒字が出始めており、ここ三四半期連続で純利益が黒字だったことが、株価急騰につながっています。
Teslaが以前も黒字となったことがありますが、Regulatory Credits、つまりCO2の排出権取引によって作られた利益だと揶揄されてきました。現在も排出権取引による売上はありますが、すでにそれは四半期あたり、354/5985M$にすぎません。直近1年で、150万台近い台数を売っており、これはマツダの生産台数とほぼ同じです。ちなみにトヨタは905万台ですが、Teslaは対前年比38%で自動車販売売上を伸ばしています。
おっと。つい時価総額の議論ではなく、企業分析に入ってしまいました。このように、Teslaを見て分かることは、次のことです。
- 規模としてはまだ小さいがマツダレベルに到達
- 恐ろしいペースの成長率
- 万年赤字から黒字転換に差し掛かっている
その企業の何が世界一なのか
- 売上高 世界一 米ウォルマート 500Bドル /日本一 トヨタ 30兆円
- 純利益 世界一 サウジアラムコ 110Bドル /日本一 トヨタ 1.8兆円
- 従業員数 世界一 米ウォルマート 230万人 /日本一 トヨタ 36万人
- 時価総額 世界一 サウジアラムコ 1720Bドル/日本一 トヨタ 22兆円
売上高が大きいということは、それだけの販売力があるということです。顧客にとって必要とされており、社会にとって重要なミッションを担っているともいえます。
純利益が大きいということは、株主(の総計)にそれだけ貢献しているということです。社会からみたら、純利益の大きさなんて、その企業の安定度や投資能力を測る指標くらいの意味しかありませんが、投資家にとっては重要です。
従業員の数は、地域の雇用を支えています。ほとんどの人は働かなくては生きていけないわけで、人間にとって最も重要なミッションを果たしているとも言えます。ちなみに、日本電産は3つの経営基本理念として世界トップを目指す/世の中にはなくてはならない製品を生み出す/雇用を創出する を掲げており、「100年後に100万人規模の従業員が活躍できる」企業を目指すとしていました。すごい企業ですね。
そして時価総額です。これは株価を発行済株式数で掛けたものですが、いわば投資家から見た将来の企業価値を表します。将来の、というように、現在ではなく未来に稼ぐであろう利益を割り戻した合計ですね。今ではなく将来稼いでくれる企業になるだろう、という期待値だということです。
時価総額が表すもの
このように、単に世界一といっても、何が世界一かによって、誰にとっての世界一かは変わります。トヨタは日本国内においては売上高、利益、従業員、時価総額ともにトップであり、このうちの1つである時価総額が、アメリカのベンチャー企業に抜かれたというのがニュースなわけです。
つまり、こと投資家にとってみれば、将来より稼ぐ企業はトヨタよりもTeslaであると判断されたということです。
ただし、これらの各指標の中で、時価総額ほぼブレやすいものはありません。まず、未来への期待値を元にしているので、ちょっとしたことで未来は変わってしまいます。そして、株価というのは需給を元に決まるものなので、人々の熱狂によって簡単に上がり下がりします。言ってみれば、トヨタは堅実に評価されているし、Teslaは熱に浮かれた投資家によって、「株価が上がるから買う」ために「さらに株価が上がる」というバブルに似たサイクルに入っているともいえます。
しかし、だからこそ、「時価総額でトヨタを抜いてもそれは幻。世界一じゃない」と声高に主張する必要もないのです。社会にとって、地域にとっての重要度を測りたければ、売上や従業員数で議論すればいいわけで、そもそも時価総額なんて、製品の善し悪しを表すものでもないし、社会に貢献していることを表すものでもないのです。単に投資家の期待が盛り上がっているというだけのことでしかありません。
バブル期平成元年の世界の時価総額ランキングは、1位から5位までを日本企業が独占しました。20位までの中で、外国企業はわずか6社。日本企業はこれだけの時価総額を誇っていました。でもだからといって、この時期、「日本企業は世界最強だ」と主張していた人も、おかしいことが分かります。単に投資家の期待が度を越して増幅されただけのことでした。
時価総額は意味がないのか
では時価総額とは幻の上にそびえ立った単なる期待値でしかないのでしょうか。実はそれだけとも言い難いのが面白いところです。時価総額に有利子負債額を足したものは、企業価値(Enterprise Value)と呼ばれ、これはその企業を買収するのに必要な金額を表すからです。
さらにいえば、高い時価総額は、株式交換による他社の買収を容易にします。例えば、テクニカルな面を抜きにすれば、27兆円の時価総額を持つTeslaは、株式の20%を使えば、時価総額5兆円のホンダを買収できてしまうということです。また、自社株を担保にして借り入れを行うこともできます。経営者にとって資金は最重要のリソースですが、高い時価総額はこのコストを大きく引き下げることができます。
時価総額経営を標榜し、個人投資家のファンを集め、高い株価を維持することで時価総額を上げ、それを使ってM&Aや借り入れによる買収を繰り返して大きくなった企業があります。ソフトバンクです。
実際のところソフトバンクはそんなところ(会計上の利益)に興味はない。唯一最大の物差しは、株式時価総額で表される「企業価値」です。連結の売上高も興味ゼロ。連結の人数も興味ゼロ。連結の経常利益も興味ゼロ。われわれが唯一興味があるのは、それぞれの会社の時価総額だけです。(1999年当時のインタビューより)
孫さんは徹頭徹尾投資家ですから、付加価値の創造や雇用の創出よりも、さらなる投資に使える種銭がほしかった。そのために最もレバレッジを効かせられるのが、時価総額だったということでしょう。
高い時価総額は投資家の期待値という側面とともに、経営者にとっては資金的な自由度が増す、非常に重要な面もあるということです。特に、新しい工場をガンガン立て続け、今後も恐ろしい勢いでの成長を目指すTeslaにとっては、高い時価総額が生み出す資金によって、実際に成長が実現するという、予言の自己成就もあり得るといえるでしょう。