FIRE(セミリタイア)の概念の中で、中核をなすものの1つに4%ルールがあります。これは、ざっくりいうと「資産の4%を取り崩して生活するなら、死ぬまでもつ」というものです。この理論的な背景と実証的研究である「トリニティ・スタディ」について、概要をまとめます。
4%ルールとは?
「資産の4%を取り崩して生活するなら、死ぬまでもつ」という4%ルールですが、もう少しかみ砕いて見てみましょう。
リタイア後、年金を考慮しなければ、資産によって生活していくことになります。でも、毎年資産からたくさん引き出して使ってしまったら、死ぬ前に資産が尽きてしまいます。では、資産の運用を続けるとして、年間何パーセントづつ取り崩していったら、死ぬまで持つのでしょうか?
仮に4%のリターンが得られ、毎年4%ずつ引き出して使うとしたら、シンプルな計算では、永遠に資産は減らないことになります。
ここで仮定しているのは、「資産から4%のリターンを継続的に得ること」と「4%の引き出しで生活すること」です。
過去の資産の運用リターンを見ると、株式で年平均6〜7%、米国債で2〜3%程度を得ることができています。するとこの組み合わせで、2〜7%程度のリターンを期待することは、それほどおかしなことではありません。つまり、4%のリターンを期待するポートフォリオは、それほど無理ではないということです。
4%の引き出しで生活するというのは、裏返すと、年間引き出したい額の25倍の資産があればいいということを意味します。年500万円引き出したいなら、1億2500万円です。これが、4%ルールの簡単な概要になります。
リスクと要素
もちろん、実際のところは、もっといろいろなリスクがあり、考慮しなくてはならない要素があります。ざっくり下記が当たります。
- インフレ
- 税金
- 期待リターンの正しさ
- リターンのばらつき
過去データによる実証研究トリニティ・スタディ
こうしたことを踏まえて、特に期待リターンとシーケンスリスクについて、過去データを基に実証的な研究が行われました。それがテキサスのトリニティ大学で1998年に行われた「トリニティ・スタディ」です。
下記から原論文が確認できます。
Retirement Savings: Choosing a Withdrawal Rate That Is Sustainable
これは、3つの変数から「死ぬまでに資産が尽きない確率」を計算して導くというものになります。3つの変数とは、「アセットアロケーション」「死ぬまでの期間」「取り崩し比率」です。ちなみにここでいう取り崩し比率は、初回の取り崩しを率で決定し、その後は同額を取り崩すという考え方なのには注意です。最初の資産が1億円で、4%を取り崩すと400万円になりますが、その後もずっと毎年400万円を取り崩すという意味です。
上部横に並んでいるのが「取り崩し比率」、左縦に並んでいるのが「死ぬまでの期間」と「アセットアロケーション」です。
例えば死ぬまでに30年あるとして、75%を株(Stocks)、25%を債券(Bonds)で運用し、毎年資産の7%を取り崩していくとしたら、死ぬまで資産が尽きない確率は「88%」となるわけです。
ここでいう確率は、モンテカルロシミュレーションのようなものではなく、1926年から95年の間で、資産がゼロ以下にならなかった年は、100回のうち何回か? という意味あいで使われているようです。
これを見ると、取り崩し率が4%であれば、どのようなポートフォリオでも、100回に98回以上は最後まで資産が尽きないことが分かります。また、取り崩し率が6%までは、株式よりも債券を多く組み込んだほうが、成功確率が上がることも分かりますね。
インフレに対応する
ただしここには、冒頭に書いたリスクの1つであるインフレを反映していません。ではインフレ補正をかけたらどうなるでしょうか。これは、取崩額が400万円だとしてインフレ率が2%なら408万円を取り崩し、逆にデフレ1%なら396万円に取り崩し額を変更するかたちで、同様に計算したものです。
はい。今度はうってかわって、債券を多く組み入れたポートフォリオの成功確率が大きく下がりました。債券は固定利回りのため、インフレには弱い。それが見事に数字となって現れています。株式中心の場合の成功確率も下落していますが、株の比率が多い方が、インフレを考えると相対的に成功しやすいということです。
もっと期間を長くしたら?
トリニティ・スタディは1926−1995の期間のデータを基にしたものでした。これがもっと長い期間になったらどうでしょうか? またトリニティ・スタディでは、退職後30年間という期間でしたが、アーリー・リタイアを前提として、もっと長い期間でみたらどうなるでしょうか。
The Ultimate Guide to Safe Withdrawal Rates – Part 1: Introduction – Early Retirement Now
こちらが1871−2015という長期のデータを基に、Early Rretirement Nowが計算しなおしたデータになります。40歳で退職して100歳で死ぬなら60年間を取り崩しで生きることになりますが、それだけの長期間でも、株式100%かつ取り崩し率3.5%ならば、98%の確率で資産が尽きないということです。
4%の取り崩し率の場合、75%〜100%株式ならば、85%以上の確率で60年でも大丈夫だったということになります。こうした歴史的な試算をもって、「資産の4%を引き出すなら引退して大丈夫」という4%ルールができあがったわけです。
リターンのバラツキを考える
さて、株式を長期に運用した場合、年平均で6%前後のリターンが得られるというのが過去の実績でした。その場合、資産から6%分を毎年引き出すのであれば、年間のリターン分を引き出すだけなので、元本は減らない……。そんなふうに思いがちです。
ところがトリニティ・スタディを見ると、インフレ補正前、株式100%であっても、6%分を引き出すと、成功率(死ぬまで資金が尽きない確率)は100%ではないことが分かります。これはなぜでしょうか?
これは株式のリターンが安定的に6%なのではなく、上下に大きくブレるからです。下記はS&P500の年間リターン推移ですが、このように20%を超える上昇と20%を超える下落が繰り返され、これらを平均すると6%になるということです。
このように変動(=金融用語でいうリスク)がある資産においては、平均期待リターンは当てになりません。正確にいうと、一定の資金を運用しっぱなしにするのであれば、最終的に平均リターンに収束しますが、積み立てたり取り崩したりする場合は、どの期間が好成績で、どの期間が悪成績だったのかの影響を大きく受けるからです。これをシーケンスリスクと言います。
そのため、トリニティ・スタディのように平均ではなく過去実績データを用いたバックテストや、ぼくが簡易的に作成したもののように、モンテカルロシミュレーションを行って、ブレがある状況下で取り崩しが想定どおりにいくかを確認する必要が出てくるわけです。
取り崩し率と資産の関係
ちなみに、年間生活費が500万円だとした場合、取り崩し率の変化によって当初必要な資産額がいくらになるかをまとめたのが次のグラフになります。取り崩し率が3%ならば1億6666万円が必要で、取り崩し率5%なら1億円です。もちろん、年間生活費が1000万円なら、必要額は2倍になることになります。
税金を加味する
そして実はこの計算には税金が考慮されていません。取り崩しの際に、元本に対しては税金はかかりませんが、含み益部分には20.315%の税金がかかります。これは500万円の生活費を得るには、0.8で割った625万円分を取り崩さなければならないということです*1。
税引き前625万円を取り崩すとして、当初必要な資産を計算しなおすと、次のようになります。3%の取り崩し率なら2億、4%なら1億5625万円となりました。取り崩し後に1000必要なら、これがさらに倍になるので、けっこうな資産が必要ですね。
生活に必要なお金の25倍の資産を貯めれば、毎年4%の運用益を出すことで暮らしていけるというのが、ものすごくざっくりいった4%ルールでした。またトリニティ・スタディの実証検証によって、当初資産額の4%を引き出し続けるなら、まぁだいたい死ぬまで持つ、というのもその根拠です。ただし、インフレ、税金、そして何よりリターンのブレ(=金融用語でいうリスク)を加味すると、それではいろいろと心許ないことが分かります。
またトリニティ・スタディはあくまで米国市場のデータを基にしたもので、日本人の場合は為替リスクも加味しなくてはなりません。もっとも、年金額も不明で、株式のリターンなんて10年間不調なんてこともあるのが実際なわけですから、あまりに精緻に計算しても、仕方がないかもしれません。
ただし、「年間生活費の25倍の資産があれば安心」とは必ずしもいえないことは、頭の片隅に置いておく必要がありますね。
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*1:正確には元本には税金がかからないで、もう少し額は小さくなります